飴玉の銀河

香槻イト

一. 変化

 -私は『変化』を畏れているのだろうか。-


 山咲(やまざき)カンナは、ある日、ふとそのような疑問が浮かんだ。大学の講義中、漣(さざなみ)教授が放った一言が原因だった。


 「見てくれ、この大きなトラクタを。外の農業大国では、このような機械が毎日地上を揺らしているんだ。…我々は常に変化し続けてきた。この変化無くしては、人類の発見も進化も、功績も得られなかったろう。」

 それを聴いた友人、谷内(たにうち)ミライが訪ねてきた。

 「カンナ。見てよあの大きな農業機械。あれが無ければ私達の食べているもののほとんどは無くなってしまうなんて、恐ろしいわね。」


 全くその通りだ。この大きな農業機械が、農業大国の地面を削り、水を涸らし続けなければ、私達は生きていくことができない。皮肉なことに、私達が呼吸するためのものを少しずつ削りながら、私達は命を繋いでいる。まさに自分の首を、現在進行形で締め続けている。


 「本当に、怖いことだね。」

 「ねえ。」


 -私の今の『怖い』は、何に対しての物なのだろう。-


 そんなことを考えているうちに、漣教授は出席簿を持って、そそくさと講義室から出て行ってしまった。私に微妙な疑問を投げかけておいて、すぐにいなくなるなんて。なんて自由な大人なのだろう。そんな自由で理不尽な考えを持ちながら、ミライと共に食堂へ向かった。



 今日の学食は、ポテトのバター炒めと、鶏肉のミルク煮、明日菜のごま油和え。そしてお決まりの、白米と味の濃い味噌汁だ。さきほどの講義を思い出す。このじゃがいもと、鶏肉と、明日菜と、米と、味噌は、何処から来たのだろう。もっと言えば、このバターやミルクは、どこの牛から絞られたものなのだろう。その牛は、何を食べて、どんな生活を送って、どんな気持ちで屠畜場へ送られてきたのだろう。考え出したらきりがない。


 「それでね。って、カンナ、また私の聞いてなかったでしょ?」

 「え、ああ、ごめんごめん。聞いていたよ。インドの山奥で日本人の女の子の遺体が発見されたんだろ?」

 「それさっきまでの小説の話。今は昨日観た『生貝』っていう映画の話だよ。」

 「あ、ごめんごめん。」


 ミライは、一度むくれると、真剣な顔をして私を見つめてきた。


 「また考え事?ていうか、カンナのその中年ぽい話し方は何とかならないの?」

 「そう、考え事。すまないな、昔からこういう喋り方なんだ。チュウニ病だとからかわれたこともあったな。どういう病なのだい?」

 「チュウニ病は…。カンナみたいな奴の事よ。」


そう言って、ミライは、半分ほど残っていたお茶を、一気に飲み干した。


 中学に上がってすぐの頃、とある理由から、地元である宮城県から東京都に引っ越すこととなった。東京の生活は恐らくとても苦しく、辛いものだったのだろう。私からしたらとんでもなくどうでもよいことなのだが、周囲からはよく、『哀れ』『可哀そう』と同情されていた。今でもそれは疑問だ。いわゆるいじめというやつが、私の中学校生活を邪魔していたのだ。

 原因は私の話し方と考え方にあったらしい。人を諭すような話し方、見下しているような態度に物言い。全てが東京のこことは合わなかったようだ。よく上靴や外靴が無くなった。教科書や筆記用具は、隠されたことも何度もあったが、破られたり落書きされたりするよりはずうっとましだった。

 そんな少し過ごしづらい日々に終止符を打ったのが、ミライだった。


 『あんたたち、いつまでそんなことやってるつもり?』


 中学二年生になってから同じクラスになったミライは、再び同じクラスになってしまったいじめっ子共にそう言い放った。そして、その子らの筆箱を三階のベランダから、校庭に勢いよく投げ捨てた!


 私は思わず、『辞めてくれ。その子らはそこまでしていない。』と、笑みが零れた。これが、転校してきてから初めて人前で見せた笑顔だった。


 『そうなの!?早く言ってよ!完全に私が悪者じゃない。』そう言ってミライは、いじめっ子たちの筆箱を急いで拾ってきた。


 『色々壊しちゃってごめんね。でもあんたたちがこの子にしてきたことは、きっとこんなもんじゃないはずよ。』そう言ってミライは、バラバラになったピンクや黄色の筆箱だったものたちをいじめっ子の手のひらに押し当て、自分の席に着いた。


 「ふふ。」五年も前のことなのに、昨日の事のように思い出せる。

 「何笑ってるの。気持ち悪い!」

 「いや、ミライ。君は素敵な女性だなと思ってね。」

 「そのセリフ、文学好きの男性に言われたかったわ。」


 そう言って、二人の少女は笑い合いながら、食堂を後にした。

 

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