第31話 魔王さまと城墜としの魔法


 すぐそこにまで魔族が迫ってきているにも関わらず、息を切らしながらコロシアムの地下階段を駆け下りていく。

 その手には、鈍色に光る鍵が。

 最下層のフロアに付くや否や、息も整えず、牢屋を片っ端から開けていく。


≪鍵、開けた! 出ろ!≫


 メモを片手に、つたない口調でモンスター語を叫ぶ。


 鍵を開けた瞬間、襲いかかってくる覚悟は決めていた。

 しかし、長年飼い殺されていたせいなのか、あるいは人間を怖がっているのか、自由への扉は開かれたというのに、モンスターたちは呆気にとられた様子で一匹も出て来ない。


≪出ろ! 森に逃げろ! 助けが来ている!≫


 鍵を全て開け終え、フロアの中央で何度も叫ぶ。

 モンスターたちはおっかなびっくりに――というより、まるで信じられないと言った様子でノロノロと歩いてくる。


 レベル5のワーウルフを筆頭に、コーギー犬のような顔したレベル3のコボルトたちがぞろぞろと付いてくる。

 その後ろには、水色のボールのような姿をしたレベル2のスライム。

 一番後ろのレベル4のドリアードは、何故か誇らしげに歩いている。


 計百体のモンスターが、目の前に並んでいる。

 だというのに、逃げる気配もなく、襲ってくる気配もない。

 そのほとんどが信じられないという顔で、何かを呟いている。


≪出ろ! 森に逃げろ! 壁はもう無い!≫


 何度もそう叫ぶが、モンスターたちは何かを呟くだけで、逃げるどころか動こうとすらしない。

 自分のモンスター語が間違っているのか。

 そう疑問に思い始めた時、ドリアードがゆっくりと手を挙げ、何故かソレを指さす。


 意味不明な行動に、思わず戸惑う。

 しかし、ワーウルフも、他のモンスターたちも同じように、ソレを指さす。


「メガネ!」


 そして、人間にもハッキリと分かる言葉で喋った。


「やはり、来ましたね……」


 カツン、カツンと、駆け下りてきた『彼女』とは対照的に、誰かがゆっくり降りてくる。

 それは、聞き覚えのある声だった。


「貴女がここに来るのは分かっていました。そして、こうなる事も」


 降り立った予言者の顔を見て、彼女は息を呑んだ。


「どうして……ストラ君がここに……?」

「貴女と同じで、ここに来なければならない理由があったからですよ。『教員』にしか解除出来ない結界を解いたのは、そういう事なのでしょう? ……ねぇ、パティー先生?」


 彼女――パティー先生は、ぐっと息を詰まらせた。

 月のような瞳で、自分の行動を全て見てきたような口振りだったからだ。


「モンスターたちを解放しているという事は……パティー先生は、『モンスター主義者』なのでしょうか?」

「……いいえ、違うわ。でもきっと、彼らも同じ事をしたでしょうよ」


 パティー先生はきぜんとした態度で答えた。

 何もやましい事はしてない、とでも言うように。


「地下に閉じ込め、訓練で虐待し、まるで道具のように扱っている……。勝者は、敗者の全てを奪うような真似事をしてはいけないの。だから、解放してあげているのよ」


 まるで授業中のように、聞きやすい口調で、しかし諭すように熱弁を振るう。

 それに対しストラは、冷ややかな笑みを浮かべていた。


「つい先日、自ら『モンスター主義者』と名乗る先輩と話を致しました。私もパティー先生と同じく、ここで飼い殺されているの事を不便だと思い、助けてあげたいかと質問を投げかけてみたのです」


 予想だにしなかった返しに、パティー先生は息を呑むほど驚く。

 だが、それも一瞬だけで、すぐに確信めいた顔に変わっていった。


「答えは?」

「答えは……当然助ける、でした」


 パティー先生は、当然とでも言うように頷いた。

 加入こそしてはいないが、『モンスター主義者』たちの意見には賛同しており、その気持ちを理解しているからだ。


「ですが、だからこそ、ここに居るべきだと声を大にして言っていました」


 まるで根底から否定するかのように、ストラは声を強めて言った。


「どういうこと? ここに閉じ込めておくことが、モンスターたちの為になるっていうの?」


 納得がいかないパティー先生は、眉をひそめ、噛みつくように返した。


「そうです」


 ストラはあっさりと答えた。


「大事なことを忘れて居ませんか? 彼らは、まだ子供なのです。故に、レベルもまだ低い。新入生たちと同じでね。外の結界も、ここの牢屋も、役割は同じだとは思いませんか? 仮に自由を得たとしても、その先に待つのはイバラの道ではなく、ただの崖でしかない。ならば成長するまで、レベルが上がるまで、安全なこの学校に住まわせ、人間と同じように訓練を積ませよう。……それが、彼らの考えなのです。モンスターたちの為ならば、人間を利用することすらためらわない。それが、彼らの思想。ゆえに、『モンスター主義者』なのです」


 ストラはパティー先生を見据え、更に続ける。


「だが、貴女は違う。ただ可哀想という理由で、無理矢理崖から突き落とそうとしている。誰も味方が居ない荒野に、解き放とうとしている。……果たしてそれは、モンスターの事を想っての行動なのでしょうか?」


 問いかけ続けるストラ。

 だがそれは、答えを聞きたいワケではなく、パティー先生の思想、行動を真っ向から否定する為のものだった。


 パティー先生は何も返さない。

 だが、動揺して黙っているワケでもなかった。

 大きなため息をはいた後、ようやく口を開く。


「……ストラ君、どうして魔族が攻めてきているか分かる? それはね、囚われたモンスターたちを助けようとしているのよ。今解放すれば、きっと――」

「呆れた方だ。本当にそう思っているのですか? 魔族が、本当にこのモンスターたちを助けるとお思いですか?」


 言い聞かせようとしているパティー先生を遮り、ストラは吐き捨てるように言った。


「いいや、貴女は分かっているハズだ。例え魔族と合流できたとしても、虐殺されるか、また捨て駒にしかされないことを。魔族嫌いの貴女ならなおさらだ」


 レアルタたちが裏切られ、ここに捨てられていった時、パティー先生がその戦いに参加していた可能性は高い。

 もしかすると、その時に魔族嫌いになったのかも知れない。

 だからこそ、その考えは矛盾していた。


「……お答え下さい、パティー先生。宿敵であるハズの魔族が、どうしてそのような美談じみた行動をしようとしているのかを。どうしてそう思ったのか、その根拠をお教え下さい」

「そ、それは……」


 容赦ない問い詰めに、気圧されたパティー先生は身をよじりながら下がる。

 そして、何気ない動作で、右胸の辺りを抑えた。


「やっと……『城墜としの魔法』が正体を見せたようですね。そこに仕舞ってあるのでしょう、パティー先生?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る