第27話 魔王さまと種族ごとの政治
水曜日、昼食が終わった気怠い午後。
疲れが溜まり始める頃であり、休日というにはまだ早い、何とも中途半端な日。
そういう時に限って、座学は最も睡眠率の高い、歴史の授業――各種族の国家についての勉強だ。
パティー先生は教室をゆっくりと歩きながら、手に持った本を読み上げる。
「みんなも知っている通り、私たち人間の中で最も偉いのは、各国の王様です。王様が政治を行い、王様が国民を導く……。このような政治の事を、『君主制』と呼びます。また、世襲制であり、基本的には自分の息子に後を継がせます。……だけど例外として、絵空事のようだけれど、過去に数回、平民出の勇者が王になった事もあるわ。腐らず歩けば、どんな道だって開ける。とても良い例ね」
居眠りしているショッコの肩を揺らし、「起きなさい」と優しく叱るパティー先生。
いつもは悪態ばかりつく彼も、慌てて姿勢を正し、照れ恥ずかしそうに頭を掻く。
パティー先生の前では、ショッコですら形無しだった。
「次に、モンスターたちね。いかにも各個人が好き勝手やってそうに見えるけど、彼らには彼らなりの国家が存在しているのよ。……いえ、ニュアンス的にはコロニーと言った方が適切かしらね。研究者によると、モンスターたちは年功序列、あるいは民主主義的な政治によって代表者を決めるそうよ。ハッキリとした選考基準は不明だけど、ただ歳をとっているだけではなく、ただ強いだけではでもなく、コロニーを存続出来る要素を持つモンスターが選ばれるのではないか、という説が今のところ有力ね。別の言い方をすると、モンスターたちほど『国』という枠組みを大事にしている種族はない、って事かしらね。中立的なコロニーが多いのは、これに起因しているとも言われているわ」
クラスの何人かが、自然とリンチェを見ていた。
差別的な視線ではなく、亜人はどうなのだろう、という好奇心から。
亜人は人間とモンスターの中間的な存在であり、人間と友好的な種族が多い。
モンスターと同じコロニー型の国家体制ではあるが、三すくみの関係に分けられる時は、人間のグループに入れられる事がほとんどだ。
「最後に、私たちの宿敵でもある……魔族について説明するわ」
パティー先生は教壇に立ち、わざと本を強めに置いた。
ウトウトとしていた生徒たちは、頬をぴしゃりと打たれたように目を見開く。
それはまるで、これだけは聞き逃すな、と言っているようだった。
「年齢も、地位も関係なく、ケンカが強ければ一番偉い。実力主義国家……いえ、暴力的な恐怖政治国家が魔族の本質といえるわ。力が正義。どんな不平不満も、力で押さえ、力で蹴散らす。子供のような暴論を押し通すのが、魔族の政治。そして、他の種族にもそれを押し付けてくるのが魔族。人間とは決定的に違う種族。戦わなければならない存在。……だからこそ、魔族とは長年に渡って戦争が続いているわ」
右胸を押さえながら、珍しく強い嫌悪感をあらわにして言った。
それを聞いたストラは怒りも笑いもせず、残念ながら間違っているな、と冷静に分析する。
人間と魔族の関係性を一言で表すならば――同族嫌悪。
これに尽きる。
確かに、今の君主制で言えば全く違うだろう。
だが、それが出来上がる前は?
人間は、どうやって王を選出した?
答えは、魔族と同じ。
誰が一番強いかを、戦争をもって決めたのだ。
結局、争って何かを得たいという衝動は、人間も魔族も本質は同じものだ。
ストラはふと気づく。
きっと、くすぶっている本能を解消するために、レベルが全てという実力主義の『勇者』なる身分が生まれたのではないか、と。
特別な何かになりたい。
そう強く、病的に願うのは、もはや人間独自の本能と言えよう。
そしてもう一つ、大きく間違っている点がある。
それは、魔族は決して恐怖政治などではない、ということだ。
ではなぜ、『魔王』という個人に従うのか?
単純に、尊敬しているからだ。
この人に付いて行きたいと、強く想うからだ。
そして憧れているからこそ、その人が目標になる。
目指したくなる。
やがて、その目標を越えていくだろう。
魔族は、そのサイクルが極端に短い。
他から見れば、血で血を洗っているようにしか見えないのだろうが。
だが、例外が現れた。
長きに渡ってその座に君臨し続けている王――歴代最強と謳われている、魔王ブルート=セストゥプロの存在だ。
彼もまた、多くの尊敬と憧れを受け、数え切れない程の魔族が彼に従っている。
息子たちも例外ではなかった。
国を治める魔王として、父親として、強い尊敬と憧れの念を懐いている。
息子たちはセストゥプロの姓を誇りに思い、実の父親にも関わらず絶対の忠誠を誓っている。
ストラ一人を除いて。
――父上、私の到着を楽しみに待っておいででしょうか? それとも、まだつまらない日々を送っているのでしょうか?
かつては敵の血で作り上げた川を笑いながら走り続けていたというが、魔王になってからは退屈そうにため息を吐く事が多くなったという。
理由はただ一つ。
そのかけ離れた強さ故に、後ろに山ほど味方は居ても、前には誰も居なくなってしまったからだ。
皆、貴方の後ろに付いて行きたいのです、と言うばかりだ。
千人も息子が居るのは、自分を越えようとする敵が欲しかったからか。
だが、息子たちもまた、魔王様にとっての一番は自分だ、と言い争うだけで、誰も父親を越えようとはしない。
だからなのだろう。
セストゥプロの姓は全ての魔族が欲しがり、そして憧れとなったのは。
――もうしばらくお待ち下さい。いずれ百万の兵を引き連れ、貴方を出迎えに参ります。貴方を殺すのは、退屈であってはならないのですから……。
ストラ=ティーゴ、ただ一人を除いて。
宝石のような姓を捨て、何の価値もない母方の姓を名乗っているのは、父親の存在に縛られず、求める敵として対峙する為だ。
もっとも、一番それに囚われているのは、他ならぬストラなのだが。
そのことを、ストラは嘲笑いながらも自覚していた。
春の到来を感じさせる、暖かくも、どこか冷たい風がストラの頬を撫でる。
見れば、教室の窓がほんの少しだけ開いていた。
≪……ご苦労、レアルタよ≫
音もなく近づいてきたレアルタは、恭しく頭を下げる。
≪早速ではありますが、偵察のご報告をいたします。ストラ様の言うとおり、グラードの偵察部隊は十六人ほどに増えていました。最初は八方向バラバラに調べていたようですが、やがて森に集まり、入念に調査していたようです。これは、やはり――≫
≪ああ、予想通り森から攻めてくるようだな。……ふぅむ、どちらにとって都合が悪いのかは不明だが、少なくとも私にとっては都合が良い≫
意味深な台詞に、レアルタは首を傾げる。
ストラ様にとって都合が良いのなら、『誰』にとって都合が悪いのだろうか、と。
≪予定通り、今日の夜に実行するぞ。準備しておけ。お前が作戦の要なのだからな≫
僅かではあるが、ストラの声は弾んでいた。
本では絶対に得られない臨場感と、確かな手応えがストラに高揚感を与えていた。
そんなストラを見て、レアルタは嬉しそうに微笑む。
≪……楽しそうですね、ストラ様≫
授業の終わりを告げる鐘が鳴り、パティー先生は締めの言葉としてこう言った。
「人間、魔族、モンスター。この巨大な三すくみは終わることなく続いていて、千年以上経った今も……統一されたことは一度もありません」
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