第17話 魔王さまとリンチェの休日


 金曜日の対モンスター訓練も無事終わり、ようやく土曜日――ストラたちにとって初めての休日が訪れた。


 休日でも校外に出ることは許されないが、売店も兼ねている食堂には本や遊戯盤(スゴロク、チェスなどのボードゲーム)が新しく入荷される為、生徒たちはこぞって覗きに来る。

 それなりの値段がする為、簡単に買うことは出来ないが、新しいモノは見てるだけでも楽しいものだ。


 中にはお金を出し合い、仲良しグループで購入する者も居る。

 購入したグループはしばらくの間、休日限定の英雄扱いとなり、お披露目となる部屋は半ば聖地扱いだ。

 部屋を訪れる生徒の数は、クラスの倍以上になることも多い。


 ただ、睡眠不足に陥る程熱狂的に遊び続けても、いつかはその火が消える。

 宝石のように輝いて見えていたそれも、嫌いな教科書のように、視界の中に入れたくなくなってしまう。


 そこで行われるのが、遊戯盤のトレードだった。

 新しければ新しいほど、面白ければ面白いほど、それの価値は高く、また他と容易くトレード出来る。

 だが当然、中にはクソゲーとしか言いようがないハズレもあり、それを引いてしまったが最後、交換する事も出来ず、死んだ魚のような眼でその遊戯番を遊び続けるしかなくなってしまう。

 その貿易のようなスリルを味わうのも、楽しみの一つだ。


 外に出られないからといって、退屈している者は少なかった。



◇------------◇



 背筋をピンっと伸ばし、寮の廊下をカツカツと正確な歩調で歩き続ける。

 ぬれ烏のような長く美しい髪はすれ違う者を振り向かせ、愛嬌あるネコ耳は生徒たちの心を和ませる。


 リンチェは今、ストラたちの部屋を目指している。

 目的は、べーチェロ先生すらも論破した、その独自の戦闘理論を教えてもらう為だ。

 絶対不可能と言われたレベル差すらもひっくり返す強さは、そこから来ていると確信していた。


 部屋の前に着いたリンチェは、胸を抑えて大きく深呼吸し、それから恭しくノックをする。


「リンチェです。お休みの所、ごめんなさい。実はストラさんにお聞きしたい事がありまして……」


 一通りの口上を述べるが、返事はない。

 扉にネコ耳をくっつけて中の様子を探ろうとした、その時。

 キィィィ……と、扉がゆっくりと開いていった。


「誰か、居るのですか?」


 リンチェは恐る恐る部屋の中を覗き込む。

 物音一つ聞き漏らさぬよう、ネコ耳をピクピクと動かしながら。

 しかし、中には誰も居ない。拍子抜けな展開に、ついため息を漏らす。


「不用心ですね。鍵を掛けていないなんて」


 リンチェは何の根拠も無く、きっとアルクワートが閉め忘れたのだろうと確信していた。

 二人に会ったら、鍵を閉めるように言おうと思いつつ、リンチェは引き返す。


 ふわりと、魅力的な匂いがリンチェの鼻をくすぐった。


――ああ……この懐かしい匂いは……。


 スピスピと鼻を鳴らしながら、またしても引き返し、その匂いに誘われるがままにふらふらと部屋の中に戻っていく。


 その先にあったのは……まるで新品のような清潔感が保たれている、ストラのベッドだ。

 隣にあるしわくちゃのベッドが、そのキレイさを際立たせていた。


 近づけば近づくほど、匂いは強くなっていく。

 生活の三分の一を過ごすこの場所は、特に残り香が濃く、ストラがそこに居るような錯覚さえ感じさせる。


 まるでマタタビを吸った時のように、リンチェの目はとろんとなっており、顔はほんのりと赤くなる。


――ベッドだ。ストラさんのベッドだ。ああ……この懐かしい匂いをもっと嗅ぎたい。このまま――。


「むーっ……ダメダメ! このままではダメです!」


 リンチェは激しく頭を振るい、何とか正気を保つ。

 このままではダメだ、と。


「早く……早く扉を……!」


 おぼつかない足取りで、壁に手を付けながら扉を目指す。

 やっとの事で辿り着いたリンチェは、しっかりとドアノブを掴み、空いたままの扉を――しっかりと閉めた。


「ごろにゃぉーーーん!!」


 その瞬間、リンチェの理性は吹き飛び、シワ一つ無いストラのベッドに飛び込む。


「ぐるにゃぉーん! ぐるにゃぉーん!」


 身体を丸めたかと思えば、いきなりゴロゴロと回り始めた。

 かと思えばベッドの上を縦横無尽に跳ね回り、新品同様のシーツをもみくちゃにしていく。


 いきなりピタッと止まり、リンチェはベッドに鼻をくっつけ、スピスピと嗅ぎ始める。

 甘く、芳しく、そして魅力的な匂いが脳を直撃する。


「フンフン……ふにゃぉーん!」


 リンチェのテンションは止まらない。

 止まることを知らない。


「フーッ、フーッ、ゴロゴロ……!」


 ストラの枕を胸の中に抱き、ポコポコとネコパンチとネコキックを浴びせかける。


「うにゃうにゃ、うにゃにゃ……」


 一段落したリンチェは、しわくちゃになったシーツの上で満足そうにゴロゴロと丸くなっていた。

 やがてリンチェは、こくり、こくりと眠気に襲われ始めた。

 そして、まるで陽の光に包まれているような心地よさを感じながら、微睡みに落ちて――。


「……なにやってんだ、お前……」

 

 唐突に、冷水のような声を浴びせかけられ、リンチェは跳ね起きた。

 見れば、気づかない内に扉は開けられており、そこから覗き込んでいたのは……今最も会いたくない人物、ショッコだった。


「盛ったネコでも居んのかと思ったら……そうか……あのリンチェがねぇ……」


 ショッコは、鳥肌が立つぐらい生理的嫌悪感を覚えさせる、ひどくいやらしい笑顔を浮かべていた。

 良い弱点を見つけた。

 そう思ってるに間違いない。


「まぁ、遠慮無くヤってくれ。俺様は、あとで楽しませてもらうからよ……」


 ショッコはグフフと含み笑いし、部屋から出て行こうと振り返る。


 それは、まばたき一つにも満たない、刹那の行動だった。


 リンチェは近くにあった木剣を掴み、かつてない程のスピードでショッコの背後に忍び寄る。

 架空の鞘を掴み、肩を突き出すように斜に構え、抜き放たれるは――。


「しゅ、瞬刻抜刀ぉぉぉぉーーー!!!」




 それから一時間後。

 保健室で眼を覚ましたショッコは、「10メートルはある発情期のネコが、俺様を喰おうとしたんだ!」と先生に訴えていた。

 もちろん、誰も信じる者は居なかったが。

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