第16話 魔王さまと新しい家族


 ストラが感じている違和感を余所に、細長いツルがアルクワートに襲いかかる。

 それは複雑な軌道を描いており、次はどこに来るのか、到底予測できるものではない。


 アルクワートは足を止めない。

 それどころか、更に加速していく。

 誰が見ても無謀としか言えない行動だ。


 周りのギャラリーから見れば、だが。


 右前方から迫り来るツルを、アルクワートは先端ではなく、中腹辺りを剣で打ち上げる。

 すると、蛇のように激しくうねっていたそれが、ただの紐のように真っ直ぐにしな垂れた。

 強引に作り上げたスペースに、アルクワートは滑り込む。


 複雑に動けるのは先端だけであり、その中腹は動きが少ない。

 だから、軌道が変わる前に弾いてしまえば、その動きを殺せる。

 予測できないのなら、予測しなくて良い。

 そう、『結果』を潰してしまえば全てが解決する。


 ある種の戦闘理論に裏打ちされた一連の行動は、頭ではなく、全て無意識の内に行っていた。


 距離を詰めていくアルクワート。

 ふと、ドリアードが視線を下に落とした。

 それは恐怖からか、或いは……。


 瞬時にその意味を理解したアルクワートは、高くジャンプする。

 その直後、いつの間にか背後に回っていたツルが、アルクワートの足下をかすめていった。


「残念でした! これでお終い!」


 アルクワートは空中で剣を振り上げ、そのまま振り下ろす――直前、横から飛んできた物体が、アルクワートを激しく弾き飛ばした。

 予想外の出来事に、コロシアム内は大きくざわつく。


「痛てて……。何すんのよ、このヘンタイ!!」


 アルクワートは、ソレに向かって怒鳴り散らす。

 あと一歩という所でジャマをしてきたのは……味方であるハズのストラだった。


「アンタからぶっ飛ばされたいの!? ちょっと、答えなさいよ!!」


 ジャマされたのと裏切られたのが重なり、アルクワートは烈火の如く怒り出す。

 それは、他のクラスメイトたちも同じだった。


 怒号が飛び交う中、ストラは気にも留めず、腕のプロテクターを外した。

 そして、先程アルクワートが着地しようとしていた場所にそれを放り投げる。


 地面に落ちた瞬間、1メートル以上はある細く鋭いトゲが、剣すらも弾くそれを串刺しにした。


 もし、あのまま着地していたら……。

 想像して、アルクワートはゾッとなった。


「なるほど。全ては、この為の伏線か。壁に背を付けていたのは、怯えていたからではなく、攻めてくる方向を限定させる為か」


 円形状の壁に背を付けていれば、攻められる方向は三つに限定される。

 正面に罠を仕掛け、そして伸ばしたツルで残りの二方向を塞げば……。


「対人間を想定した戦い方。そして、あの違和感。……貴様の正体が、朧気に見えてきたようだな」


 全てを見透かしたように、ストラはニィッと不敵な笑みを浮かべる。


「ご、ごめん。その……あ……ありがとうね」


 アルクワートは、ばつが悪そうにお礼を言った。

 怒鳴りつけた自分をひどく恥じているようだ。

 まさかアレが助ける為だとは思わなかったのだろう。


「お前が援護しろと言ったからな。その役目を果たしたまでだ」


 さも当たり前のように、ストラは手を差し出しながらそう言った。


「立てるか?」

「う、うん……痛ッ!」


 立ち上がった瞬間、アルクワートの右足に激痛が走った。

 突然の出来事に対処しきれず、足首をくじいてしまったようだ。


 ストラは頭を垂れるようにしゃがみ込み、赤くはれた部分にそっと手を添える。


「すまない、私の所為だ」

「……え? いや、そんな、ううん! 別にこのぐらい――」


 大丈夫。

 そう言いかけたときに、アルクワートの視界に細長い影が飛び込んできた。


「ストラ、後ろ!」


 ほぼ同時に、天高々と掲げられたツルが、風を切りながら振り下ろされた。

 ストラはアルクワートを抱きかかえ、ギリギリの所でその攻撃をかわす。


「わわっ、ちょっと何してんの!?」


 まさかのお姫様抱っこに、アルクワートは抵抗して暴れる。

「やれやれ、雑な不意打ちだな。≪Paulo exspecta(少し待ってくれ)≫」


 腕の中で暴れていたアルクワートが、ピタリと止まった。

 敵であるドリアードですらも、驚きのあまり攻撃を止めていた。


「それって、まさか……。アンタ、モンスター語を喋れるの?」

「ああ、たしなむ程度にな」


 ストラはべーチェロ先生に視線を送り、観客席から担架代わりのハンモックを下ろしてもらう。

 そこにアルクワートを乗せ、引き上げの合図を送る。


「……しょーがないから、あとはアンタに任せるわよ」

「あぁ、既にこの勝負は……私が『勝った』」


 ストラは振り返り、ドリアードの元へ歩み出す。


 いざという時は助けが入るとはいえ、この訓練で重傷を負う生徒は少なくない。

 時には腕や足を失う者も居る。

 同レベル、あるいはそれ以下の組み合わせでも、そのような事故は起こり得る。

 ましてや、レベル4対レベルマイナス1では、最悪の場合……。


 ストラは構えもせず、無防備のままゆっくりと近づいてく。


≪『誰も近づくな』、か。それは演技か、それとも本気の拒絶か?≫

≪貴方……私の言葉が分かるの? 人間クセに≫


 ドリアードは敵対心に満ちた顔で、吐き捨てるように言った。


≪そういうお前こそ、どうしてモンスター語を喋る?≫


 それは、鳥が鳥のようにさえずるのは何故か? と問い質すぐらいおかしな質問だった。

 ドリアードはバカにしたように笑う。


≪何を言っているの? モンスターがモンスター語を喋るのは当たり前でしょ? だって私は――≫

≪お前は、言葉を思い出しながら喋っている。私と同じように。まるで……後から覚えたかのように≫


 思わぬ指摘に、ドリアードは言葉を失った。


≪その理由は単純だ。物心付くまで、周囲にモンスター語を喋る者は居なかった。だが、環境が激変し、今度はモンスター語を喋る者しか居なくなったのだろう。そう、生きるためには、それを母語として覚えるしかなかった≫


 ストラの言葉に圧され、ドリアードは後退っていく。

 やがて、再び壁に背が付いてしまう。

 演技ではなく、ウソ偽りの無い恐怖心によって。


≪確信したのは、その後だ。お前の戦い方は狡猾で、実にモンスターらしくない。人間の心理を逆手に取るそのやり方は、明らかに『こちら側』だ。ドリアードの血は、随分と濃いようだがな≫

 ストラは手を差し出す。

 まるで、同族を出迎えるかのように。


≪そうだろう? 『はぐれ魔族』よ≫


 戦争、内戦、あるいは何らの理由によってへき地に捨てられていった魔族の事を、『はぐれ魔族』と呼ぶ。

 その多くは子供であり、同族と勘違いして人間に拾われることが多いが、稀にモンスターの中で育っていく者も居る。

 このドリアードは間違いなく後者だ。


≪貴方……何者なの?≫


 姿形は、間違いなく人間だ。

 だが、中身はまるで違う。

 性格も、話し方も、まとう威圧感も、『人間離れ』していた。

 そう、これではまるで――。


≪待て。まずはそのツルで私の腹を殴れ。大げさに振りかぶってな≫

≪え? え?≫


 突然の要求に、ドリアードは混乱する。

 攻撃するな、とは何度も言われてきたが、攻撃しろ、と言われたのは初めてなのだろう。


≪さぁ、やれ!≫


 ストラの強い言葉に、ドリアードの心臓が一際大きく跳ねた。

 そして、感じた。

 この人には逆らえない、と。


 言われたとおりにツルをしならせ、腹を殴り付ける。

 剣で防いだが、ストラは大きく吹き飛ぶ。

 砂煙を上げながら壁に激突し、苦しそうに咳き込んだ。


≪ぐぅっ……! これは、なかなかキツイな……! だが、これで話す時間は稼げた≫

≪ど、どういう意味ですか?≫

≪近づけば、ツルで攻撃される。つまり、私はうかつに手出しを出来なくなった……と、周りに思わせる事が出来た、という事だ。それに、お前の仲間ではないかと怪しまれると、今後の活動に支障が出るからな≫

≪仲間?≫


 ストラはホコリを払いながら立ち上がる。


≪私の名は、ストラ=ティーゴ。魔王ブルート=セストゥプロの、千番目の息子だ≫

≪ま、魔王様の息子様!? し、失礼しました!!≫


 ドリアードは反射的に膝を付け、頭を下げた。

 彼女からすれば、ストラは雲の上の存在だ。


 その光景に、コロシアム内が大きくざわつき始める。

 一切攻撃を受けていないハズなのに、まるで降参しているように見えたからだ。


≪バカ者! 今、お前と私は敵同士だ! むやみに頭を下げるな! やむを得まい。そのままの体勢で、地中に向けてツルを伸ばせ!≫

≪は、はい!≫


 言われるがままに、ドリアードはそのままの体勢で地中にツルを伸ばしていく。


≪よし、それを私の足下から生やして攻撃しろ!≫

≪そ、そんな!? はぐれ魔族に落ちた身なれど、魔王様の息子様に手を上げることなど出来ません!≫

≪ならば魔王の息子として命じる! 私を攻撃しろ!≫

≪は、はい!≫


 針のようなツルが、ストラの足下から次々と生えてくる。

 恐ろしい猛攻に、コロシアム内からは悲鳴に近い声が上がる。

 ストラは苦しげな表情を浮かべながら、その攻撃をギリギリでかわしていく。


 言葉を交わせるとはいえ、ギリギリかわせる攻撃を続けるのは簡単ではない。

 実は、次にここを攻撃するという隠れたサイン――1センチほどの芽があるため、ストラはそれを見ながら簡単にかわすことが出来るように仕組んでいた。


≪聞け、だが攻撃を止めるな。お前の名は?≫

≪わ、私はレアルタと申します!≫

≪良い名だ。レアルタよ、お前以外のはぐれ魔族はここに居るか?≫

≪居りません。他は全てモンスターです≫

≪家族もか?≫


 その質問をした途端、攻撃の手がピタリと止まってしまった。

 それが答えだった。


≪……そうか。では、何体ぐらいのモンスターが捕まっている?≫

≪レベル5が1体。それ以下が百体ほどです≫


 攻撃をかわしながら、二人は会話を交わしていく。

 予想を遥かに超える攻防に、コロシアム内は熱気で沸き始めていた。


≪待遇は?≫

≪悪くはありません≫

≪では、お前の腕にあるアザは?≫

≪これは……ご心配ありがとうございます。これは、正々堂々と戦って付けられたものです≫

≪そうか、ならば安心した。では最後に、もう一芝居打ってもらうぞ≫

≪はい!≫


 ストラの合図と共に、レアルタは一際大きなトゲを生やす。

 それをかわしたストラは、一気にレアルタとの距離を詰める。


≪良くやった。お前を、初めての部下に任命しよう。レアルタよ、これでお前も新しい家族の一員だ≫


 耳元でそうささやきながら、荒々しくも優しい一撃を首筋の後ろに打ち込んだ。


≪ああ……もったいなきお言葉です……≫


 レアルタは幸福に満ちた顔のまま、ゆっくりと前に倒れていく。

 その瞬間、割れんばかりの拍手が巻き起こった。

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