第8話 魔王さまはレベルマイナス1


 違和感が確信になりつつある中、アルクワートの名前が呼ばれた。


「はーい! ふぅ、やーっとアタシの番ね。座って待つのは苦手だわ」


 アルクワートは嬉しそうに立ち上がり、軽い足取りで教卓の前に立つ。


「ヨロシクね、パティー先生」

「ふふ、はいはい。それじゃあ、リラックスをしてー……」


 パティー先生が呪文を唱えると、アルクワートは光の渦に包み込まれていった。


「へー、こんな感じなんだ。なんか、ちょっとくすぐったいかも」


 短く点滅した後、精霊は砂の文字を描いていく。

 そして、現れたレベルは――。


「わぁっ……! アルクワートちゃん、これは凄いですよ! レベルは、なんと5です!」


 驚異的な数字に、クラスは大きくざわめく。

 レベル5。それは、丸一年訓練を積み重ねてきた二年生と同じレベルだった。


「職業は……え、嘘!?」


 だが、本当に衝撃的な結果は、その隣の文章だった。


「『魔法剣士(マジカンテ・スパーダ)』……!?」


 思わぬ結果に、パティー先生すらも驚きの声を上げた。

 クラスも、輪を掛けて騒がしくなっていく。


「……それの何が凄いのだ?」

「おまっ!? マジかよ!! そんなことも知らないのか!?」


 あまりの世間知らずに、コンパンは心底呆れかえっていた。


「魔法剣士。字の通り、魔法も剣も使える万能な職業なんだ。けどな、これ自体は特別な職業というワケじゃないぜ。騒ぐ理由は、その先にあるんだ。勇者になる確率が一番高い職業……それが、魔法剣士なんだよ。アルちゃんは初っ端から、レベルも、職業も、いきなり最勇者候補になったってことなんだ」


 アルクワートの元に、クラスメイトたちが凄い凄いと騒ぎ立てながら集まっていく。

 当の本人は、少し迷惑そうな顔をしていた。


「そんなの、反則だろ……」


 あれだけいびり散らしていたショッコは、途端に静かになり、もはや妬ましそうに視線を送るだけの存在となっていた。


「勇者……か」


 そう呟いたのはストラだった。

 魔族の間ではタブーに等しいその二文字。

 もはや決定的だった。


――やはり、ここは……。


 人間を真似た学校ではなく、人間の学校そのもの。

 そして……天敵である、勇者を育成する場所。


――私は、どうしてこのような場所に?


 当然というべきか、真っ先に浮かんだ疑問はそれだった。

 魔族の学校で人間の知識を学ぶハズだったのに、いつの間にか人間の学校に来てしまっていたのだから。


――……まさか。


 こうなった原因は、一つしか考えられなかった。


――全く、父上も性格が悪い。これが、魔王になる為の試練ということですか。真似事でもなく、本に書かれたことでもなく、見て、聞いて、リアルタイムで感じて、全ての知識を学んでこい。身も心も命がけで。……そう、言いたいのですね?


 ストラは笑う。

 確かに、人間というものを学ぶのにこれ以上の学校はないだろう、と。


「あーもう! みんなして騒ぎすぎ! 本当の勇者になったワケじゃないんだからさ!」


 戻ってきたアルクワートは、うんざりした様子でどっかりと座った。


「いやいや、でも実際すげぇぜ? 同い年でレベル5って聞いたことがないし」


 コンパンが改めてほめると、アルクワートはまんざらでもなさそうな顔になる。


「まぁー、嬉しいのは確かなんだけどね。……おや? こっちからは何の反応もなしかな?」


 何も言わないストラの背中を、アルクワートはにやけ顔でペシペシと叩く。


「見たでしょ? 聞いたでしょ? アタシ、レベル5だって。襲いかかってきたら、パチコーンって一撃よ? 残念ねー」

「……ん? ああ、スマン。聞いていなかった。何の話だ?」

「だーかーら、残念ねーって話」

「残念? 何が残念なものか。むしろ私は、嬉しく思うよ」


 思いもよらないほめ言葉に、アルクワートの顔がボッと真っ赤になった。


「きゅ、急に何なのよ? ほめ殺しに方向転換? そ、そんなの、アタシには効かないわよ! ええ、効かないですとも!」


 ほっぺが真っ赤のまま、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

 ストラは何の事か分からず、首を傾げるばかりだった。


「じゃあ次は、ストラ君ね」


 パティー先生に呼ばれたストラは、皆と同じように教卓の前に立つ。

 思えば、レベルを計るのは初めての事だった。


「大丈夫よ。今はまだ、レベルが低いのが普通なんだから」


 ストラの肩をポンポンと叩き、緊張を解きほぐそうとしてくれる。

 だがそもそも、ストラは微塵も緊張していなかった。


「それじゃあ、始めるわね」


 パティー先生が呪文を唱えると、光の渦がストラを包み込んでいく。


「……あら? 妙な反応ね……」


 これまでと同じように点滅し始めるが、その光はどこかほの暗く、曇り空で輝く星を連想させた。

 そして、精霊が描く砂の文字は――。


「……うん、問題なかったみたいね。レベルは……1。職業は……『商人(メルカンテ)』よ」


 商人。モノを売り買いする商売人ということだろう。

 1つも戦闘向きではない。


 人間の職業がどのぐらいあるのかは知らない。

 だが、貿易と戦術は共通点が多いと本で読んだ事がある。

 周囲は哀れんでいるが、ストラは悪くない結果だと一人満足していた。


「……あら? まだチェックが続いている……?」


 パティー先生の言うように、精霊はまだストラを包み込んだままだった。

 結果はもう出ているのに、これ以上何をチェックしているんだろう?


 誰しもがそう思った時、精霊は、最後にもう一文字を付け足した。

 パティー先生は、首を傾げながらそれを読み上げる。


「『1』の前に、『マイナス』? ……『レベルマイナス1』?」


 見たことも聞いたこともない、最低最弱な数字。

 予想外過ぎる数字に、クラス中がぽかんと呆気にとられた。

 ようやくその意味を理解したクラスメイトたちは、一斉にストラを指さす。


「アハハハハハハ!! マイナス!? 歴代最弱じゃないか!!」


 そして、教室が揺れるほどの大爆笑が巻き起こった。


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