魔王さまはレベルマイナス1の最強戦術家

奇村 亮介

第1話 プロローグ


 銀髪の少年――ストラ=ティーゴは考える。

 『最強』とは何か?


 人間、魔族、モンスター。

 三種の種族が棲まうこの大陸で、剣と魔法の争いが絶えないこの世界で、最強とはいったい何なのか?


 最強とは、読んで字の如く『最も強い者』を指している。

 剣が一番強い者、魔法が一番強い者――要は、誰にも負けない力の持ち主の事だ。


 では、その最強が負けたら?


 最強と呼ばれた魔王たちは今まで何人も誕生したが、いずれも三十年と持たなかった。

 理由は、最強と呼ばれた勇者たちが魔王を討伐したからだ。

 そして、その最強と呼ばれた勇者たちもまた、三十年と経たずに死んでいた。

 新しい最強の魔王が、勇者たちを殺したからだ。


 最強が生まれ、最強が死に、そしてまた新しい最強が生まれる――。


 ここで疑問が生じる。

 最強なのに、何故負けたのか?

 最も強い筈なら、負ける要因など何もないのではないか?


 時の運?

 自惚れ?

 数に押されたから?

 それとも、卑怯な手を使われたから?


 たったそれだけの理由で負けるのが、最強なのか?

 最強とは、ただの暫定的な称号なのか?

 最も強く居られるのは、ほんの一時だけなのか?


 長く、もっと長く――そう、千年も続くような強さでなければ、それは最強とは呼べないのではないだろうか?


 そんなもの、現実的ではない。皆が口を揃えてそう言うだろう。

 時の流れは残酷だ、と。月日が経つ毎に実力は落ち、代わるように格下が力を付けていく。

 いつしかそれが逆転し、やがて最強は最強でなくなってしまうのだと。


 ストラは考え続ける。


 時の流れに左右されない力はないのか?

 千年も続くような強さを持つことは出来ないのか?

 最強と呼ばれ続ける事は不可能なのか?


 百の書物を読み漁っても答えは出ず、千の書物を読んだ所で僅かな可能性を見つける事が出来た。

 そしてついに、万の書物を読み終えた時、ストラの中で一つの結論が出された。



 それは――。



 ◇----------------◇



 綺麗に敷き詰められた石畳。部屋の中には、二人一組で使う木の長机がズラリと並んでいる。

 二十六人の生徒たちは『自分の成績』を発表される度に一喜一憂し、互いに自慢し合っていた。


「あんた、レベルと職業は何だったの?」


 ショートカットの女子生徒が、体格が良さげな男子生徒にそう聞いた。


「俺? レベル1の戦士だってさ。くそっ、この体格だし、力には結構自信があったんだけどなー……」

「へっへーん、勝った! あたしはレベル2の僧侶だったよ! 男のクセに弱っちぃなぁー!」

「うるせぇ! そんだけ足が太けりゃスライムだって蹴り殺せるわ! このダイコン僧侶め!」

「な、なにをー!! ハリボテ戦士のクセに!!」

 同時に、そんな口喧嘩もあちこちで勃発していたが。


 ここは勇者候補生たちが集まる学校――【私立第三勇者学校(テル・プリヴァティスタ)】だ。

 十五歳になれば、平民も貴族も獣人も関係なく、この学校で勇者になる為の訓練を受ける事が出来る。


 勇者は、生まれや血筋によって決まるモノではない。

 たった一つの条件を満たせば、誰にでもなれる。


 それは、レベル30以上である事。

 戦士も、僧侶も、魔法使いも、その条件を満たせば勇者と名乗る事が許される。


 誰が一番レベルが高いかと、クラスメイトが楽しそうに騒いでいる中で、一人、浮かない顔で黙っている者が居た。


 彼の名は、ストラ=ティーゴ。

 周りの男子と比べて線が細く、遠目だと女子に見間違えるほど中性的な顔立ちをしている。

 肩まで伸びた銀髪は月のように輝いており、同じ十五歳とは思えない程、場違いな空気を纏っていた。


 そう、彼だけが『場違い』だった。


 全学年を合わせ、述べ三百人を超す勇者候補生の中に、ただ一人だけの――魔王候補。

 彼らとは真逆の方向を――魔王を目指す者が、何故かここに居た。

 勇者の敵とは、魔王。つまり、バレれば即――討伐されるだろう。



 ◇----------------◇




――事の始まりは、一週間前の決定からだった――



 現魔王にして、実の父親であるブルート=セストゥプロに呼ばれたストラは、玉座の間を訪れていた。


 周囲には純白の柱が等間隔にそびえ立っており、足下には血を思わせる深紅のカーペットが敷かれていた。

 いや、その逆か。血を隠す為に、深紅の色にしているのだろう。

 襲撃者が来る度に買い換えていたら、血よりも恐ろしい『赤字』が出てしまうからだ。


――それにしても。


 ストラは天を仰ぐ。まるで深い井戸の底から空を見上げているかのように、天窓は遥か遠くにあった。


――呆れるぐらいに広いな、この部屋は。


 そうしなければならない理由を知っているだけに、ストラは尚更呆れ返った。

 ストラはひざまずき、恭しく頭を垂れる。


「不肖ストラ、ここに参上致しました」


 気怠そうに座っているブルートは、それを見て呆れたようにため息をはく。


「かーっ、相変わらず硬ぇな。親子なんだから、もうちょっとリラックスしろよ」

「性分ですので」


 頭を下げたまま、ストラは素っ気なく言った。


「つまんねーの」


 ブルートは退屈そうに、黒羊のようなクセ毛を掻き上げる。

 魔王といっても、容姿はほとんど人間と同じだ。

 違うところといえば、ライオンのような尻尾が生えているだけで、身長もストラより少し高い程度だ。


「まぁいいや。それでな、お前もついに十五歳になったワケだけど……」


 急にブルートは、悩ましそうに頭を抱える。


「お前、なんでそんなに弱いままなのよ? 他の999人の息子どもは、そりゃ多少の不出来はあったけど、魔王訓練校に通う前から部隊長クラスの実力はあったワケよ。十五歳になって、通い出してからは部隊長クラスの息子がぽこぽこ現れ始めたワケよ。分かる?」

「存じております」

「んで、まぁ、お前も例外なく訓練校に通わせようと考えていたんだが……」


 ブルートの尻尾が、ペシンと地面を叩く。

 不機嫌になってきた時の行動だ。


「訓練校初だとよ。弱すぎて、入学を拒否したのは。全く、どれだけ鍛えても、どれだけ追い込んでも、何でそんなに弱いままなのか……」


 ストラは、決して甘やかされて育ったワケではない。

 むしろ、他の兄たちよりも厳しめに訓練されてきた。


 一日中走らされたり、百人組み手を気絶するまでやったりもした。

 だが、潜在能力が目覚めることも、父親が期待するような体格になる事も無かった。


「しかし、だ。弱いには弱いが、頭の方だけは飛び抜けて強い。我が参謀とチェスをやって、千連勝して泣かせたそうじゃないか?」

「恐れ入ります」


「そこで、だ。お前だけは人間の経済や戦略を学ぶ、『参謀訓練校』に入れてやろうと思ってな。部下の使い方がヘタクソな息子が多いから、助言役としていろんな事を学んできて欲しい。……まぁ、どうしても魔王候補から外れるような扱いにはなるがな」

「私に、参謀になれと? 本当に宜しいのですか?」


 ストラは、そこで初めて顔を上げた。


「私は、その玉座を狙っております。更に磨かれた知略によって、貴方様がその席から降ろされるかもしれませんよ?」


 物怖じすることなく、ストラは歌うようにそう語った。

 思いもよらぬ言葉に、ブルートはぽかんと口を開け、呆気にとられていた。


「……クハッ、クハハハハハハハハハッ!!」


 やがてブルートは、腹を抱えて爆笑し始めた。

 笑う度に、身体はムクリ、ムクリと『本来の大きさ』に戻っていく。


 笑い声は遠雷のような低く野太い声となっていき、大陸一大きいこの城を揺るがす程にまでなっていった。

 天変地異にも等しい笑い声に、城勤めの魔族たちはほとんどがその場で気絶し、名の通った魔族でさえも全力で逃げ出していく。


 ストラは、膝を付いたまま微動だにしない。


 玉座の間に、濃い獣臭が漂い始める。

 巨大な『何か』によって天窓は塞がれ、途端に部屋は薄暗くなった。


 辛うじて見えるのは、ストラの身体よりも太い尻尾に、周りの柱よりも長い足の爪。

 そして、決して倒れそうにも無い、恐ろしく太い足だった。


 それは、666匹の魔族とモンスターの血が混ざり合い、数多の勇者を屠り続けている、歴代最強の魔王――ブルート=セストゥプロの真の姿だ。


「お前が!? 我を倒すと!? 歴代最弱のお前が!?」


 暗闇の中から、巨大な金色の双眼がこちらを見下ろしている。

 ストラは、涼しい顔でそれを見上げていた。


「ええ。それが、貴方様の息子としての勤めでしょう?」


 さも当たり前のように、ストラは言い放った。

 それを聞いたブルートは、更に上機嫌に笑う。

 台風のような息が、ストラの髪をなびかせる。


「クハハハハッ! ああ、愉快だ! 愉快で愉快で堪らない! 一番優秀な長男でさえ、我の目前でそんな啖呵を切ったことはないぞ!」

「楽しんで頂けて、何よりです」

「……だからな、正直に言うと、お前がここを離れるのは少し寂しいワケよ」


 ブルートは、急にトーンを下げて言った。

 身体も、それに合わせるように縮んでいく。

 やがて、先程と同じぐらいのサイズになった。


 深紅のカーペットをゆっくりと歩き、ブルートはストラの前に立つ。


「親子関係とは別に、我はお前を気に入っている。たまには顔を見せに来いよ?」


 父親とは似ても似つかないストレートの銀髪を、ブルートはクシャクシャになるまで撫で続けた。


「……はい、父上」

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