ラグバター
@shb1019
第1話
「LGBT」
「ラグバター?」
へそ曲がりの僕は初め、この四文字のアルファベットをそんな風に読んだ。何となくだけど、本当に何となくだけど、この言葉を目にした途端、甘い響きが耳元で聞こえてきたのだ。故に"BT"は「バター」なのだ。甘みのある響きを四文字の配列から感じたのだ。
しかし、実際はそんな甘みなど微塵も関係はない。「性的少数者」の総称なのだ。複雑に絡み合う人間の性のあり方をたった四文字に凝縮したのだ。正確に言えば凝縮し切れてはいない。凝縮できないのだ。少なくとも四文字で言い表すのは到底難しい。レズビアン(女性同性愛者)=L、ゲイ(男性同性愛者)=G、バイセクシャル(両性愛者)=B、トランス・セクシャルとトランス・ジェンダー(性同一性障害など)=Tと言う四分類で、性的少数者の方々を言い表している。
そんな言葉を僕が初めて目にしたのは、二年の三学期に行われた保健の性教育の授業だった。「いま巷ではこんな方々が思い悩んでいます。皆さんの理解と協力が不可欠です」
要約するとこのようになる。自認している性と体の性が合わない。生物学的な性と社会的に"演じる"べき性が一致しない。恋愛対象が同性もしくは両性である。そんな性的"マイノリティ"が僅か四文字で表現されている。そして、なぜか僕の耳には"バター"という響きが聞こえた。しかし別段、この時に僕がLGBTに強い興味を示したわけではなかった。本格的に僕の関心が注がれるようになったきっかけは、ある転校生がうちのクラスにやって来たことだった。
僕の通う中学校に、一人の生徒が転校してきた。名前は「高岡ひかり」と言う。クラスも僕と同じ三年A組になった。その性別はとても難しい。男子であって女子であり、女子であって男子なのだ。生物学的には女子だが、性自認は男子なのだ。体は女で心は男なのだ。とどのつまり、男性のトランスセクシャルなのだ。
ひかりが来る前、僕ら三年生は全体で、三年A組の担任、橋本先生からこんな説明を受けていた。
「皆さん、性同一性障害って言葉を覚えていますか?二年生の時、保健の授業でやりましたね。簡単に説明すると、"心と体の性が一致しない"状態を指しています。来週、その性同一性障害を抱えた生徒が転入してきます。心は男の子で体は女の子だそうです。ですが、心と体の問題以外は皆さんと何ら変わりはありません。事情は把握していただきたいと思いますが、ぜひ仲良くしてあげてください」
実際はもっと長く話していたので、上記は要約した文になる。
初めてひかりが学校に来た日、彼(ひかりの性自認に従い、三人称を"彼"とする)はクラス皆の前で挨拶をした。彼は茶髪に染め上げてセットされた綺麗な髪の毛をかき上げた。赤いTシャツに、ネイビーブルーのジーンズをはいた彼は少し小さい声で話した。それでいて立ち姿は威風堂々としていた。
「高岡…ひかりです…」
僕の中学は私服で通っても良いため(標準服はあるのだが着用義務がない)、私服で通う生徒が半数以上はいた。だから、私服であることに違和感はない。しかし、立ち姿とは相反する声音に僕は少しだけたじろいだ。
担任の橋本先生が、口を開いた。
「今日から高岡ひかりさんは、私たち三年A組のクラスメイトになります。皆さん、仲良くしましょうね。あそこの一番後ろの空いているところがあなたの席よ」
先生は窓際にある僕の左隣の席を指した。皆、彼の方を向いて軽く会釈した。
「男っぽい…」
事情を知ってか知らずかそんな声が聞こえる中で、彼は少しだけ俯いた。皆の会釈に対して、彼は少しだけ微笑んだ。何とも言えない不思議な雰囲気を醸し出すこの少年(ここでもひかりの性自認に従う)は、僕の方をちょっとだけ見た。すぐに逸らしたその目からは途轍もない哀しみ、一方で凄まじいエネルギーすらも感じた。
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