第25話 仮設小屋

「さあ、始めるわよ!」あかりさんの号令で各職人が動き出す。


決定的な倒壊をした家屋はほとんどないものの、窓ガラスが割れてしまったり、外壁が一部取れてしまった家はかなりの数に上る。

さらに未だ、電気、ガス、水道のライフラインが回復しないため、家に居ても生活が難しい人たちの多くが会社の敷地にとどまっているため、倉庫にある材料を使って「避難小屋」を建てることになった。


事務所と合わせれば、当面の避難ベースとすることができる。


避難してきてそのまま会社にとどまっている職人さん達は、手持無沙汰な状態が続いていたのでやることができてうれしそうだ。

小林くんが各職人さんに細かい作業の指示をしていく。


通常だと「根切り」と呼ばれる溝を掘って、そこに鉄筋を入れたコンクリートの基礎を打つが、そんなにたくさん材料はないし、時間がかかる。


まず、高さ30CM、60CM角の箱を合板でつくり、鉄筋を組み、「アンカーボルト」を埋め込んでおき、コンクリートを流し込んでいく。

そして「箱」の外枠を取り外せば「基礎」ができあがる。それを、30CM~90CMの間隔で置いて、その上に「土台」の木材をのせ、穴をあけてアンカーボルトで固定していくのだ。


だが、必要数全部が作れるほどのセメントはないし、砂利も砂もない。


しかし、鳶さんは、事務所の駐車場の砂利と砂。コンクリートブロックを砕いた材料を使って、「コンクリート」を作った。「セメント少ないけど、このくらいの配合なら、そう簡単には壊れないからまかせとけよ!」と見事な手際で型枠を作って、コンクリ材を詰めていった。

(※セメントに砂を混ぜると「モルタル」になり、砂利と砂を混ぜると「コンクリート」になります。通常、家を建てる際には、セメント、水、砂利、砂の配合が厳密に決められていますが、今回は非常時の措置とご理解下さい。)


コンクリ-トが固まるのを待つ間に建物の構造体を大工さんが作っていく。

最近は各部位ごとにプレカットで材料を作っていくが、倉庫にはそんなに都合よく材料は残っていないので、以前、増築工事で残った「垂木」や「桟木」の残りを大工さんが組み合わせて柱や梁に仕立てていく。

「垂木」は3CM×4CMの材料が多く残っていたが、柱に使うには、9CM角程度の太さがほしい。大工さんは垂木や桟木をビスや釘で接続して、柱をつくった。


「手製の集成材だ。」


集成材とは、薄く形成された木材を接着剤でくっつけて、工場でプレス加工して大きな材にするやり方だが、大工さんは手製で作ってしまった。

細い垂木はそれぞれ曲がったりしている癖があるので、そう簡単にはくっつかないが、木の素性をみてくっつけていく。

「宮大工さんはこんな荒っぽいやり方できねえだろう!」と面白そうだ。


材料ができたら構造を組む「上棟」だ。

最近の上棟はクレーンで組むのが一般的だが、そんなものはないし、材料のひとつひとつは結構大きいので人数が必要だ。


「お父さんたち!あっちに行って大工さんと柱をささえて!」


「テレビ局の人!それ!そう、水準器!レーザー光線が出てるから、前を覗いちゃだめよ・・・。そうそう、それをもうちょい左・・・。OK!」


「そのくらいの材料持つのにフラフラしないで!ああ、もう、私が後ろ支えるから、そのまま!」


避難してきたものの、何もすることがなかったお父さん達。

職人さんたち以上に手持無沙汰だったテレビクルーも作業に加わる。


普段の現場では、それほど声を張り上げることのないあかりさんだが、今は男どもを従える女軍曹みたいだ。

なんだか、みんなの表情が・・・。

特にお父さん達うれしそう?


おいおい大丈夫か?


構造が組みあがったら外部の施工だ。

屋根材、外壁材も傷がついて使えなかったものや、すでに生産中止してしまったので、お客さん宅にはもう使えないものなんかを使うので、木目だったり、ヨコ張りだったり、タテ張りだったり、タイル模様だったりと色とりどり。

でも、さすがの専務プロデュースで、センス良く仕上がっている。



「みなさんもお手すきだったら、現場廻りのごみを拾ってください。

切れ端や木くずも、たき火に入れれば燃料になりますから、大事にしましょう。」


専務の指示に女性陣は嬉しそうに従う。

こっちは有閑マダムを集めたカルチャースクールみたいだな・・・。


内部は床材を貼ったり、壁のボードを貼ったりの作業が始まっている。

あたしも窓枠を付けたり、断熱材を随所に入れる作業をやっている。


「大工ってわけじゃないけど、俺も昔は大工仕事を手伝ってたこともあるんだよ。

こういう作業は楽しいねえ。」


70代前後の御年輩の方は、結構大工仕事や内装作業を経験した方が多いらしく、なかなか手際が良い。


「ああ、そうじゃない。床材を打つときは、きっちり締めちゃダメなんだ。隙間をあけて打たないと・・・。そうそう、ノコの刃をはさんで打ってごらん。いい感じの間隔になるから。」


なんて、若い人たちに指導している人もいる。



現場作業というのは、実際に手を動かす技術もだが、立ち回りや、どのタイミングで掃除をするかとかの呼吸がわかると、スムーズに進む。

こういったセンスがないと、これから使う予定の道具を片付けてしまったり、これから壁材を貼るところに、材料を立てかけてしまったりで、作業の進行スピードが遅くなってしまう。

一般の方々には、基本的に片付けや道具の運搬といったアシスト作業をお願いしているのだが、現場のセンスというものは、その人の元々持っている資質によるもので、できない人はできないし、特に今回のような突貫作業になった場合は教えている暇がない。


そういった作業は、普段から監督やプロデューサーの顔色や、現場の状況を見ながら動いているせいか、テレビクルーのADさんたちが抜群の動きを見せていた。

職人さんが今ほしい道具や材料を、状況を見ながら適切に渡している。これから作業をする場所の掃除や片付けも早い。


「お前、俺の手元にほしいよ。テレビ局なんかやめて、俺んとこに来いよ」

なんて大工さんからスカウトが入る若いAD さんもいて、うれしそうだ。


「手元」というのは、職人さんのアシスタント的な立場の仕事だが、動きのいい手元がいると、作業時間が大幅にかわってしまうぐらい作業効率が違う。

一般的に修業期間中の若い者がやることが多いが、専門的にやっている人もいるので、有能な「手元」はみんなが欲しがる。



最近はインターネットと電話、テレビをケーブルテレビで一括加入した方が東京ではお得な場合が多いので、ケーブルテレビ網が壊滅した。事務所も含め、この地域のほとんどのお宅では、テレビが見られない状態になっている。

ネットの接続が不安定な現在、テレビのニュースが主な情報収集源だが、各自がスマホでテレビを見ていると、電池の消費も激しい。


そこで社長が、金属のハンガーを使ってアンテナを作った。

解体したハンガーに銅線とケーブルを繋いで、垂木で電波が来るだろう・・・。方向に向ける。

電波を増幅させる「ブースター」を接続して、事務所から持ってきたテレビにつなぐと、見事に映った!


「昔、テレビの上に室内アンテナを置いて、テレビを見てたよね。まあ、その応用さ。」


社長、すげえ!


電力の都合上、常時点けておくわけにはいかないが、時間を決めて点けることで、みんなそろってテレビを見て、情報収集ができるようになった。


「ついでにロフトも作っちゃおうか?」とあかりさん。

「傷ついたキッチンの在庫があるから、使っちゃいましょう。」と小林くん。

「養生用のクロスがあるから、貼っちゃおう。」と大工さん。

「メーカーが搬入の時に傷つけて、お客様宅に付けられなかった玄関ドアがありますから取り付けましょう。」と専務。


そんなこんなで、着工してから2日目の夕方には、10坪ぐらいの小屋が完成した。


「在庫一斉処分ですねこれ。」小林くんが面白そうに言う。


「家って、こんな風に出来ていくんですね。職人さんの技術とか、段取りのよさも実際に見ると驚きです。」作業を手伝っていたテレビクルーの親分も感心していた。


この小屋と事務所の建物は、練馬区周辺の警察や消防。自衛隊の救援活動のベースとしても、しばらく活用された。


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