第18話 高根君。

年のころは、60代くらいのいわゆる団塊世代くらい。

スーツに派手な色のネクタイと靴は、建築士という風体ではない。


「彼はいないのかい?高根君は?」


ソファに座って、開口一番、聞いたことのない名字を「欠陥住宅解消の会」主宰、本間氏は呼んだ。


「先生、専務をご存じで?」


「ああ、よく知ってるよ。神戸時代に深い付き合いがあったんだよ。」口元に笑いを浮かべながら、本間氏は言う。


神戸?それに、「高根」という名字は専務のことを指しているらしい。

そして、あたし達がいないかのように、話を続ける本間氏。


「みんな、名刺をお出しして」


全員、名刺を出す。

彼は一枚づつ、片手で受け取り、そのままポケットに入れる。


こないだの工務店の会のテーマは基本的なビジネスマナーだった。

「名刺は両手で受け取り、相手の並び順通りにテーブルに置きます。」


「こういったマナーについて、バカにしている方が多いですが、実際に作業を行う我々工務店や職人が、こういった基本的マナーがなっていないと、施主さんは信用してくれません。

施主さんで一番多い、一般の会社にお勤めの方々は、相手がこういった所作を行うことに安心を覚えます。

よい関係を築くために、きちんと行いましょう・・・。」とビジネスマナーの講師の先生と田尾さんに言われた言葉を思い出す。


「へえ?こんなかわいい女の子もこの会社にはいるんだ。あんた、インテリアコーディネーターのヒト?」


「いえ、二級建築士です。ここでは、設計も施工管理もやっています。」


あかりさんが答える。


「建築士さん。でも二級かあ。

まあ、いすみ君はイケメンだからね。男性客も女性客も、イケメンと美女でゲットだなあ!」


わかった。あたし、コイツ嫌いだ。


「高根君とお話ししたいんだけどねえ。彼は現場?」


あかりさんが不機嫌な表情になったのを見て、あたしに話しかけてるみたいだけど、無視。


「専務は今現場ですけど、具体的なお話しは私が。」


「いや、彼とは久しぶりに話をしたいし、交渉はキーマンとするのがビジネスの基本だからね。あなた、高根君のところに連れてってよ」


「瀬尾さん、先生を専務のいる現場にお連れして。」


専務は今日、上棟で高円寺にいる。



軽トラに本間氏を乗せて、出発。


「へえ、女の子なのに、軽トラ運転できるんだ。これ、マニュアルでしょ?」


始めの軽トラはオートマだったが、時々専務の軽トラを運転しているうちに、マニュアルが楽しくなってきた。

最初の軽トラは、リースの切り替えで返してしまったが、あたし用に中古を買ってもらうことになって、極上のマニュアル車があったので、これにしてもらった。


「女の子、オンナノコってやめてもらえますか。私はアシスタントでもなんでもなく、自分で仕事やってるんです。担当の物件も持ってます。」


「うん、オンナノコはみんなそういうよね。自信があるのはいいことだ。宜しく頼むよ。セオサン。」


軽トラのシフトを思いっきり3速にたたっこんで、加速した。



現場は概ねの躯体組立が完了し、屋根の合板を敷いているところだった。


今日のお天気は一日晴天で、あと3日ぐらいは大丈夫なようなのだが、早い段階で屋根を組んでおけば、予想外の雨に降られても、構造体を濡らさないで済む。


舞波工務店の段取りでは、朝から作業を始めて、1日で構造をすべて組んでしまう。そして、その日のうちに、「ルーフィング」と呼ばれる防水紙まで張ってしまい、翌日にはもう屋根材の施工を終える。


この会社の段取りに慣れると普通に感じるが、シートもかけずに、組み終わった構造材の木材を雨ざらしにしている現場が結構ある。

構造の木材は「プレカット材」と呼ばれ、工場で加工後、強制的に乾燥させているので、一週間程度雨ざらしにしても問題ないといわれるが、なるべく濡らさないように納めるのは、工務店の技量と気持ちの問題だろう。


専務は例のイケメン鳶と、屋根の板を敷いていた。

作業をする職人は他に何人もいるが、ジッとみているだけではなく、自分で体を動かすのが専務らしい。

屋根の上から、あたしの軽トラが来るのを見た専務は手を振ってくれたが、助手席から降り立った人物を見て、表情を硬くする。




「久しぶりだね、高根君、いや、今は舞波君か。」


「現場に入るんだったら、ヘルメットをかぶってください。それから、土足で合板の上に載らないでください。」


3時休憩を機に、降りてきた専務と本間氏の会話を聞きながら、専務が今とは違う名字で本間氏に呼ばれたことがさらに気になった。


「お宅の社長にフランチャイズの申し込みを受けて、話を聞いてたら、どうもどっかで聞いたことがあるような感じがしてねえ。天下の安西事務所のエースが、ヘルメットかぶって、住宅の現場シゴトかい。落ちぶれたもんだねえ。」


「落ちぶれてもいませんし、住宅建設の仕事が安西事務所より下とも思っていませんよ。あなたこそ、大阪からはるばるご苦労ですね。商売繁盛みたいで。」


「おかげさまでね。天下の安西事務所をやっつけたっていうんで、あれから仕事が増えてね。念願の全国展開だよ。高根君は、俺の恩人さ。」




「・・・休憩は終わりです、作業再開しましょう」

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