第9話 専務同行
翌日は専務と同行。
赤いピックアップトラックかな?と思ったら、軽トラだった。
今日は「動きやすい服装で。」と言われたので、長袖Tシャツにジーンズ。
あたしの服装を見た専務は「ちょっと寄り道しますね。」と近所のホームセンターへ。
奥の方の作業着売り場で、作業着の上下を専務が選んで持ってくる。
「打合せと通常業務のときは、昨日のような服装で結構ですが、現場では汚れることが多いのでこれを着てください。」
そういえば、男の人に服を選んでもらうのも買ってもらうのもはじめてだなあ。なんて思いながら、専務が選んでくれた作業着に試着室で着替える。
胸ポケットのついた上着にもものあたりにもポケットの付いた、ちょっと濃いめのカーキ色の作業着。胸と腰のあたりもしっくりくる。
これってレディースなんだ。へえ、こういう服も女性用ってあるんだな。
それにデザインもいいなあ「作業着」っていう感じもしない。
でもさ、
専務にサイズ教えてないよね?
専務が着てるみたいなスリムなつくりの服だよねこれ?
なのにあたしにぴったりだ・・・・。
試着室を出ると専務が待っていた。
「あ、よかったぴったりですね。予備にあと一着買いますから待っててください。あと、スケール持ってます?持ってなければ買ってきますね。」
会って3日目の女の服(作業着だけどさ)をコーディネートして、目見当でサイズもぴったり合わせるというすさまじい技量を発揮したにも関わらず、冷静だよこの人。
ハイスペックなのは見た目だけじゃないなこのやろう。
今日は昨日とは反対方向。
環7を板橋方面へ。
「このクルマ、マニュアルなんですね。」
「そうです。軽トラのマニュアルは楽しいですね。運転してる!って感じがします。」
「昨日、社長にクルマの件でお話しがあったんですが、長年、ペーパーで・・・。」
「あ、大丈夫ですよ。最近は軽トラもほとんどがオートマですし、瀬尾さんに使っていただく予定のクルマもオートマです。」
「そういえば、あの赤いトラックって、専務のなんですか?」
「そうです。ボードを積むのに使ってるんですけど、キャビンは狭いし、荷台に積んだものは雨が降ると濡れるんで、ハイエースとかのワゴン車にすればよかったんですけど。あれもマニュアル車で、浜にいくまでの運転が楽しいんで。」
シュミはサーフィンかよ、ほんと隙がねえな。この人。
板橋のわずか手前、北区あたりの住宅街のコインパーキングにクルマを止める。
ちょっと歩いたところに、基礎の鉄筋が組まれた現場があった。
今日は審査機関の配筋検査があるので、その立会いと、配筋の確認だそうだ。
設計事務所時代の経験で、この状況でやることは分かってる。
鉄筋が図面通りのピッチ(距離)で組まれているか、太さは間違っていないか等を確認。
文字と寸法が書かれた大きなスケールをあてて、それらが適正に施工されているか写真を撮っておく。
こうしておけば、後日、問題があったときのための資料にできるし、施主さんも安心する。
現場に足を運ぶのがずぼらな設計者だと、これらの写真を職人に撮らせて、現地確認をしないため、後日、必要な部位の写真がなく、あとの段取りがうまくいかないことになったり、コンクリートを打ってしまった後に配筋のミスがわかって、せっかく作った基礎を解体する。なんてこともある。
タブレットに表示された基礎伏図を確認しながら、専務の指示する部位にあたしがスケールをあて、専務が撮影をする。
概ね問題なかったが、基礎と柱を直接つなぐ「ホールダウン金物」を取り付ける「アンカーボルト」の位置が1か所違っていた。
「ホントはこういう間違いは職人に直してもらわないといけないんですが。」
と言いながら、アンカーボルトを鉄筋に固定している「結束線」と呼ばれる細い針金をパチンと切って取り外す。
そして、正しい位置にアンカーボルトをあてて、新しい結束線を「ハッカー」という道具を使ってクルクルと固定。
見事な手際だ。
「専務って、設計担当の人じゃないんですか?」
「設計もやります。この家も僕の設計です。ただ、職人を入れる日程とか、材料の手配とかもやります。というか、ウチの社員はそれぞれ得意分野はありますけど、基本的には全部自分でやりますね。」
「家を建てるための業務。設計から法的諸手続き、現場の管理から、仮設トイレのお掃除まで。全部やるのが工務店です。少なくとも、僕はそう思ってますし、そうやってきたつもりです。」
そういえば、ホームページも専務が作ってるって小田さんが言ってたな。ということは、宣伝もか・・・。
「でも、建築の勉強だけをしてきた方を採用して、現場の管理とか、職人さんとの打ち合わせなんかさせると、<こんなことはワタシのやる仕事じゃない!>ってやめちゃう人がいるんですよね。だから、ミスマッチを防ぐためにも、最初はなるべく現場廻りとかに同行していただくようにしてるんです」
「その、やめちゃった人は、女性もいたんですか?」
「結構いらっしゃいましたね。女性にかぎらないですけど、設計に特化した方だと、現場の掃除とか、ドアとか床を傷つけないようにシートを貼る「養生」ができない・・。というか嫌がる方が多かったですし、現場に特化した方だと、設計とかの書面作業をいやがるので・・・。なかなか難しいですね」
「さっきのハッカー使うのも、専務上手でしたよね」
「あ、そうですね。まあ、現場の経験もそれなりに長いですから、一通りの現場作業はできます。ただ、今回はこれから検査がありますし、おととい、僕は確認したんですけど、見逃しがありましたので、自分で直しましたけど、ホントは施工した職人にやらせるようにしないといけない・・・。」
と話しているところで、専務のスマホが鳴った。
審査機関の検査員が近くまで来ているけど、現場の場所がわからないそうだ。
「ちょっと迎えにいってきますので、瀬尾さんはここで待っててくださいね。」
そういって、専務は検査員を迎えに行った。
現場を改めてみると、確認申請や労災の看板もきちんと掲示されているし、簡単に立ち入りできないようにするゲートも簡単に取り外せないようにしっかりと設置されている。
コンクリート打設をする直前の現場にありがちな粗雑な感じのしない現場だ。
ゲートもなく、道具が放置され、スミを出すための蛍光色の糸を巻いたスプールがあちこちに放置された設計事務所時代の現場を思い出した。
確かに、あのころは「掃除や整理はあたしの仕事じゃないや。」って割り切って現場に行ってたし、それをおかしいとも思わなかったけど、専務の言葉を聞いた後だと、すごく恥ずかしく感じる。
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