弐条才子の実験ショールーム
カツラギ
本編・前編
僕たちの世界は、いつだって滅亡の危機に瀕している。
世間は気づいていないだけで、いつだって誰かがこの世界を守っている。
多くの大人と少しの子供が、どうにか頑張って踏ん張って守り抜いているのだ。
そんな彼らの奮闘のおかげで、今日の世界も、なんとか亡びずに続いている。
春といえば、新生活。
これまでとは違う、新しい世界が待っている季節。
この春から高校生になる僕も、ご多分に漏れず、期待と緊張とわずかばかりの不安を胸に抱いて、新しい学校の下見に来ていた。
七瀬川高等学校――学生宿舎一○五号室。そこが僕の新しい住居になる。
そう! この春から僕は、念願の一人暮らしを始める。学生寮。その言葉に憧れて、僕はわざわざ寮制度のある学校を選び、倍率の高い抽選をくぐり抜けた。
この貴堂文弥、運のよさには自信がある。
七瀬川高校の学生宿舎は、ピカピカとは言い難いけれど、十分に手入れがされていそうな小奇麗な建物だった。春休みということもあってか、窓の外に干されている洗濯物もぽつんぽつんと点在している。そんな色とりどりの服たちは、気持ちよさそうに春の風にそよいでいる。
ああ、いかにも。
いかにも、新しい生活が始まりそうって感じがする。胸が高鳴るこの感覚。心臓が早打ち、奥歯をぎゅっと噛み締めて、幸せを感じ取っていたいこの瞬間。夢と希望と期待と不安と、熱い友情と恋の予感と、夕日を背に海辺をダッシュ、夏の花火が咲いて散って、暗くなった瞬間に気になるあの娘と目が合っちゃって、そんなどぎまぎムードから急転直下の学園祭、体育祭、研修旅行の怒涛のラッシュ。ゆきゆきては手を握りしめての逃避行、そんな、そんな僕のバラ色どころかレインボーなLEDのギラギラした光で燦然と天空に輝く、あれやこれやの妄想が広がりすぎてとてもよろしくない。ああ、最高だ。早く来てくれ僕の高校生活。
そして、その場で目にしたのだ。
最初は閃光。
次いで爆風。
そして、衝撃波と轟音が、空気を震わせる。重低音が、僕の皮膚と服と鼓膜をびりびり痺れさせた。
呆けていた僕が我に返った時には、大きな炎が上がっていた。一階の部屋から、ごうごうと立ち上る火炎と煤煙。僕の周囲が、ガヤガヤと騒がしくなっていく。宿舎のあちこちの窓から、身を乗り出す生徒たちが見える。
彼らも、僕も、その部屋を見つめていた。燃え盛る学生寮の一室を。
そんな中、突如火柱が根元から真っ二つに切り裂かれる。焔を裂いたその影が、白い噴煙を尾に引きながら、空に向かって飛んでいく。
黒い煤煙とは対照的な白い
学生寮のスプリンクラーがボヤを鎮火するまで、僕も、ほかの生徒も皆、空を見上げたままだった。白いラインを引きながら昇っていくそれは、目を奪うほどに、鮮やかに飛んでいった。
僕の住居だったはずの部屋。
そこには、灰と、瓦礫と、煙があった。野次馬の群れがあった。
それしかなかった。
学生宿舎一〇五号室――鎮火された部屋に残されていたのは、ただの燃えカスだった。
力が抜け、膝をつく。肩から提げていたダッフルバッグが床にべチャリと落ちる。
僕の輝かしい学生生活は、一瞬で灰色に燃え尽きてしまった。
「初手からこれって、あんまりじゃないですかぁ……」
泣き言だって言いたくなる。すると、背後から馴れ馴れしい声が聞こえた。
「やー、今回はここか」
僕が力の入らない身体でノロノロと振り向くと、僕よりもいくらか背の高い男子が、慰めるような苦笑いをして立っていた。
「お前、新入生か。名前は?」
僕は答えようとしたが、声がうまく出なかった。力の抜けた指先で、部屋ごとにかけられているネームプレートをなんとか指さす。
一〇五号室のネームプレートは下半分が溶けかかっていた。名前を書く欄は三つあったが、一番上に刻まれている僕の名前だけが辛うじて読み取れた。下ふたりの名前は、ドロドロに溶けてしまっている。
僕の様子を見て、男子生徒も察したらしい。
「あー、まあ、なんだ……」
言葉を探すように、男子は視線を宙に彷徨わせる。が、いい言葉は見つからなかったらしい。彼は僕の背を軽く叩いた。
「まあ、とにかく学生課に行ってみな。今後の対応を教えてくれるよ」
その後、アドバイスに従って学生課に向かった僕は思ったよりもあっさりと、新しい住居を手配してもらった。
というより、学生課もこうした事態に備えて、住処をなくした生徒たちに斡旋する物件をいくつかストックしているようだった。
「で、ここが、その紹介された風雲、荘――?」
プリントアウトされた地図を片手に、学校の裏手の坂を上ったり下ったり曲がったりしているうちに、その建物にたどり着いた。
着いた、けども。
風雲荘は、学校から徒歩数分の圏内に建てられた木造建築アパート。築三十年という話だが、間違いなくサバを読んでると思う。だって、どう見てもこれ、倒壊寸前のバラックだよ。バラックを知らない? 仮設住宅だよ。とりあえず君の想像したアパートを数十年くらいボロっちくすると大体イメージぴったりになる。
「バラックなんて言葉、よく知ってるねえ。趣味は読書ってところかな?」
頭上から突如降ってきた声。
僕は反射的に叫び返す。
「誰だ!」
「く、くっくっく。誰だ? 誰だ彼だと聞かれたら、名乗りを上げるが我が定め! とう!」
二階の窓からひょっこり顔を覗かしていた人物はそう叫び、窓の外へ思い切り身を乗り出すと、そのまま勢いよく宙へ跳んだ。日差しを眩しく反射する白衣。そして、僕の目の前にかっこよく着地しながら、ゴーグルのレンズを僕へとむけた。
「私の名前は弐条才子! 風雲荘、二〇二号室住人だ! さあ聞こう、お前の名を!」
弐条才子と名乗った少女は、白衣と制服のスカートをはためかせ、両手を組んだ潔い姿勢で仁王立ちする。装着しているゴテゴテした意匠のゴーグルを額までずり上げる。多重レンズと山盛りの歯車で装飾されたスチームパンクっぽいゴーグルが、太陽に光った。
なんとなくノリで叫んだ僕も目の前の少女を見て、事ここに至って、ようやく悟る。
学生課に相談しに行って、僕がこの物件を――風雲荘を見せてほしいと頼んだとき、女性事務員さんが引き攣った笑みを浮かべていた理由を。
おいおい、僕の高校生活、どんどん後戻りができないルートに進んでるんじゃないのか。
「……というわけで、入居するはずだった僕の部屋が、行ってみたら爆破されてたんですよ。いや、ありえなくないですか。普通じゃないですよ、爆破って。炭と灰と瓦礫と金属片ですよ。完全に警察呼んだりする案件ですよ。そう思いませんか」
「うーん、ソウダネー」
「ちょっと弐条さん、ちゃんと聞いてます?」
「聞いてるヨー。私、しっかり聞いてるネー」
風雲荘、一階ロビー。
僕は弐条さんに連れられ、風雲荘の部屋や設備を見せてもらっていた。
外見からは想像もできなかったけど、中の設備は意外なことに最新鋭といってもいいくらいの充実ぶりで、八畳一間にエアコン完備、冷蔵庫あり。朝夕二食付いてくる。シャワールームは一応あるし、やろうと思えば学生寮の風呂にこっそり潜入して使わせてもらうことだってできるとのこと――っていいのか、それ。
「みんなやてるヨー。運動部とかの手厚いケアの一環ネー。福利厚生しっかりしてるのがうちの学校のいいとこヨー」
「確かに、これで家賃七千円はめちゃくちゃ安いですよ。ほか探しても、同じ条件だと家賃四倍とか五倍とかしますし」
「まあ、私たちの日々の努力と改善と技術向上によって築き上げた、七瀬川の九龍城砦とはよく言ったもんだネー」
そういう弐条さんは、さっきから僕の顔を見ようとしない。視線をあらぬ方に向けたまま、足を組んだ姿勢をしているもんだから、彼女のスカートの裾が危なっかしくて仕方ない。見ないようにするのだって大変なんだぞ。
「……そういえば、その話し方はなんなんでしょうか。弐条さん」
「え、いや、なんでもないヨ?」
「なんか、さっきから急に話し方がおかしくなりましたよね。特に、僕の部屋が爆破されたって話のあたりから」
「うーん、どうかナー。ちょっと覚えてないナー」
「…………」
「…………」
僕が、じっと弐条さんを見つめると、弐条さんは逃げ道を探すように視線を逸らす。冷や汗をたらーっと流しながら。
弐条さんの視線が右へ逃げたら、僕も右へ動く。左へ逃げたら、左へと。素知らぬふりをしようと、唇を突き出して、吹けもしない口笛を吹く弐条さん。
なんというかバレバレなんだけど、それでも誤魔化そうとしてる弐条さんの姿を見てると、そのうちなんだか諦めの気持ちが湧いてきた。
「……まあ、うちの保護者も家賃が安くなって、立地もそれほど変わらないなら、ってことで納得してくれましたし、このままお世話になると思います」
「そ、そうなんだー。へー」
「だから、まあ、これも何かの縁ってことで。心機一転がんばっていきます」
そういって、弐条さんをまっすぐ見据える。
そう、僕は何も見なかった。そういう事にすると決めた。僕は、新しい学生生活が順調にスタートすればそれでいいんだ。
僕が爆破事件の話をした直後から弐条さんの様子が目に見えておかしくなったことも、彼女の顔が緊張で紅くなってることも、過度の発汗をしていることも、彼女が視線を右上にばかりやってそれが作り話や誤魔化しをしているときによくしがちな動作であるということを見抜いてはいても、すべて忘れて水に流すつもりでいた。
「これからよろしく、弐条さん」
僕は右手を差し出す。
すると、これまで視線を逸らしたり吹けない口笛を吹こうとして風切り音を出していた弐条さんも、こちらの意思を読み取ったのか表情を緩めた。
「……わかった」
弐条さんが手を伸ばす。
「よろしく。貴堂くん」
白くて細い、女子の手。それに僕の手があと少しで触れる――。
「ちょっと弐条、学校でなんか爆発騒ぎが起こったらしいけど、また何か――って、あら?」
僕は、伸ばしていた右手で思わず顔を覆った。
なんで、この話がまとまりかけた絶妙なタイミングで、こうなるんだ。ちゃぶ台をひっくり返されるんだ。
せっかく、せっかく忘れるってことにしたのに。僕は爆破事件の犯人を知らないし、爆破事件と弐条さんとの関係性もまったく知らない。そうした体でまとまりかけてたとこだったのに!
僕は指の隙間から、ちゃぶ台をひっくり返した主を覗き見る。自分の眉間にシワが寄って恨みがましい目つきになっているのがわかった。というか、あえてそうした。
視線の先は、風雲荘の二階へ通じる木造階段――そこを、ひとりの女子が優雅に降りてきていた。
「あら、何か気に入らないことでもしてしまったかしら? そんな熱っぽい視線を向けちゃって、まあまあ」
ゆるく広がった髪は彼女のシルエットを大きくし、存在感を強くするのに一役買っている。華美という言葉がふさわしい彼女は、板張りの古臭い建物の中、なぜかドレスを着用していた。洋裁の贅を凝らしたような典雅なドレスは、木造アパートとはミスマッチなはずだが――彼女の存在感というか、オーラというか、そうしたものが違和感を消し飛ばしていた。なんだ、うすく輝いてるぞ。どうやってるんだ。
「弐条、ちょっとどういう事か説明してもらえるかしら。この服に煤をつけた男の子と、さっきの騒ぎと」
たおやかな指で頬を色っぽくなぞりながら優雅な女子が、弐条さんに問いかける。当然、僕の視線も彼女に向けられる。
弐条さんは、僕と華美なドレスの女の子と、二人の視線に挟まれた。それで悟ったらしい。もう逃げられず、僕をごまかす機会も失ってしまったことを。
僕を見た弐条さんは、申し訳なさと照れくささの入り混じった顔で笑う。
「貴堂くん。なんとなく察してるだろうけど、ちゃんと説明するね」
数分後、僕は地下室にいた。周辺地域の地図が張り出され、壁一面に僕たちの上空――超高々度の青空が映し出されている作戦会議室だ。急展開過ぎるって? 僕もそう思う。
だって、倒壊寸前のあばら家めいたオンボロ木造アパートの地下に、核シェルターめいた秘密の地下施設があるなんて誰が信じられるだろう。それもなんだか新しくてすごそうな設備が整っている、秘密基地っぽい感じのやつが。実際に目にしている僕だって現実味が薄いのに。映画の撮影とか言われた方がよっぽど納得できる。
「というわけで、これが七瀬川高校の――というより、この古都の上空のモニタリング映像だよ。ほら、なんか飛んでるでしょ。これが飛び立つ前に、なんとか対処するのが私たちのミッションだったんだけど――失敗しちゃって。てへへ」
「てへへ、じゃないですわよ。どうするんですの、アレ。対抗手段はお持ち?」
僕の目の前で漫才めいたブリーフィングをする二人。ひとりは弐条才子。白衣の天才科学者(自称)。そしてもうひとりは一華院詩仙。たいそうなお名前と思えば、世に名だたる某財閥のご令嬢だった。軍事産業にも手を伸ばしているとのこと。なるほど、一般人は僕ひとりか。
「うーん、古都上空の超高々度を飛行する飛行機か――」
さっきから僕を置いてけぼりで会話をするふたり。飛行機、戦闘、爆撃――そんな物騒な単語が聞こえてはいるんだけど、そしてそれが現実っぽいことも、壁に投影されているやや解像度の荒い映像を見ればある程度は実感できるんだけど。
「いや、でもこの映像――どう見ても、飛んでるのってロボですよね。ロボっていうか、メカ少女っていうか……」
そう、大型のプロジェクタスクリーンに投影され、いまもこの古都の青空に白線を描き続けているのは――人型の爆撃機なのだ。少女の姿をしたそれは、足裏から細長い炎を吹いて、僕たちの上空を飛んでいる。
「あ、みてみて詩仙。ほら、ハートマーク描いてる。ハートマーク。かわいい~!」
「あらほんと。素敵ね。機械の少女といえど、乙女心あふれるのかしら」
「……って、そういう話をしてる場合ですか!」
僕の大声に弐条さんも一華院さんも視線を向ける。
弐条さんはクッキーを口にはさみ、一華院さんは紅茶のカップに手にした姿勢で。
「さっきの話だと、単に飛んでるだけじゃなくって爆弾とかミサイルとか積んでるってことですよね。だったらお茶なんてしてる場合じゃないですよ!」
僕たちが詰めている作戦会議室のテーブル上には、紅茶のポットと湯気の立つカップ、きれいに盛り付けられたお茶菓子の皿がある。
そう、この状況でのんびりとお茶会をしているのだ。このふたりは。
あまりにのんびりしてるから忘れそうになるけど、これって僕にすら危機感が芽生えるほどのデンジャラスな状況で、周辺地域の安全とかそういう次元を超えているのでは――。
「あれ、貴堂くん気づいてないの?」
お茶菓子の皿からひょいとクッキーを取る。
「うーん、この風雲荘に寄越すってことは、そういう人材なんだと思ってたんだけど……あれー?」
「ちゃんと説明してくださいってば」
弐条さんはクッキーを口にくわえ、パキン、とへし折る。
「じゃあもう一度、頭から説明するね。さっき説明した通り、私たちはセカイを守るための私設組織でクラン、ギルド――いろいろ名称はあるけれど、PRCというのが一般的かな。民間救済組織。大仰だけどね」
「それはさっき聞きました。あらゆる危機から世界を守る――、昔見てた悪の首領を倒す正義のヒーローが現実にいたとは思いもしませんでしたけど」
「正義のヒーロー、ね。まあそうかもしれない。現実はもっと泥臭かったり焦げ臭かったりするけど。で、私たち風雲荘は――まあ、鬼才を寄せ集めるための施設でもあるの。だから特例として、いろいろな特権をもらったり、建物を改造したりしても文句を言われなかったりする。で、その代償は――このセカイを救うこと。んん、逆かな。セカイを救う義務があるから、多少のお目こぼしをもらってる。だからこうした事態が発生しても被害が及ばないよう、現実の世界とこのセカイを隔離してるんだよ」
「要は、世界から爪はじきにされたはみ出し者――それが私たちで、このセカイって訳ですわ」
「……で、そんな超重大な事実を、PRC所属の天才科学者(自称)の弐条才子さんから、どうして僕は教えられてるんでしょうか。すでに逃げ出したい気持ちでいっぱいなんですけど。というか逃げられるなら今すぐ逃走したいんですけど」
「んー、それができるならやってみるといいよ。あ、それが君の
「あー、その口ぶりだと僕はもう逃げられない檻に入っちゃってるパターンですか。……ちなみに、さっき切り離されたセカイって言ってましたけど、仮にここで大怪我したらどうなるんですか」
そうして、僕はテーブルの上の「ソレ」に目をやる。
お茶会セットの脇に置かれている、人型爆撃機の設計図らしき青写真と縮尺の異なる日本と世界の地図――、そして、なぜか筆で力強く殴り書きされた「果たし状」だ。ちなみに中身にはこう書いてある。
『果たし状
拝啓 桜花爛漫の候、皆様お健やかにお過ごしのことと存じます。
この度、富嶽として名と生を受けた我が
「いや、ロボ少女が果たし状って……」
「ん、ちょうどいいから彼女――ロボっ娘について説明すると、まあ彼女の爆弾を受けて大怪我すると、別に都合よく現実に戻ればセーフってこともなく、死ぬよ。当たり前じゃん」
「当たり前って、さらっとすごい告知しないでくださいよ」
「まあ、私たちはすごい能力を持つったって子供。それがこんなやばい事に首を突っ込まされる理由。現実世界に被害が及ばないよう、切り離された仮想セカイで戦う理由。まあ色々理由をつけたり推測したり、大義名分ってレッテルを口に張り付けることだってできるけど――どうしてこんなヤバい状況に巻き込まれたんだと思う?」
「どうして、って――」
弐条さんが言い出したことの真意を測りかねて、僕は答えあぐねる。
「まあ、すごく単純に言うと、私たちが死んでも世界が生き残るように。あわよくば、この仮想セカイを支配して、現実の世界に戻ってきて、そうして世界を救い続けるように。ま、トカゲの尻尾きりですよ。私たちは、そういう使命を受けてるんだ。ん、使命……? いや、罰かな? よくわかんないけど」
「ちょっと待ってください。それがどうして、こんな場所で、よくわからん兵器と戦う羽目になってるんですか」
「んー? んー……詩仙さん?」
そこで、弐条さんは一華院さんを見たが、一華院さんは首を横に振った。
あ、首を振る動作もエレガントなんだ。
一華院さんが話す様子を見せないので、弐条さんが言葉を継ぐ。
「んー。まあ、それは追々話すとして」
そこで言葉を切り、弐条さんは息を深く吸い込んだ。
「とにかく! 私たちは世界を救わねばならないのです! あいつを、空飛ぶあいつをぶっ倒してね! 救えないと私たちは死にます! そんな状況なのです。そして、やつの撃墜――それこそが、この弐条才子の、一華院詩仙の、そして新たな仲間――貴堂文弥くんのミッション! なのです!」
「ちょちょ、ちょっと待ってください」
油断すると弐条さんの話はすぐにドライブしてしまう。
「なんか、弐条さんとか、一華院さんとかは鬼才? とかですごい能力とか持ってるって話ですけど。……まあこの建物を作ったり増改築したりとか、今のお話を聞いてるとなんとなく本当かなって察しはするんですけど。だけど、僕にそんなものは」
元気よく、高笑いをする弐条さん。
「ないならないで、なんとかしましょう! 幸い私は鬼才科学者、弐条才子。私にできないことはない!」
テンションが上がってきちゃったのか、弐条さんは椅子に足をダァン! と乗っけてタンカを切る。
「よし、そうと決まれば貴堂くん。君にも作戦を手伝ってもらうよ。まずは飯炊き、そして掃除洗濯! 次に奴とエンゲージするのは二○時間後。それまで、わずかな人生を謳歌しよ――」
「弐条.少し、はしたないですわよ」
「はい」
一華院さんが釘を刺すと、あんな饒舌になっていた弐条さんが一瞬でしょぼくれた子犬みたいに大人しくなってしまった。パワーバランスが垣間見える。
「……世界の最後なんて何度も来ていますわ。あなたが知らないところ、わたくしが知らないところで、それこそ数えきれないくらい」
そう言い、一華院さんは紅茶を優雅に飲み干した。その所作は最後まで美しい。
音もなくティーカップを置き、こちらを向く。
そのとき僕は、花のように笑う、という言葉の意味を理解した気がした。
「だから今度も、きっとなんとかなりますわよ」
青い空に、耳鳴りのような高温が響いている。
――わたしはずっと空を飛びたかった。
話に聞いたことがある。わたしの足についている
だから、わたしはずっと夢見ていた。あの冷え冷えとしたコンクリートの床と壁に囲まれた部屋にいたときから――、灰色の密室の壁を壊して、何もない、けれどとても自由な空に憧れていた。燃料のある限り、
いま、わたしの眼下には緑と茶色と灰色のごみごみした景色が見える。古都の街並みだ。建物は軒並み低く、噂に聞く「高層タワーマンション」とやらの影も形も見えやしない。地味な色合い、地味な風体。それが、わたしの生まれた町で、わたしの守ろうとした街で、これからわたしが壊すセカイだ。
嗚呼――、戦うために生まれたわたしは、戦いのなくなったこのセカイで、どう生きていけばよかったんだろう。兵器のわたしは、平和な世の中では存在意義を見つけられない。倒すべき相手も、焼き払う国も、どこにもない。自分勝手に動くことは許されない。自己判断で第三者への発砲は許可されていない。
だけど。
それなら――超大型戦略爆撃機となるべく生を受けたわたしは、改良を重ね佰代を数えた決戦兵器のわたしは、人を焼き人を殺すために生まれたわたしは、……いま空を飛んでいるこのわたしは、いったい何と戦えばいいのだろう。
その問いに、答えを与えてくれる人間がいた。
九十の改良を重ねた頃の我が一族に、あの女ふたりが言ったのだ。
だから、わたしはこうして空を飛んでいる。
そして、あの女ふたりを完膚なきまでに叩きのめし、そこで終わりを迎える。
忘れ去られた「惡の矜持」をいまここに証明するのだ。
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