(短編)心の階段

こうえつ

心の階段

いきなりだが、オレはがんばっている!


誰より努力して、仲間の誰より出世している。


たまに「嫌な奴だ」と言われても友人が減っても、オレは平気だ!

世の中は”勝ち組と負け組”どうせなら、勝ちに行く! 友人なんか必要ない。


でも……最近疲れてきた……この階段はどこまで続くのだろう……

オレの目の前にはたくさんの階段が空へと伸びている。

その階段をたくさんの人が登っていく。


ここまではオレも周りを見ることなく、自分の階段をただ登ってきた。

もう年齢は中年と呼ばれ、地位とお金もそれなりに持っている。


「もう登るのは疲れた。少しゆっくりでもいいかな。ここまで頑張ったのだから」

 登るのを止めてふと下を覗いてみた。

「うぁああ……高い! まったく底が見えん!」

 何十年もかけて登った階段。その高さは自分が思った以上のものだった。

 まずい、怖くなってきた、手に力が入らない。

「あっ」

 墜ちた……軽い浮遊感……オレは目を閉じた、


「おい」

 うん? ここはどこだ?

「おい!起きろ」

 目を開けると、目の前に知った顔があった。

「久しぶりだな」

 オレの昔の友人が笑っていた。

「オレ、上から落ちたんだよな?」

「うん落ちた、ほれそこだよ」

 古い友人だった男、俺の人生には得にならない取り柄もない。

 男が指さした先は、ここよりほんの少しだけ上にある階段。


「ええ? あんな低いところだったのか」

 男が笑って別を指を指した、今居る場所の下。

 のぞき込むと下が見えないくらいに高い。

「うあああ、やっぱり高いじゃないか! 底が見えない」

 男は笑いながら肯いた。

「確かに。ささやかな人生だが人の階段は高くて底が深いな」

「ここはどこなんだ? オレは人生の階段から、落ちたのではないのか?」

 男は首を傾げながら言った。


「おまえ、階段から落ちたのは初めてなのか?」

 オレは声を大きくして答えた。

「当然だ! オレは頑張ってきた! 人生の階段から落ちたら、それで人生終わりだろう?」

 真っ赤になるオレを見て、男は益々笑う。

「そうか初めてなのか。ここは人生の踊り場、人生の階段を登るのに疲れたら休む場所」


「人生の踊り場だって? そんな場所在るなんて、まったく知らなかった」

 笑い顔を向ける男を見てオレは思い出した。

「おまえはずっと前に、オレが追い越した筈。なんでこんな場所にいるんだ?」

「ああ、そうだな。踊り場で休んでいたら、おまえに追い抜かれたよ」


 あんなに頑張ったのに、こいつとの差はたったこれくらいの高さだったのか……

 落ち込むオレに、昔の友人は肩を叩いた。


「なあ、見てみろよ。たくさんの人がこの階段を登っている。そして階段は一つじゃないんだ。どれが当たりの階段なのか誰も知らない。おまえがこの人生の階段を登り切った時に、おまえだけに解るんだ」 

 たしかにここから見える階段は無限に存在し、たくさんの人が落ちたり登ったりしていた。


「疲れたら休めばいいさ。オレで良ければ話し相手になるよ……おまえは昔から、頑張り屋だし、寂しがり屋で泣き虫だったよな」

「誰がおまえなんかと……え? なんでオレの事を」

「ハハ、おまえが懸命に頑張っているのは、すぐ下から見てたよ。時々泣いているのもな」

 旧い友人が笑った。


 オレは気づいていなかった……友人が側にいてくれたなんて。

「そうか、見ていてくれたんだな。オレは一人でここまで登った訳じゃないんだ」

 急に涙が出てきた。

 それを見て友人は、オレの肩を叩き笑った。

「ほらね。ホントに泣き虫だ」

「ふん! これは心の汗さ」

 すぐに友人とオレは同時に言った。

「ぜんぜん面白くないな……ハハ」


オレは笑った。

久しぶりに心の底から、友と二人で笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

(短編)心の階段 こうえつ @pancoo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ