第20話「脱出」
「何だ今のは!?」
「ぐぅ……ああ……おかしな格好をした……子供だったが……幻惑魔法か変化魔法の……類か何かだろうか?」
やっとこさ息を整えられ、ノーは耳に入った水を抜きながら立ち上がった。
「そんな事……どうでも良い……あのクソガキを……おい……警備兵共はどこだ」
グレイブレは辺りを見渡すと、両側の道一チョー程先にトイ車含め警備兵が皆倒れている。
「おい!そんなとこで何してやがんだ!こっちへ来やがれ!」
怒りを体で表現しながらグレイブレは立ち上がった。
「クソっ!アイシがどこかにいきやがった!」
「……チュナはいりますか?」
ノーは自分にチュナを掛けながら言った。
「いらん!」
命令を受けて、よろよろの警備兵が駆け足でグレイブレの元へ集合していく。
「ハッ、報告しますグレイブレ殿、おかしな格好をした子供が――」
「んなこたあわかってる!今すぐそいつをとっ捕まえに行くぞ!」
「ハッ」
「いや待て、私達だけで行こう。警備兵が太刀打ちできる相手じゃない。
――いいか包囲を完全に、虫一匹中から出さないでください。もし誰か出たらすぐ報告しに来てください」
「ハッ了解いたしましたッ」
「さっ早く戻りましょうグレイブレ、逃げられますよ」
「チッ、行くぞ!」
急いで戻ろうとする二人の目にシンシアが映った。何やらキョロキョロとしているシンシアは、グレイブレとノーがこっちへ向かっているのを見ると、大声を張り上げて、
「助けてください!軍人さーん!!今!今!ホールに居ます!ホールにぃ!一人です!スベガミ教会の軍人さん!助けてください!!」
と店外に飛び出して二人の服にしがみついては、泣き喚いた。
「おい何だババァ、離れろ!」
「わ!わたしの店をこんなになって!ああああ!!助けてください!店をこんなにした奴が今!あそこにぃぃ!!」
「落ち着いてください!今から私たちが何とかしますから!」
「クソッ!離せババァ!」
「スベガミ教会特設部隊なんでしょ!早く!早く!助けてくださーい!!」
叫びながらも、老婆の力とはおもえない強い力でしがみついて離れないのを、ようやく二人が振りほどくと、
「警備兵、そのおばあさんを頼みます!」
ノーがそれだけ言い残し、グレイブレとノーは店の中へと注意して入っていった。
その場に倒れ込むシンシアを、警備兵は抱きかかえ運んでいく。
(……時間は稼いだよ、宗一郎、フーリ。絶対逃げ切るんだよ、お願いだよ)
シンシアは、これぐらいしかできないことを不甲斐なくおもいながらも、少年の成功を祈った。
◇
「どこなんです、どこにいるんですか?」
宗一郎はセミアに早口になって尋ねた。
「サテン号は今日の夜の第二分節丁度に出航するために最終メンテナンスを造船所の船倉でしていて、船長も今日は船の中に居るらしいです」
「……今日の夜の第二分節丁度に出航……それまでに会わないと……」
「はい、しかし造船所や船の警備は厳重ですので、関係者以外は中へ入れません。しかし今日の昼の第四分節から船長のためのパーティが帝国ホテルで開かれているそうです。これに紛れ込んで船長に会うんです宗一郎様。
さっき店に居た乗組員の方が、宗一郎様を中になんとか入れてくれることを承諾してくださいました。ホテルに行ったら、ユー・ニラさんって方を呼んでもらうんです。わかりましたか?」
「ああ、さすがセミアさん」
「さっ警備兵達がまだ混乱しているうちに裏口から急ぎましょう、今なら裏口がもぬけの殻ですから――」
その時、店の入り口の方からシンシアの泣き叫ぶ声が、ホールにまで響き渡った。
「おばあちゃんだ!」
「何かあったのかしら?」
不安になる宗一郎とセミナであったが、フーリだけは落ち着いていた。
「……、……ううん……違う。これはきっと、おばあちゃんが逃げる時間を稼いでくれているんだ、急いで逃げよう、宗一郎、セミア先生!」
フーリはそう言うと、二人の手を取って走り出そうとする。
「なんでそうわかるんだよ」
「前に建物を壊しちゃった時もああやって、私を逃がしてくれたもん。大男が壊したのを見たっ助けてって、警備兵を混乱させて犯人を別に作ってね!」
「……ああ、そう……なの」
「さっ、行こう皆!」
三人は舞台裏へと移動した。更衣室や倉庫などの扉が幾つもある狭い廊下から、裏口へ行こうとするが、こちらからも誰かが来る気配がある。
「挟まれてしまいましたね」
「よし!任された!」
「待ちなさい」
元気よく駆けだしていくフーリの襟をつかんで留めさせると、
「宗一郎様を逃がすのが目的ですよ、リスクを無暗に背負う必要はありません。ですからフーリ、その事をよく念頭に置いて、やっておしまいなさい」
フーリはしばらく頭をひねって考えた後、
「はーい!」
フーリは元気よく手をあげると、自分にイデデをかけ、超高速で裏口付近の警備兵達の前へ躍り出ては、無詠唱ウトグーで全員眠らすことに成功した。刹那の出来事であった。反撃の兆しさえなかった。警備兵達は折り重なっていびきをかいている。
「素晴らしいです、フーリ、私の言った事をよく理解してくれました」
「これなら騒ぎを起こさず逃げれるもんね!」
「はい、そうですフーリ」
「えっへん!」
セミナは二人を交互に見た。
「……、……では二人共、ここでお別れです」
「えっ何で?」
「私は一応、あのスベガミ教会の人達を足止めします」
「私に任せてよ!」
「いいえ、相手が悪すぎます、さっき私が言った事、もう忘れてますよフーリ」
「……はい」
セミアはしゃがんで宗一郎の顔をじっと見つめた。
「これで、さよならですね、宗一郎様。元気でいてくださいね」
「何言ってるんですか、また会いに来ますよ、セミナさん」
目に焼き付けるように見ているもの寂しそうなセミアに、宗一郎は笑って言った。
「あはは、そうですね、その日を心待ちにしていますね。
……、
――さて、私もシンシアさん張りの演技をしなくちゃ」
と気合を入れて立ち上がると、
「さよなら、宗一郎様」
と言って宗一郎を一顧するとホールの方へ駆けて行く。
「さよなら、セミナさん」
宗一郎はその後ろ姿に告げると、
「じゃあ行こうフーリ」
とセミナとは反対方向に走り出した。
「この先にも警備兵が居るかな?」
「よし、ウトグーかけまくるぞー」
「ていうか、しばらく見ない内にウトグーも使えるようになってたんだね」
「ううん!今初めてやったんだよ!
いやーよかったー成功してー、
今度も任しときなぁ!!」
そう行って路地をイデデの力で先にすっ飛んでいくと、しばらくして、建物さえ覆いつくすウトグーの青い半透明な球体が、遠く宗一郎の目に映った。
その頃、グレイブレとノーは、誰も居なくなったホールで、悲観に暮れていた。
逃げ遅れたボンテージ姿の従業員にさっきのお婆さん同様、泣き叫び、しがみつかれ、もう面倒くさいとウトグーで眠らしたは良いが、もう時間がかなりかかってしまい、もう逃げた後だと、この店にはいないと、二人は直感で分かった。
「一応クモを――」
「裏口から逃げるしか道はない!追いかけるぞ」
とノーが現場を調べているのを横目に、調理室を通って裏口へと向かった。そこにはぐーすか寝ている警備兵が転がっている。
「グアーー!クソッーー!」
グレイブレは叫びながら路地をひた走った。
やがて通りに出ると、通りに居る警備兵から通行人、やじ馬、建物の住人全員がぐーすか寝ているのを見て、もはや言葉も出ず、怒りを体で表見して、そこらにある物を破壊していった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます