第18話「逃げろ」
シンシアは調理室に行って、適当な果物とスープとパンをお盆に乗せると、二階で待っている宗一郎にへと、階段を上がっていく。
心苦しかった。
「いただきまーす」
居間で待っていた宗一郎が何の屈託もなくそうやって食べ始めると、それは余計に感じられた。
がっついて食べる宗一郎の姿をしばらく眺めると、
「そういや朝も食ってなかったもんねお前さん」
と話しかけて、シンシアは腕輪に目線を移した。
「もぐもぐ、ええ、すぐ帰るつもりでしたから」
「そうかい、それでそんなにお腹空かしてたんだね」
「はい」
「……なあ宗一郎、ホントにその腕輪を渡す気はないんだね」
「もぐもぐ、はい、ズーズー」
シンシアは腕輪を渡すなら、その腕輪だけ軍に渡し、宗一郎には逃げられてしまったと嘘を言って匿ろうと考えていた。
しかし、それは無理らしい。
「あっそうだ」
宗一郎が食べるのをやめて、シンシアに打ち振り向いた。
「お父さん、シンシアさんにメッセージがあると言ってましたよ」
「メッセージ?一体何だい?」
「さあ?わしが居なくなったら、伝えてほしいって言ってただけです」
「なんじゃいそりぁ」
「あっ、もしかしてこれかも」
宗一郎は腕輪をシンシアに見せた。
シンシアは、見せられても、と困惑したが、ふとおもいあたる言葉を見つけた。
「世界中の誰よりも愛しています」
老婆のその言葉に、魔石は反応した。強烈に緑色にの閃光を放ち輝いていく。
「わぁなんだ!?シンシアさん何したんですか!?」
「五月蠅いよ、暗号だよ、暗号を言うとメッセージを伝えてくれるんだ。そんなんも知らなかったのかい」
「ええっ!すごい!どういう仕組みなんですか、これ!?」
「シッ、静かに。始まるよ」
強烈に光っていた輝きが、徐々に収まっていくと、魔石から葛城の声が流れ始めた。
――シンシア、決して貴女を泣かせるつもりなどなかった。
離れ離れになったのは私のせいだ。
……ああ、その昔、私は完全に貴女に心を奪われてしまった……貴女に魅了された私は貴女に溺れ、自分を見失った。
だから、二度と会うことのできない貴女に、いまでも愛する貴女に、もう一度会いたい貴女に……貴女が私を愛してくれることをただ祈る。
愛とは私達を弱くする反面強くもする。
貴女のおかげで私は強くなれた。
だから、貴女の為にただ祈る。
永久の愛を、シンシア――
魔石の輝きが途絶えた。どうやらメッセージは終了したらしい。
「……なんだい……これだけかい……まったく……」
あきれたようにそう言うと、咽び声を上げながらシンシアは泣き伏せってしまった。宗一郎はシンシアに目もくれず魔石に目を移すと、
(お父さんの声聞けたな。もう一回聞けないかな。)
と、
「世界中の誰よりも愛しています」
小声で宗一郎が魔石に向かって何度か言ってみたが、反応は何もなかった。
横ではシンシアを泣き伏せったまま嗚咽だけを響かしている。
宗一郎はたまらなくなって、
「大丈夫ですか?」
そう言って背中をさすったのだったが、お父さんの声を聴いたせいであろうか、シンシアからのもらい泣きだろうか、それとも両方か、自分もだんだんたまらなくなり、同じく彼も泣き伏せってしまった。
さきに泣くのに疲れて、起き上がったのは宗一郎だった。
横でいまだに泣き伏せっているシンシアに、
「大丈夫ですかシンシアさん?」
と声をかけるも、ほっといてちょうだい、と嗚咽交じりで言うだけだったので、しかたなく気にはなるが、宗一郎は食事を再開した。
何事も空腹の方には勝てない。気にしないようにしてパンをちぎってスープに浸す。スープは完全に冷めてしまっていた。それでもおいしくいただき、最後にぺナナを口に放り込む。
とそこに、ダンダンッと階段を駆け上って来る音がした。
なんだとおもって宗一郎が扉に目を向けると、居間の扉が乱暴に開け放たれて、軍服を着た二人の男が入り込んで来る。
入って来たグレイブレと、宗一郎は目が合った。
ノーは部屋全体を見回して、蹲っているシンシアを一回気にしたが、すぐに宗一郎の腕輪に気が付く。
宗一郎は何が起こったかわからなかった。
(どうして軍の人が?どうしてここがわかったんだ?)
「おい、カツラギ・ソーイチローってのはお前だな」
グレイブレが宗一郎に向かってそう怒鳴るように言うと、ドタドタと少年に近寄っていく。
ぐいっと小さい手首に掴みかかった。
戸惑う宗一郎はそれでも、奴隷暮らしの長い経験によって、蹴飛ばされたり、ぶん殴られたりされそうになった時、素早くそれを回避する技能を習得していた能力のおかげで、グレイブレの手は空を掴んだだけだった。
少年は素早く二人の男の間を抜けると、一階に下りて行く。
階下にも警備兵が居た。入口を抑えられすり抜けていくのは無理そうであったので、裏からとおもってホールを走り抜けたが、調理室も抑えられていた。いや、店の中どころではない、店の外にもたくさんの警備兵がいるようであった。
(店全体が包囲されてる?どうして、ここまでするの!?それくらいのものなのか、お父さんが残したものは?)
宗一郎は、絶対渡してはならない気持ちがさらに増した。
「おい小僧!面倒掛けさせるな!」
グレイブレとノーが降りてきた。
「君に危害を加えるつもりはない。腕輪が欲しいだけだ。こちらに来てほしい」
ノーは優しく話しかける。
「何なの、こんなにすることなの!?」
「何、どんな小物も全力で事に当たるが俺らのモットーなだけよ!良いから痛い目に会いたくなかったら
とっとと大人しくこっちへ来い!!」
「嫌だ!」
迷いなくそう叫ぶ宗一郎に、
「チッ」
舌打ちして、グレイブレは<衝撃魔法>バッセを無詠唱で放った。
彼の勢い良く突き出した右手の掌から、回りの空気が突き飛ばされたように猛スピードで、宗一郎に迫って来た。少年は体を低くしてソファに隠れ防御したつもりだったが、辺りのソファ、机もろともと一緒にバッセにより吹き飛ばされていく。
しかし、下になったソファが柔らかくて助かったのだろう、ソファの上にすぐに起き上がると、右を向き走り出した。
「クソッ」
グレイブレはバッセを、走る宗一郎目掛け、もう一発放つ。
その放つ際、空気の怒号とも言うべきものをあげるのを宗一郎は聞くと、身を守るために、これまたソファの陰にスライディングして隠れた。
辺りもろとも、まためちゃくちゃに吹き飛ばされる。
今度は宗一郎がソファの下敷きになってしまって、さすがにすぐに起き上がる事ができなかった。
「少しやりすぎだ」
「十分手加減しているよ馬鹿!
――おい!こんな鬼ごっこを続けるほど暇じゃないんだよ俺たちは!よく考えろ!どこに逃げ場がある!今そこに行くからそこで大人しくしてろよ!」
(どうしよう……)
宗一郎は裏返ったソファの下、困り果てていた。
(確かに、しゃくだけどあの人の言う通りだ。走り回っても行き場所がない。何の打開策もおもい浮かばない、ああ足音が近づいて来ている!
どうしよう、魔力もすべて使いはしてしまったし、もう、捕まるしかないのか?)
その時、宗一郎の隠れているソファにノーの手がかかった。
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