異世界の太陽に焼かれて

月コーヒー

第1話「奴隷市場にて出会う 前編」


「九番!」


 競売人の声に、ふと目が覚めると……室内は真っ暗で黒白もわからない中、零れる光を見つける、両腕に付けられた札に九と書かれた少年は、うとうとながらその光の中、


「九番!」


 と引き続き大声で呼んでいる競売人を、薄目で確かめた。


「返事をしないか!」

「言葉が通じないのかも知れませんよ」


 競売人の後ろから顔を出してそう言った若い男は、


「リストを貸してください、父さん」

「うん、――ほれ、お前に任せた、すぐに連れて来い」

「はい」


 と、たんたんと階段を降りながら右腕を上げ、<発光魔法>パッカの呪文を唱えた。右手の伸ばした人指し指の先から、ピカピカッと光る光の玉が現れ、室内全体を外並みに明るく照らしだす。


 おもわぬ強い光に、室内に居た商品全員が、声を漏らして驚き、目を腕で覆う。そのため、両腕に付けた番号札が何も言わなくともすぐに確認できるようになって、リスト片手に目ぼしい者を順々に当たっていく、光に玉を頭の上に浮かべた若い男は、この三十人は居る中で三番目にはもう、牢屋の隅っこにいた少年の元へ、確かめに来た。


「……九番!おい立て!」


 髪を、ぐい、と掴んで、


「立つんだ!」

「や、やめて……下さい……」

「???

ふん!やはり外人か、面倒かけやがって!

来い!」


 泥田を踏むような足取りなのを、委細かまわずずるずる引きずって、そのまま外へ連れ出す。真っ白な飛空艇が快晴の青い空を破って専用の港に進入して来た。丁度競売は、金髪の少女が売れたところである。競りは活発で、かなりの額で落札された。競売人は満面の笑み。そして、


「さあ皆さん!次に参りましょう!」


 と景気の良い言葉とともに、少年は、肩を優しく持たれ、競り台に上げられた。


 恐怖から、状況を確認したがっていた少年の目は、外の光に耐えることができず、俯いたままで、なんとか前の方の群集に目をやることが、できるぐらいであった。


 台の一番近くに陣取っているのは華族階級の人達である。そのためにここだけ特別に拵えてあった。周りには、モンスタースレイヤー級の用心棒、美人の使用人。


 その後ろには上流階級、いや、上流階層と言うべきか。階級制度は華族と平民と奴隷という三階級であった。ただ暗黙の了解で、金を持っている、社会的地位のある順に、階層を平民自らが作っては、自らで従っていた。


 平民の間で、その身分に応じて犇く場所が違い、だんだんと後ろに行く毎に、単なる野次馬、遠出して来たスリ、ブスでも女なら何でも標的の痴漢と、酷い有様であった。


 葛城老人は、その上流階層席の右端に、袖の少し短く作られた、いくつもの金色のボタンでとめられた黒の上着に、袖から長袖の白いツルツルの下着を出す、この国の正装姿で座って、皺手に杖を持ちながら、今のところ何も買うことなく、目を凝らして、ただ競りを見ていた。


「商品番号九番でございます!とても若い男の子共でございますよ!召使い、小姓、教育して職工にするのも自由でございますよ!」


 競売人の威勢の良い声と同時に現れた少年に、彼は何時ものように<精神分析魔法>ポファルを掛けて調べてみた。調べるのは神との親和性と魔力の積載量である。


 普通ならば、他の買い手達も魔法が使えるものはここで各自調べたいところの分析魔法を掛けるのだが、


「さあ……どうですか……。

……。

……。

……はい!……、

…………。

……どうですか皆さん!」


 買い手達は誰一人、商品番号九番へ興味を示さず、掛ける者はいなかった。


 腰布一枚のこの少年は、汚れ、痩せこけ、生傷だらけで、家の従僕どころか、生傷だらけの体が如実に語る前の主人の人生観を持ってしても、なんの使い勝手もないと、判断され捨てられるほど衰弱しており、悲惨な有様であった。分析魔法を使うまでもないのである。


 唯一掛けた葛城老人は、少年の親和性と積載量が一般的なものであるのがわかると、何の興味も失くしたかのように、すぐにポファルを解いた。


 そしてその時である。


 今までよく見ていなかった少年の姿を見て、そのまま目を奪われてしまった。というのは、その少年の顔付きである。東アジアの人種の顔付きに良く似ているということに、少しばかり興奮して成り行きを見守っていた。


「はい、どうですか!」


 競売人は繰り返す。


「……どうですか。健康な上物の男の子ですよ、召使いにもってこい、……こんな姿ですが、何にせよ若い、それに笑顔が素敵そうですな!ははははは、さあ、皆さんの――」


 その時彼の声は、


「時間の無駄だ!」

「そんな奴買う奴なんているか!次だ次!」


 との罵声に掻き消された。


「お言葉ですが旦那、この奴隷は大変若いんでござんす。まだ、見たところ九歳くらい、自分好みに教育できますし、小姓や召使いにももってこいでござんす。よく見て下せえ、中々の上物ですぜ。

……、

……あ、じゃ……、じゃあ始めはうんと安くしていきましょう。十ランイでどうです皆さん!十ランイ、……どうしました、皆さん、十ランイですぜ十ランイ、絶対のお買い得ですぜ!」


 沈黙が流れる。


 少年の目は光に順応してきていた。長い間地下に閉じ込められて見る事のできなかった景色を、二つの眼球はキョロキョロと見渡す。


 奴隷市場は“自由広場”で開かれていた。飛空艇の港に面したその広場で、約千百年前、奴隷のごとく扱われていた市民達が革命を成功させ、当時の支配者達を処刑、そして建国を宣言した場所である。少年の斜向かいにはミラ中央飛空場に向かって、英雄バナサ・ガネリサ像がそびえ立っている。他の領域から来た者に、このミラは自由の領域だと宣言するためであった。


 しかし、少年にそんなこと知るようはずもない。ここがどこなのかさえわからない。ただ自分の置かれた状況は理解できていた。牢屋から出て、夜の明けたようだな、とおもう心は、空澄み、気清く、上空にぽつんと二つあった赤と青の衛星を見上げては、ほんの暫くの間、少年をただ立ち竦ましていた。


「……じゃあ、

……五ランイ……、

……五ランイでどうでしょう。もうグリフォンの餌にしても得しますよ」

「ははは、餌か、いいな」

「おっ旦那!どうです。捨て値ですよ」

「うーん……。」


 考える華族の男の見つめる先、餌に成りかけている当の少年は、衛星を見るのをやめ、競り台の真正面に位置していた三リス半ほど先(六キロほど先)のヤグティオ城の三つの塔を見て、


  (あれは何の塔だろう、すごく高いなぁ。)


 と考えては、暢気なものだった。


「おい、今餌に成りかけている気分はどうだ」


 華族の男は揶揄って、尋ねる。


「おい?どうした?」

「いえ、あの、この奴隷はしゃべれないもんで」

「何!障害があるのを隠して売ろうとしてたのか!?」

「いえそんな!違います!ミラ語がしゃべれないって意味でして」

「なんならしゃべれるんだ」

「えっ?えーっと、ガンキ語なら……、ガンキで手に入れた奴隷ですんで、大丈夫とおもいます。ええ、じゃあ早速」


 クイッと少年の方へ向いて、


「おい、なんかしゃべれ九番」


 とガンキ語で言う。


「おい!しゃべるんだよ、しゃべるの!」


 両手の人差し指で自分の口を指しながら、


「しゃ、べ、る、の!」


 と大きく口を開けて繰り返しガンキ語で伝えようと頑張るも、少年はただ戸惑う表情を見せるばかりであった。


「あほ、……あー」


 と競売人が溜息を洩らしたその時、


「……何で……しょうか、……何をして……ほしいんでしょうか?」


 少年の口から飛び出したのは、キスレブ語であった。


「キスレブ語だ、珍しい」

「しかしキスレブ人ではないぞ、こいつ、キスレブ人が奴隷など」

「どこの出身だい、坊や」


 揶揄った華族の男はキスレブ語で尋ねる。


「生まれたのは、……ニホン、というところです。」

「ニホン?」

「どこの国だ。聞いたことがないぞ」

「国の名前じゃなく、生まれた村か家系を答えたんじゃないかい?」


 この奴隷市場に、一人を除き、全員が聞いたことのない名称であった。


 と、


 競売人の目にさっと天を突くように、上がる皺手。


「おっ旦那!五ランイ!五ランイでました!五ランイでましたよ、六ないか六!さあさあどうですかぁ!」


 葛城老人は、祖国の名を言った奴隷を、そしてこの異世界で始めてあった地球人であろうとおもわれる人物、しかも同じ日本人を、何としても救い出さねばならないと、皺手を上げたのであった。

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