第2話 そのアレルヤは冒涜

 20:05


 「こちらB108小隊。各員、搭乗完了。輸送車、作戦指示を乞う」

 狭い陵のコクピットのスピーカーを通して、部隊長であるサクヤさんの声が聞こえる。

 「こちら輸送車より、これより本部からの作戦概要を説明する。指定座標に移動されながら傾注されたし」

 それに答えるのは、この部隊のオペレーターであるハタケヤマさんだ。

 その声は先ほどとは違い、真剣味を帯びたものだ。戦場での緊張感が彼女をそうさせているのだろう。

 今、陵に搭乗する俺の後ろには他に、二体の人型機がある。

 俺の後ろには、サクヤさんが搭乗する柩式(きゅうしき)甲型。

 最後尾には、オカさんが搭乗する陵Ⅱ型だ。

 機体の首を振りむかせれば、その二体が陵のコクピットのモニターを通して、マクハリの廃墟に立ち、俺の機体に続いて歩行する姿が映る。

 「B108小隊は指定座標にて、イントルーダーと交戦中である味方部隊と合流しこれを援護せよ、との事です。合流後は同部隊の指示に従うように」

 「B108小隊、任務受諾。これより作戦遂行に移る」

 サクヤさんとハタケヤマさんの交信が続く中、俺とオカさんはモニターに視界を、センサーが拾う音に全神経を傾けていた。

 大規模な索敵は電子機器の充実した輸送車が勝るが、イントルーダーとの不用意な遭遇戦や突然の出現がある為、こうした索敵は怠れない。

 ましてや暗い夜の視界だ。最も頼れるのは音を拾うセンサーだ。

 俺はこれまでの経験も含めて、必死に音を掻き分ける。俺達の機体の歩行音や遠くに聞こえる銃声や爆発音に紛れ、イントルーダーが発する独特のノイズ音を。

 戦いに於いて大事なのは、遭遇の仕方だ。背後等の敵からの奇襲に近い形や高台からの一方的に攻撃される状態は危険である。

 ましてやB108小隊は、あくまで予備の警邏部隊だ。正規軍に比べれば、重火器は随分と制限されている。


 そう、俺達B108小隊はイントルーダーとの戦闘を主軸としている正規軍ではない。退役した元軍人や、民間からの志願兵によって構成された部隊であり、普段は部隊の構成員は他の職に就いている。

 その主な任務は、他の警邏部隊とシフト制でB級市街地の巡回や今回のような突発した事態の援軍。

 それ故にこの部隊に配備されている人型機は、サクヤさんの柩式を除いては旧型の陵だ。

 装備も榴弾は隊長機のサクヤ機しか持っておらず、オカさんの機体には人型機用の狙撃ライフル、俺の機体に至っては小口径のライフルしかない。

 後はせいぜいナイフか……俺の陵に装備された刀のような鉄片くらいか。


 万全を期しても、戦場に於いて何があるか分からない。

 元正規軍であるサクヤさんと、戦場暮らしの長い俺は身に染みている。

 民間からの志願者であるオカさんも、数度の戦闘経験でその事は確実に理解しつつあるのだろう。

 人型機の肢体を使えば、最高70キロ近い速度での移動は可能だが、指定ポイントに移動する最中であっても、三体が数珠繋ぎで並ぶ陣形を維持しながら10キロ程度の速度で索敵しつつの進行を続ける。

 この陣形は廃墟のような狭い地形を進む際には、通信を担う隊長機を囲むようにして前後をフォローできる為、有用であった。

 索敵を続けながら、マクハリの廃墟を見渡す。

 マクハリ――ニホンのチバにあり、かつてはマクハリメッセという大型の会場で様々なイベントが行われた地。様々な商品を買えたショッピングモールもあったそうだ。

 多くの人々が住み、笑い、泣いて暮らした街。

 しかし今や、異星からも浸食者達に侵された〝浸食地域〟でしかない。

 そこにはかつて存在した〝日常〟も街を明るく照らした〝灯〟も無い。

 その夜の月明かりの下に残骸のような、灰色の街並みが広がるだけ。


 しかしこの時代――こうした光景はニホンのみならず、世界中でも既に珍しい光景ではないのだ。


 20:28


 「合流予定部隊より、緊急の救難信号を受信しました!そんな…こんな数、さっきまではレーダーに反応無かったのに……!」

 もう少しで合流ポイントに到着するという時に〝それ〟は起きた。

 「オペレーター、状況の説明を求む!」

 「り、了解しました!」

 一瞬、動揺しかけたハタケヤマさんにサクヤさんが返信する。

 その事で冷静さを取り戻した彼女が状況を説明する。

 「まずはこれを見て下さい。合流ポイントに於ける五分前の反応です」

 コクピットの正面モニターの下の方に、合流ポイントのマップが映る。

 浸食者達が赤のマーカー、味方のマーカーが青であり、赤の数が多いものの時間の推移と共に確実に減少していった。

 このままいけば、こちらの援護は不要ではないかと思える程に。


 しかし、その事に変化が起きたのは二分前。

 何処からともなく赤が増殖して、大きくその数が膨れ上がったのだ。

 青は取り囲まれ、追い詰められ分断されて撃破されていき、今や数体しか残っていない。


 「全機、陣形解除!全速をもって合流予定部隊の救援にあたる!」

 「「了解!」」

 隊長の指示に、俺とオカさんは応える。

 これまでとは違い陣形を解き、最高速度での疾走で合流地点に向かった.

 歩行していた時に比べ、機体を走らせているが故にその動きに合わせてコクピットが大きく揺れる。

 浸食者達が群れを成すであろう場所に近付く事につれて、スピーカーから流れるノイズ音が酷くなる。

 ヤツラは――浸食者達は確実に、それもかなりの数がいる。

 そう確信する。

 そして俺達が辿り着いた時には――既に遅かったのだ。

 そこには地獄のような光景が広がっていた。


 「あ…レルヤ……ア、レる……や…アレ、るや…」


 声が、声が聞こえた、

 神様を讃える声が。

 しかし、それを発しているのは人間ではない。


 まるでフードの付いた黒い外套を纏った人間のような外見を持つ――浸食者達が発するものだった。


 ヤツラの声は、人間の耳ではただのハウリングめいた音にしか聞こえない。

 しかし人型機の肉の身体に埋め込まれたマイクとスピーカーが拾えば、それはノイズとなり、更に接近する事で人語に聞こえる。


 ヤツラは聖なる夜に食事をしていた。

 その晩餐の御馳走は――ヒト。


 押し倒した人型機に群がり固い鉄の装甲を裂き、肉を喰らい、その体液を啜り、中の搭乗者ごと食していた。身体の真ん中にある口のような部分を開き、中にビッシリと生えた針山のような歯で、まるで人がエビやカニを生け作り味わうように。

 俺達の目の前で、最後まで抵抗していた機が押し倒される。群がった浸食者達は銃弾を浴び身体が抉られようとも怯むことなく、伸ばした細く青白い手で人型機を拘束する。

 手足をバタつかせ、人型機は抵抗するが無駄だった。

 最後は――他の機体同様に搭乗者が引きずり出され、か細い悲鳴を残して肢体を数体の浸食者達に力づくに裂かれて食われた。人間だったものが、ただの血まみれの肉片に変わる。

 一瞬合った、その目は恐怖に狂っていた。

 「う……」

 「う、うげえ……」

 ハタケヤマさんが乗る輸送車から、オカさんの陵から吐く声が聞こえた。

 仕方ないと思った。この光景は戦場で悲惨な死体を何度も見てきた俺でもクルものがあった。現に胃が、胸がむかつきを覚えていた。


 「あ……れルヤ……アレる、や…ア、レるや…」


 合流予定の部隊を喰らい尽くしても満足する様子の無い、飽食を繰り返す狂信者達が次に見定めたのは――俺達だった。

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