終末にアレルヤを謳え
白河律
第1話 誰が為のクリスマス
去年のクリスマスの話をしよう。
一言で言えば、それは最悪で最低のクリスマスだった。
俺は――俺達は戦場にいた。
自身の半身たる人型機、陵(みささぎ)に搭乗し、黒く、黒い果ての見えない夜の闇の中を走り続けていた。
戦場である廃墟の街の中で止まる事は許されない。立ち止まってしまえば追い付かれてしまうからだ。
「ア…レルヤ……あ、レる……や…アレ、るや…」
壊れたラジオの如く、ノイズ染みた声で賛美を繰り返す狂信者共に。
その声が機体内部のスピーカーを通して、コクピットに響く。
声を黙らそうと時節立ち止まり、機体に装備された銃器の鉛弾をぶち込むが、ヤツラは意にも返さない。全身から血を噴き出そうが、頭が吹っ飛ぼうがである。
その狂信者共は――人間では無かった。
浸食者(イントルーダー)と呼ばれる肉と機械が融合した化け物共であった。
血と肉片と弾丸が飛ぶ戦場で、俺はクリスマスを過ごした。
1
そのクリスマスの一週間前、俺はフナバシの夜の街にいた。
仕事から上がった後、冬を迎えて随分と日が落ちるのが早くなった事を、冷えた空気を吸い込みながら実感する。
道端の自販機に携帯端末を押し当てて清算し、コーンスープを買って足を止める。そうしてビルの壁に背中を預けながら、街中を見ていた。
バラックも混じるB級市民市街地でも、迫るクリスマスの為に飾り付けたリースやサンタの置物、赤いリボンやベルのお陰でそれなりに華やかに見えたものだった。
心無しか、街を行く厚いコートを着込んでいる人達の足取りも軽いように見えた。
今や世界中に不可思議な化け物が出る世界でも、その事で荒廃した世界でもクリスマスは――人の営みは続いていた。
見上げた空には、青い丸い月。
なんとなく穏やかな夜だと思った。
コーンスープを飲み終えた後、顔なじみへと贈るプレゼントを選ぶ為に俺も人だかりに混じっていく。
この静けさこそが――今にして思えば、一週間後のクリスマスへの壮大な前フリであったような気がしてならない。
18:50
そして、クリスマス当日。
世界にまだ怪物が蔓延る前に比べれば、地味に見えるイルミネーションの光の中でも、人々はクリスマスの夜を歩き楽しんでいるように見えた。
俺もまた、俺が出来る最大限のお洒落な格好をして、リースとプレゼントを持って顔なじみに会いに行く途中で――それは響いた。
――収集を告げる携帯端末のコール。
かつて存命していたという聖人の誕生日でも、怪物共は休まないらしい。それどころか絶賛、増殖中らしい。正規軍の手も足りないという事だそうだ。
予備役の警邏部隊である自分にもお声が掛かるという事は、そういう事でもある。
今日くらいは大人しくしてろや!あの、腐れ生物どもが!
悪態を吐いて手持ちのリースを地面に叩き付けた後、俺はバイクに乗り込んで、部隊の集合場所であるマクハリに向かった。
19:30
指定されたマクハリのポイントに着いてみると、そこには既に〝陵〟を収めた部隊の輸送車があった。
その前には男女ひとりずつの姿があった。男の方はスーツにコート。女、というよりも女の子の方は私服にコート、それにピンクのマフラーをしている。
「お久しぶりっす、クウさん!」
「お久しぶりです、クウさん!」
お互いに頭を下げて、久しぶりの再会の挨拶をする。
「ふたりとも、お久しぶり」
俺も頭を下げる。
スーツ姿の男の方はオカさん、という。
身長は170程の自分よりも低く、身体付きも細い。少し寄り目がちの顔で、髪の毛などは遊ばせている所はない。声はしゃべる時に少し上擦る。マジメ、というよりも遊び方を知らないというか、不器用なんだろうかという風体である。歳は二十代前半といったところだろう。
マフラーの女性の方はハタケヤマさん、という。
こちらも二十代前半でオカさんよりも少し、身長は低い。肩くらいの長さの髪。こちらも顔付きや格好だけを見ればマジメそうだが、意外と悪態を吐く事がある。女性の事はあんまり分からん俺だが、一枚岩な性格ではないのだろう。多分。
数か月ぶりの再会だが、ふたりに特に変わった様子は無い。
何事もなくて何よりである。
「ところで、サクヤさんは?」
俺は周囲を見渡して、この部隊の隊長の姿を探す。
「今、こっちに向かってるみたいですよ。恋人にメールで平謝りしながら」
ハタケヤマさんが、携帯端末を見ながら言う。
俺も端末の部隊用のチャットを見てみると、隊長であるサクヤさんのメッセージが書き込まれていた。
ごめんなさい!
今、今向かってます!
待ち合わせのキャンセルに納得して貰うのに時間が掛かりました!
「このふたり、大丈夫ですかね~?結構、前から別れそうでしたよね?」
「それを言ったら……」
「今回のは致命傷じゃないかな?」
「それ以上はあかん!」
ハタケヤマさんの言葉をオカさんが止める。
そうなのである。サクヤさんには彼女がいるのだが、数か月前から破局の危機にあった。
前の出撃の後に飲んだ時にも、ボヤイていた。
お酒も入っていたので、泣き上戸でなかなか悲惨であった。
そこに――サクヤさんは気が多いからですよ、と辛口でハタケヤマさんが口撃していたので、より凄惨さを増した。
俺とオカさんはダンマリを決め込んだ。
だって、飛び火したら怖いもん!
恋愛事の於いて、女性は強しである。
大体の事は、女性に主導権がある気がしてならない。
「遅れてすいません!」
俺が合流してから十分後、俺と同じくバイクでやって来たサクヤさんが合流した。
比較的、恰幅の良い体型。俺よりも高い身長でメガネを掛けている。歳は三十代程に見え、どこか落ち着いた雰囲気がある。
ある筈なのだが……今日はどこか哀愁が漂っていた。
「今日は……風が目にしみますね……」
見れば私服のコートの袖が濡れていた。
「「「……」」」
誰も何も言わなかった。言えなかった。
マクハリの海の近くの潮を含んだ風が、俺の目にも染みた。
世の中の無情さの中でも、強く生きたいものである。
――男は強くなければ生きてはいけない。優しくなくては生きていく資格がない。
仕事場に置かれた読み掛けの探偵小説の一文が、思い出された。
……生きるって辛いね。
19:58
黒いライダースーツのようなバイタルスーツに着替えた俺は、輸送車の格納庫に移動する。
そこに在るのは――格納庫の闇の中で、立った姿でハンガーに収められているのは人形(ひとかた)。
7メートル余りの人間から見ても巨大な人形。
黒と灰の鉄の装甲に身を包んだ人形の手には、銃器と刃たる鉄片(だんぴら)。
ただ壊す為に、殺す為に造られた暴力の形。
陵(みささぎ)Ⅰ型――地獄の日(ヘルズデイ)と呼ばれる宇宙からの飛来物が堕ちた日を境に現れた、世界を犯す化け物浸食者(イントルーダー)に対抗するべく造られた兵器。
回収された敵の〝死骸〟に機械を埋め込んで制御する冒涜の機体。
「久しぶりだな――相棒」
数か月ぶりに出会う相棒に声を掛け、その装甲に触れる。
有機体を包んだ装甲が〝蠢いた〟気がした。
――オカエリナサイ。
誰もいないハンガーの闇の中で、声が聞こえた気がした。
俺は嗤う。
――ナツカシイ。
鼓動が昂ぶる。
ようやく〝自分〟に戻れる気がした。
陽炎(かげろう)――それがこの機体の名称であった。
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