俺はヒーローなんかじゃない
葵依幸
第0話 プロローグ
動き続けた体は、次第に思考を奪いつつあった。
撒き散らされる断末の叫びを、呪いを、怒りをその身に受けながら爪を振るう。
既に牙は折れ、志は野に捨て去っていた。
時折貫かれる痛みと、そこから流れ出る血液に自分はまだここに存在するのだということを認識させられる。
しかしそれは終わることのない旅の証明とこの先続くのであろうこの行為の際限のなさを否応無しに伴う。
誰かの声を聞いた。
愛おしいものに祈りを告げる言葉だった。
俺は首を押しつぶし、返えす言葉で心臓を貫く。
浴びた鮮血はさながら死して俺を地に縛りつけようとする亡霊のようだ。
雨が、大地に降り注ぎ、そのまま次の獲物へと襲い掛かる。
理由もなく、迷いもなく。
ただ「そのために」存在していることを味わいながら。
俺がここに存在することが罪であり、そしてそれは贖罪でもある。
祈りは、呪いだ。
力は、殺戮を求めていた。
「 」
祈り《呪い》の叫びは、都心の闇夜に響き渡り、人々の心に恐怖を植え付ける。
「――見つけた」
その声に振り返り、反射的に襲い掛かっていた。
欠けた爪と、言葉を忘れた牙。
大きく切り裂かれた残響を受け止めたのは俺よりもひと回りもふた回りも小さな体で。暗闇の中、鋭く光を反射させた瞳はまっすぐに俺のことを捉えて離さない。
長い沈黙と、その間にも繰り広げられる力任せの鍔迫り合い。間合いを取ろうにもがっしりと手首を押さえ込まれ、否応無しにそいつと俺は睨み合う形となった。
闇夜に浮かぶ新月のように、冷たくも力強い眼光はさながら人々の窮地に現れる正義の味方で、そうしてそいつは一塵の迷いもなく、告げるのであった。
「ヒーロー、参上……!」
口の端で浮かべた笑みは、まさしくその姿に相応しく、そうして俺は応えるのであった。
「 」
言葉にならぬ咆哮で。
既に忘れ去られた言葉で。
お前も、殺してやろう。
と。
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