口・口・口! 口死ア~ン・ルーレットッ!
久遠了
第1話 1分前
妹尾笑美子(せのお えみこ)はフレアスカートが付いた純白のレオタードを身に着けているだけだった。
『レオタードなんて幼稚園ぶりだ……』
十六才にしては童顔の笑美子が着ると、幼児の水着のようにも見えた。
足元はトゥシューズではなく、履き慣れないピンヒールだった。内側だけ赤い白のピンヒールは十五センチあり、そのせいで笑美子の背が高くなっていた。
周囲は暗かった。
ただ、壁の非常灯の光で、足元だけはボンヤリと見えた。
目が慣れてくると、わずかに反射したピンヒールが見えた。それでも笑美子の前、二人くらいの細い足首が見えるだけだった。
その先は闇しかない。時折聞こえるいらだたしげな足音で、その先の暗闇にも誰かが並んでいることが分かった。
『後ろにも誰かいるのかな?』
笑美子は振り返りたい衝動を抑えた。
足音が次第に聞こえなくなった。
シンとなった時、天井からだみ声が聞こえた。
「エブリバディ! ホワイトラインに並べ」
笑美子が上を向くと、再び声がした。
「ルックダウンだ! チビっ子!」
名前を呼ばれたわけではないのに、笑美子は慌てて下を見た。
足元に白く反射する細いテープが貼ってあった。笑美子は言われたようにその線の前に立って、次の指示を待った。
それぞれが白いテープの前に立つと、キレイな列ができた。
細長い通路は閉ざされているのか、香水の匂いが混じりあい、一種異様な匂いに満たされていた。
『香水も混ざると臭いよね』
笑美子が左右の臭いを嗅いでいると、また声がした。
「チビっ子、臭いを嗅いでるんじゃない!」
笑美子は肩をすくめた。
わずかに呼吸する音だけが、闇の中で聞こえた。
視界が効かない分、聴覚が研ぎ澄まされたように感じられた。闇の中で呼吸音を聞いているだけで、笑美子は意識が遠くなりそうな気分に襲われた。
笑美子は両手を握り締めた。今ここで気を失ってしまうわけにはいかなかった。
『あたしにはやることがあるんだ!』
笑美子は意識を集中した。
だみ声が聞こえた。
囁くような声だったが、笑美子には雷鳴のように聞こえた。
「レフトハンドをサイドにアップしろ。ゆっくり歩いてウォールに触れ」
笑美子は考えながら左手を横に上げた。転ばないように左に寄っていった妙に柔らかみのある壁に手が届いた。
舌打ちが聞こえた。
「フゥール! レフトハンドは茶碗を持つ方だ」
笑美子の前方で、ガタンというぶつかる音がした。
「グゥゥッド! ユア・ラッキーだ。まわりの壁はぶつかっても安全だと確かめられたんだからな。いつでも、遠慮なく、ぶ・つ・か・れ」
皮肉めいた声に答える者はいなかった。
返事がないことを気にすることもなく、だみ声は次の命令を口にした。
「ルック・ダウン。足元にラインがある。ドアが開いたら、そのラインの間隔でウォークする。ランじゃない。ウォォークだ。ゆっくりとな」
声の説明は不快になるほど丁寧だった。
「ストップと言うまでムービング。いいな。前にぶつからないように、ゆっくり、う・ご・け」
誰も返事をしなかった。説明する声も返事を期待していないようだった。
それは有無を言わさない「命令」だった。
「よぉぉし! オープン・ザ・ドォォォア!」
何かが動く音がして、笑美子の前から騒音が入り込んできた。何人かは騒音が「Rhapsody」の「Unholy Warcry」だと気づいたが、なぜ、それがかかっているかなど分からなかった。
「スタート! ムーブ! ムゥゥゥブ!」
声に押されるように騒音に近い方からピンヒールが動き出した。そのあとに次のピンヒールが……
『奴隷みたい……』
笑美子は少し気分が悪くなった。
今いる場所は闇の中であり、歩いていく先も闇だった。
しかし、その場にいる全員が闇を恐れることなく進んでいった。
そこにいる誰もが光が身近にあることを知っていた。
栄光という名の光があることを。
そして、たった一人しか光を得られないことも。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます