割れた鏡の境界線
音琴 鈴鳴
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パソコンの画面が光るとか、怪しい人に声をかけられてとか、地面に穴が開いてとか、交通事故にあって目が覚めたらとか。
そんな一度は考える展開で冒険が始まっていた、なんて。
そんなの、嫌に決まってる。
別に、そんな風に主人公が異世界や時間を移動するだとか、パラレルワールドに行くような展開の小説や漫画を読むのは好きだし、そういうファンタジー系のゲームをするのも嫌いじゃない。
だが、実際に自分の身をもって体験するとなると別だろ?
夢物語のものだからこそ、楽しめるし、面白いのだ。
例え、俺の幼馴染様がゲームや漫画に出てきそうな、イケメン、鈍感、チート系主人公のようなステータスだろうが、現実には起こりえない。
そのはずだったのに。
目が眩むほど白い光に包まれたと思って、目を瞑ったのは覚えている。
光がおさまって、ゆっくりと目を開ければ、最初に目に入ってきたのは、空色の背景に黒色のローブを着て胸の前で手を組んでいる女を中心に描かれている大きな壁画だった。
目を凝らせば、女の周りに赤や青のローブを着た複数の人が描かれている。
宗教画のように見えたが、見覚えはない。
「どこだ、ここ」
周りを見渡せば、狭いスペースで丸い柱が縦一列に並んでいる。
上の方は光が届いていないせいで見えにくいが、ドームのような形になっているようだ。
さっきまで、学校の裏門から続く、蛇の様にうねうねと曲がりくねった道を歩いていたはずなのに、今はゲームや漫画に出てくる神殿のような雰囲気の場所に変わっている。
「いや、本当、ふざけんな」
こんな展開は正直言っていらなかったんだよ、ボケが。
大理石のような地面には金色で魔法陣のようなのが描かれている。
指で触っても消えないので、そういう模様だと思いたい。
悪態をつきながら、さっきまでのことをよく思い出そうと倒れている幼馴染の傍で胡坐をかく。
女が描かれている場所と魔法陣の周りに立てられた蝋燭の明かりが、頼りなく部屋の中央と壁を薄ぼんやりと照らしていた。
ついさっきまでいた場所は、桜と百日紅の木が並ぶ学校からの帰り道だったと確信をもって言える。
今日は提出するプリントを出し忘れていたせいで、居残りをさせられ、いつもよりも学校を出る時間が遅れた。
だから、いつもは委員会の手伝いや部活の助っ人で遅くなるはずの幼馴染と帰るタイミングが重なったはずだ。
靴箱から靴を取り出している時に、幼馴染に見つかってしまい、「十夜! まだ、学校にいたんだ。一緒に帰ろうよ」と言われたのを思い出す。
俺の返事を聞いていないのに、一緒に帰ることが決まっているような態度だったんだよな。
今回は、可愛い顔と大きな胸で後輩からも人気があると噂の、三組のクラス委員長の倉崎さんに頼まれて一緒に作業していたようで、帰ろうと誘う奴の後ろから、睨まれたのを覚えている。
時間に余裕がある夏なので幼馴染と放課後デートに行きたかったのだろう。
それを俺が邪魔したと考えていただろうが、俺だって一人で遊びに行くつもりだったので、邪魔されたと思ったさ。
俺のことなんか気にせず、こいつとどっかに行ってくれればよかったのに。
いや、何か用事があると言って、俺がどこかに行けばいいのか。
そう思っていたのに、彼女の家は俺たちと反対方向で、しかも、兄の迎えが来ていたから無理だったんだっけ。
悲しそうに「さよなら」と言って帰って行ったのを見て、ひどくがっかりしたのを思い出す。
まあ、彼女の恋心に気づいていない幼馴染が、女子が見たら悲鳴をあげそうなほどの素敵な笑顔で手を振っていたので、彼女は満足だっただろうけど。
その後は、久しぶりに一緒に帰ることになったせいか、幼馴染が一人で嬉しそうに何かを話していた気がする。
そこまでは、まあ、普段とは違うにしても普通の日常だった。
本当に、嫌なことばかりだったが、よくある毎日の一つでしかなかった。
それが、帰り道の途中でいきなり、本当に何の予兆もなく、白い光に包まれたかと思うと、こんな場所にいるのだから舌打ちをしても仕方がない。
原因は不明。
本当に心当たりがない。
倉崎さんが黒幕だったりするのだろうか。
そんな馬鹿な。
でも、それ以上、理由は思いつかない。
この場所は、ひどく静かな場所だった。
埃の臭いはしないし、どこを見ても綺麗な場所なのに、何だか濡れた手で触られているみたいな不快感に体が震える。
早く、ここから出たかった。
「本当に、嫌になる」
触った感触や頼りない明かりから大理石のような建物の中にいるのだということは分かっている。
慣れ親しんだ地面の感触ではないのだと分かってしまっていることが、少なからずショックだ。
俺には理解できない複雑に描かれた魔法陣らしきものは、小難しい数式のようにも見えるし、花の絵が重なりあっただけのようにも見える。
他に気付いたことなんて、一緒に帰っていた幼馴染の鞄も俺の鞄も手元にないというくらいだという少なさ。
ポケットに入っていたものは無事なのが救いだろうか。
それだけでも小説やゲームの知識から今の状況の想像がついてしまうが、その想像はあまり当たって欲しくない。
小説やゲームでの王道展開の一つ「異世界召喚」に巻き込まれて、異世界にいるなんて。
だが、自分の想像を否定できる要素の方が少ないことに気付き、舌打ちをしてから呟く。
「……本当に最悪だ」
呟いた言葉は誰にも聞かれることなく、空気に溶けて消えた。
自分のなかで最悪な結論がでたこともあり、俺は傍らで穏やかに寝ている幼馴染を起こすことにした。
ばしっと一回、手のひらで頭を叩く。
強めに叩いたからだろう、一回で目を開けた。
幼馴染はゆっくりと体を起こして、最初寝惚け様子で回りを見渡していたが、自分が知らない場所にいることに気付くと驚いた顔でこちらを見る。
「え? あれ? 夢? え?」
戸惑っていることを、そのまま表情に表す幼なじみに今だけは感謝する。
自分だけが戸惑っているわけではないのだと分かることで安心できるからだ。
「……ここがどこなのか分かる?」
俺の尤もな疑問に首を横に振る幼なじみ。
「いいや、知らない。見覚えはないよ、うん」
まあ、知っていたら、怖いけどさ。
それでも、落胆せずにはいられない。
分かっていても、その返事を聞くのは嫌だったからだ。
幼なじみには分からないように俺はため息を吐く。
「そうか、俺もそうだ」
「そう……だよね」
そんな風に意味の無いような会話をしながら、どうするかと二人で考え込んでいると、唯一の出入口だろう扉がゆっくりと開き始めた。
まるで、こいつが起きるのを待っていたみたいに。
そこから現れたのは、一人の女だった。
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