女魔王は冒険者になりました!

猫部猫

第0話 神々「世界が滅びるっ!」

魔王城最深部にて。


「……退屈じゃ…」


玉座に座る少女が頬杖をつきながら“いつもの”声をもらした。


「ええ、本当に」


その隣では糸目のメイドがティーカップに茶色い液体を注ぎながら“いつもの”返答をした。


「どうぞ、魔王様」


メイドはソーサーの上にカップを置き魔王の前に出した。

魔王はそれを手に取りいっきに飲み干しソーサーの上に戻した。


「ぷは〜、やはりココアは良い!絶妙な甘さがなんとも言えんな!」


魔王は足をバタつかせ喜びを表した。


「良かったですね魔王様」


メイドが微笑むと

「ナンナ、貴様も飲むと良い!」

魔王は上機嫌に「ナンナ」と呼んだメイドに言った。


「で、ですが…カップは先程魔王様が使われた1つしかなく…」


頬を赤く染め戸惑いを表す。


「ワシが飲んだあとのカップでは不満と?」


魔王は首をかしげた。


「いえ…そう言うわけではないのですが…か、かかか間接キス…に…」

「なんじゃ、そんな事か…構わんワシが許す。女同士じゃぞ?気にすることはない」

「そ、そそそうですね…!はぁはぁ…ではこのナンナ、ありがたく頂かせて貰いますすすっ」


ナンナは震える手でカップにココアを注いだ。

そして鼻息を荒くし先程、魔王が口を付けていた所に狙いを定め━━━イった。

そしてチビチビとココアを含みながら同時に舌で“ソコ”を舐め回し全て飲み干すと「ふぅ…」と軽く息をもらした。


「どうじゃどうじゃ?体が温まるじゃろ?」


無邪気に感想を求める魔王にナンナは

「は、はひ…とても身体が温まりましたぁ…♡」

と紅潮した頬で答えた。


魔王が満足気に腕を組み鼻を「ふふん!」とならす。


「それにしても、じゃ…暇すぎやせぬか?おかしいじゃろ、これ…」


一変し魔王の顔に『退屈』が表される。


「のう、ナンナよ何故誰も来ん…兵士など骸骨兵しか居らんのだぞ?ワシが言うのもあれじゃが、魔王城“ざる”じゃぞ?ざる魔王城じゃぞ?責いるならウエルカム状態じゃぞ?なんならここ数百年そんな感じじゃぞ?」


再び頬杖をつきながら人差し指で自らのこめかみをトントンと叩く。


「そうですね、昔は冒険者や勇者が血気盛んに挑んで来てはいましたが…魔王様と対峙したのは1パーティーだけ」


二杯目のココアを飲み終え鼻血を拭きながらナンナは答えた。


「ああ、いたなそんな輩が…だがあれはノーカンじゃ!あの程度の輩に何故ワシが相手をせねばならんかったのじゃ!」

「あの時は丁度、私以外の皆様は魔王城に居ませんでしたから」


三杯目を注ぎながら言う。


「自由すぎぬか?ワシの下僕共は…まぁそれは良いのじゃ、聞けばあのパーティー…『勇者パーティー』だったそうではないか?」

「はい、『最強の勇者パーティー』だったそうです。なんでも竜の鱗も切り裂く最強の武器を持っていたそうで」

「うむ、それ“ワシの爪の欠片”じゃからな?」

「そうだったのですか?」

「正しくは“ワシが爪切りをした際に出た爪カスを何となく素材にして作ったつるぎ”じゃ。要らぬから捨てたのじゃが、偶然にもそれを拾ったらしい」

「ふぅ…ですからあの時急にテンションを落とされたのですね」


再び注ぐ。


「ああ、なんせ初の到達者だからのう、あの四天王を凌駕するほどの力…「きっと楽しめるはずだ」とそう思ったのじゃが…はぁ…期待はずれも甚だしい、加えてあの態度ときたら……!ワシを「チビ」だ「かわいい」だ「魔王どこ?」だ!散々に馬鹿にする!」


玉座の上でバタバタと暴れる魔王。


「“慢心”でしょう、私の“眼”はよく見えますから。彼らには“恐怖心”が無く武器に対する絶対的な信頼を持っていました」

「いやはや、無知とは恐ろしいものじゃ…」

「竜をも屠る剣ですから、大抵の魔物は触れただけで消滅、でしょう……ゴクッ」

「むぅ…我が力ながら忌々しい…更にだ、小手調べと思い攻撃を受けてみれば痒い痒い…蝿が手の甲にとまったのではないかと思わされたわ」

「そもそもが扱いきれていなかった…と?」


魔王は一つ頷いた。


「仮にもワシの一部分を使って作った武器じゃ、本来ならばワシを傷つける事など動作もなかろう。それすら出来ないとなれば所有者の問題だな」

「確かに脆弱そうな人間でしたからね」

「“そうな”ではない、脆弱“だった”のだ。剣の勇者はちょっと小突いただけで死におった」

「魔術の勇者が時を止めても魔王様には効果がありませんでしたし……まぁ、私もなのですが……ゴクッ」

「もういい、奴らの事を思い出したら腹が立ってきた…はぁ…」


「………………。」

「………………。」


暫しの沈黙。


「………………。」

「……………ゴクッ」


嚥下の音が響く。


「━━━のぅ?」

「はい…?………ゴクッ」

「貴様、どんだけ飲むつもりじゃ?いや確かにワシは「飲むがよい」とは言ったが…いささか飲み過ぎではないか?さすがのワシも引くぞ?」


ナンナは優雅さを醸し出しながらゆっくりとカップを置いた。


「魔王様、今気にするべきはそこではないのです」

「━━━ん?」


魔王は混乱した。


「魔王様!よくお考えになってください!」


曇りのない瞳(糸目)で魔王を見据える。


「何をだ」

「このティーポットを見てください」


言われたとおり、魔王はティーポットを見た。

白亜色の小柄な外装と金の二重輪が高級さを表している。

このティーポットは数年前にナンナが魔王の為に買ってきた物だ。

魔王のお気に入りの一つでもある。


だが、魔王にはナンナの求める答えが出なかった。

「ムムムム…ッ」と、しかめっ面でティーポットを睨む。


「あー!もうっ!なんだというのだ!」


痺れをきらした魔王は立ち上がり地団駄を踏みながらナンナに答えを求めた。


ナンナは「フフフ…」と不敵に笑うと


「魔王様!このティーポット小さいですよね?」


声を張りそう言った。


「ああ、小さいな…小型だな」

「では、問題です。私は魔王様に「ココアを飲んでも良い」と、お言葉を頂きました。」


Q.私はその時点から今の時点で何杯のココアを頂いたでしょうか?


「そんなの覚えとるわけなかろうっ!」

「ブッブー!時間切れです魔王様ー」

「解せぬっ!」

「従者の監視も魔王様の仕事ですよ?」

「な、なんかムカつくのぅ…貴様、時々そういうところがあるな…っ!」

「ふっふっふ…では答えを発表致します!」


A.18杯。


「多くないか!!?」

「清々しい顔をしていると思いますが、お腹にココアが溜まりすぎて正直吐き気をもよおしていますッ☆」

「そ、そんなにココアが好きなのか?」

「いえ、魔王様が飲んだあとのカップで飲むのが好きなだけです」


彼女は言いきった。

隠す事なく言いきった。


「ふむ、ワシにはよく分からんが…それにしてもそのティーポットでは18杯も注げぬであろう?」


魔王は寛大で純粋なのだ。


「よくぞ聞いて下さいました!実はこのティーポットにココアは入っておりません、中身はこの様に━━━カポッ」


ナンナはティーポットの蓋を開け中を見せた。


「ぬー?ぬぬっ!これは!」


そこには禍々しい黒い渦が中いっぱいに広がりその深淵を覗かせていた。


「イェース!マスター!ディスイズ!《ゲート》!」

「急に口調を変えるのやめてくれんか…にしても、何故ゲートを?」

「ふふふ、では指を入れてみて下さいまし」


魔王は若干抵抗しつつも、その人差し指を深淵に差し込んだ。


「━━━む…?温かいな」

「━━━ヒッ!!」


その時、ナンナに電撃が走る!


「のうナンナ、この温かい…熱い?……液体か?これはなんじゃ?」


魔王は深くまで調べようと更に指をねじ込んだ。


「あ、えーと…そ、その魔王、様…?」


何故か赤面しモジモジするナンナ。


「なんじゃ?ハッキリというが良い」


魔王の指は止まらない。


「い、いちど…っ、指を抜いてみては、ふっ…いかがでしょっ…う…」


唇を噛み締め何かを我慢するような仕草を見せる。


「ふむ、確かにそうじゃな━━━よっと」

「フー…フー…な、なんとか…波が…」


魔王の指には深淵の奥にあったであろう液体が付着し湯気をたてていた。


「ま、魔王!暫し失礼します!!」


ナンナは慌ててティーポットを置き、目にも止まらぬ速さで部屋を後にした。


「あ、おい!……まったく結局何なのだこれは」


魔王は自分の指を数秒見つめ、指の先を「チロッ」と舐めた。


「むむ!」


その液体の正体に気付いた魔王は自らの指を丁寧に舐め回し満足気に


「━━━ココアじゃ!」


と、言った。


(なるほど、ゲートの先には既に作られたココアがあり、それはポットに入れられているのだろう。再沸騰を行うポットならばココアは冷めることは無く作る手間も少なくて済み多くの者に提供する事ができる)


魔王の解析が終わると

「ふっ…あやつめ、よく考えたものじゃ」

そう言って細く微笑んだ。


「ただいま戻りました」

数分後スッキリした顔のナンナが玉座の裏から現れた。


「いや〜突然の「尿意」には勝てませんね」


恥じらいながら笑うナンナ。


「まぁ多飲しすぎていたのじゃ反省するがよかろう」

「承知しました♪」


……………………。


一時の静寂。



「のうナンナよ…」


先に口を開いたのは魔王だった。


「はい、何でしょう?」

「…他の下僕共は何をしているのだ」

「……バハムート様は旗の上で監視を続けています。フェンリル様は《第二の間》で骸骨兵と戯れています。マーリン様は《書庫》にてスプリガン様に腰掛けて本を読まれています。お二人とも無表情です。」


部下の現状を確認し魔王は「そうか」とだけ答え、暫し考え込んだ仕草を見せた。


「どうか…なさいましたか?」


「…何百年前だったか、まだ父上が魔王であった時の事を思い出していたのじゃ」


ナンナは目を瞑り(糸目)、ただ耳を傾けた。


「あの時は、今と比べ物にらないほど「打倒魔王!」の意識が強かった。勇者が何度も父上と戦い敗れた。だが、父上を屠ったのは《勇者》では無く《冒険者》だった。

満身創痍であっても彼らは諦めなかった。片腕を失ってもその目から戦意が削がれることは無かった。

━━美しいと思ったのだ。

その姿が…その意志が…その勇姿が

ここで戦った誰よりも美しいと感じたのじゃ

冒険者は神の恩恵を受けられない、勇者の元であれば話は違うのだが…

“死ねば死ぬ”文字通りの意味じゃな

今思えば勇者『やつら』はこの時から既に怠惰の限りを尽くしていたのだろう、でなければ冒険者が冒険者のみで来るなど愚策にも程がある、新手の自殺のようなものじゃ

じゃが…彼らは勝利した。

仲間を2人失い、勝利した……」


━━━━。


「のう…ナンナ」

「はい魔王様」



「この世界は“退屈”じゃな…」


退屈

退屈

魔王の瞳にはそれしか写っていなかった。


「武勇も戦記も生まれない…こんな世界に、価値はあるのか?」


頬杖を付く。

期待の欠片もない言葉。


「それでしたら魔王様」


ナンナは知っていた。


「この世界を滅ぼしては如何でしょう?」


この方法でしか魔王の退屈を払えない事を。


「フハッ!ブハハハッ!!」


魔王は思わず吹き出した。


「…良い、良い良い良い!!実に良いっ!良いではないかっ!ナンナ!」


「それは良かったです♪では━━」


「あぁ!準備をしろ、フハハッ!全面戦争だっ!神々にも宣戦布告してやれ!」


魔王は立ち上がり背伸びをした。



「さぁ!この世界を…滅ぼすぞ!!」

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