NLL~人生競売システム~
@adsonkids
1日目
「どうしても連れて行ってくれないの?」
「何度も言ってるだろ。無理なものは無理なんです」
場所は体育館内。
週に2回しかない運動が許された日。
数十人がここにきて各々ボールを使ったり、ストレッチをしたりと体を動かしている。他にも外で運動してるの人もいる。寒いから大抵は体育館だけどな。
この時ばかりは私語が許され、いくらか開放的な気分になれるが、それもこの周りに立っている人がいなければもっとよかったんだけど。
首を動かすついでに周りを見渡すと、バスケットコートが1面取れるだけの広さなのに8人も監視についている。
試しに一番近くにいた監視の男に目を向ける。
「……おい、どうした?」
「いえ、なんでもありません」
ほら、少し見ただけでこんな感じだ。
しかも全員腰に拳銃をぶら下げてるんだから、これじゃあリラックスなんてできるかっていう。
「ちょっと? 何回もお願いしてるんだけど?」
「あー、無理なものは無理。それより、あんまり近づくな。怪しまれたらどうすんだよ」
俺は小声で隣に座っている少女に注意する。
年齢は俺より1つ下で17歳らしい。本人が言ってただけだから知らんけど。
俺とお揃いで、全身薄グリーンのみすぼらしい作業着に身を包んでいるが、なんでかコイツが着ると似合うから不思議だ。
まあ少しつり目ではあるが整った顔立ちと白い肌、腰まで伸びた黒髪……可愛い子が着るとなんでも似合うんですね。そういう事ですよね。
改めて周りを見渡すと、監視の人間以外は全員がこの服を着ているのにコイツだけが異様に似合っている。まるでコイツのために作られたかのような感じがする。
「じゃあわかった。お前にここを出る方法を教えてやろう」
俺は誰にも聞かれないように静かに話し始めた。
「えっ、教えてくれるの⁉」
少女は興奮した様子で俺に向かって耳を近づけてくる。
「立派にお勤めを果たせば、自然と出られるぞ」
「……は?」
「いや、だから、お勤めをだな?」
「そんなこと聞いてないわ!」
「おいっ! 大声出すなって!」
俺は慌てて少女の口を塞ごうとしたが、時すでに遅し。
1人の看守様が歩いてきていた。
この時ばかりは楽しそうに運動をしていたほかの人たちも静まり返り、俺たちの様子を伺っている。
「水野愛佳!」
「はいぃっ‼」
「霧島白杜!」
「……はい!」
俺たちの目の前で立ち止まった男は、体育館に響き渡る怒声で俺たちの名前を叫んだ。
愛佳はその大きな音に体をビビりまくり、その場に飛び上がった。
俺も渋々立ち上がり、お説教を受ける。
あー、どうしてこうなったんだろうな。
俺は看守様のお説教を受けながら見えないようにため息をついた。
こんな人生、買った覚えないんだけどなー。
それともこれから人生が変わるのか? あの説明文みたいに。
いやー、さすがにそれは考えにくいだろ。
っていう事は、なんだ。俺、このままこの刑務所内で暮らさないといけないわけ?
聞いたところによると、俺は終身刑らしいんだけど。それってホントですか? なんて言ったって俺には罪を犯した記憶はないからな。
「お前等2人とも! トイレ掃除3日だ!」
「はいぃい!」
「はい!」
長―いお説教が終わると同時に運動時間の終了を知らせる鐘が鳴った。
「お前のせいでトイレ掃除3日だぞ」
「はぁ⁉ ハクトがふざけたこと言うからでしょ⁉」
「ふざけてないし。ほんとのことだし」
ぞろぞろと他の囚人たちが午後の仕事を再開すべく体育館を出ていく。
これから午後の作業かよ。めんどくさいな。
俺がとぼとぼ出口に向かっていると、
「今日の9時に例の場所集合ね」
愛佳が追い抜きざまに小声でそう言ったのが聞こえた。
……またかよ。
ここ3日連続だぞ。
どうせ行ったって、『私も一緒に連れていけー』しか言わないし。
……すっぽかしちゃいますか?
見つかったら当然ペナルティーだし。
体育館を出た俺は午後の仕事場へと向かった。
体育館から伸びた囚人の列は、薄暗い倉庫へと延びていた。
徐々に進むその列に流されていると、、出入り口で看守の1人が点呼を取っているのを確認できた。
俺もその例に倣って、看守の前まで行くと自分の名前を言ってから仕事場という名の倉庫に入る。
中には大量の椅子と大量の長机があるだけ。
天井からは小さな電球がぶら下がり、作業できる最小限の光を供給していた。
すでに自分の持ち場に戻っている囚人たちが、イスに座り午後の就業開始を待っていた。これだけ大量の人数がいるというのに誰一人話そうとはしない。仕事は始まっていないとはいえ、すでに休憩時間が終わったからだ。これからは私語厳禁。しゃべっちゃだめだぞ。
適当に開いている場所を探し、腰を下ろすとノータイムで隣の席にも人が座った。
仕事では話すことはないので誰が隣だろうと関係ないが、一応見てみるか。
チラッ
うん、女の子だ。
これまた随分かわいらしい子が来たなー。
っておい。そんなこと言ってる場合か。
「……おい、愛佳?」
「なにか?」
「なにか? じゃねえよ。騒ぎ起こした後なんだから俺の隣なんか来るなよ」
「騒ぎ起こしたら座る場所制限されるの?」
イラっと来ますね。正論だけに余計イラッと来る。
「ところでさ」
愛佳が小声で俺に話しかけてきたところで、午後の始まりの鐘が鳴った。
「おっと、仕事だ。キミも仕事に集中したまえ?」
しばらく俺を睨むような視線が隣から発射されていたが、愛佳はやがて諦めたのかおとなしく仕事を始めた。
仕事といってもただの軽作業。
机の上に数千枚と置かれた封筒に紙を1枚ずつ入れていくというもの。
これを午前と午後それぞれ4時間ずつ続けていく。
正直、初日で飽きた。
これを俺はもうかれこれ2ヶ月やっている。
「……」
そういえば愛佳ってどんくらいやってんだ?
俺がこの人生を始めた時にはもういたから今の俺よりはやってるみたいだけど。
うーん、飽きたな。
俺は、ゆっくりと手を挙げた。
「どうした?」
すぐさま俺に気が付いた看守の1人が駆け寄ってくる。
「少し腹痛がしまして」
「え?」
「なんでお前が驚いてんだよ」
「私語は慎むように!」
「はい」
「では医務室に行くように」
「あー、そうではなく。トイレに行けば治るかと」
「分かった。ついてこい」
看守の許可を得て、席を立ちあがる。
おーおー、みんな頑張っているじゃないか。
前を行く看守の後を追って、周りを見渡してみると少し気分がいい。
「怪しいものは持っていないな?」
「持っていません」
トイレの前まで来ると、簡単な荷物チェックをされてようやく解放された。
ふー、相変わらずクサいな。
脱走をさせないというためという理由で換気のための窓と換気扇が付いていない。そんなトイレありますか? いつも掃除する人は大変だな。
「……明日から俺たちじゃないか!」
思わずツッコんでしまった。
ほんとアイツ土に埋めてやろうか。
今になって沸々と怒りが湧いてきた。
まあいいさ。この生活とももうすぐおさらばだ。
「ふー」
個室に入って、ようやく落ち着いた。
娯楽といった娯楽はないが仕事をしているよりはいい。
どうせあの看守も仕事場にいても暇だろうし、ここで待たせても何にも言われないだろう。
そういえば、これまでやってきた人生の中でも『脱獄』をするのって初めてだな。
こういうのはいい知識になる、と思う。それを決めるのは俺じゃなくてNLLのほうだから確証はないけど。
「あー、早くこの人生辞めたい」
別に自分の命を絶ちたいと言っているわけじゃないぞ。
次の人生を買いたいっていう事だ。
NLLのサービスの1つが『人生競売システム』。
とある人間の人生を競売にかけて落札するというもの。
当然今のこの人生もそのシステムで買ったわけなんだけどね。そうなんだけどね。
俺が買った人生は少なくとも牢屋で過ごすようなものではなかったはず。説明文にもそんなことは書いてなかったし。
「まじでNLLも土に埋めるぞ」
なんて独り言を言ってもしょうがない。この場にNLLの関係者はいない。どころか、あそこは全部コンピューターで制御されてるから中の人間が出てくることは滅多にない。
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