第4話

ウサギはタヌキの事を

あまり知らなかった。


今まで、何度かタヌキが他の動物をいじめたりしているのを見て、

残酷な奴だ。くらいにしか思っていなかった。


それもそのはず。

老夫婦は、ウサギにこの事を喋っていないのだ。


それはもちろん、

ウサギに心配させないため。

手を汚させないため。

心優しき老夫婦の配慮であった。


ウサギも、自分の肉体は

自分や、大切な人を守るためのものだと思って鍛えたものだ。


だが、今回は違う。


婆さんの「仇討ち」。

暴力の為の筋肉となった。


でも、ウサギはそれで満足だった。

この老夫婦の力になれるから。

それは純粋な優しさからだった。





「ン?誰だよテメーは」


ウサギは、タヌキの住む洞穴に

勝手に入り込んでいった。


まだ朝日が登りきった頃であった。

洞穴の中は薄暗く涼しい。


突然現れたウサギに特に驚くこともなく、

タヌキはウサギを睨みつける。


人を殺しておいてこの態度。

最低な奴だとウサギは思った。


洞穴には、無造作に置かれたアンティーク調のタンスやクローゼット。

パソコンやテレビ、

さらにはダブルベッドなんてのもあった。


どれも老夫婦の家から奪い取ったものばかりだ。


ウサギは、過去に見た家具がここにあることで、

このタヌキはずっと前から老夫婦を苦しめていたと知った。


一方タヌキは、何も喋らない来客に苛立ち始めた。

勝手に入って来た上に何も喋らないのだ。当然腹も立つだろう。


しかし、ウサギの心の中では、今すぐにでも怒りを爆発させたかった。

タヌキをすぐさま殺してやりたかった。


だが、そんなものでは爺さんの気は晴れないし、婆さんの仇討ちにもならない。

衝動を心に押し込む。


長年付き合った老夫婦との仲は深い。


このクソタヌキは婆さんを殺したのだ。

貴様を単純に殺すだけで、満足するはずがない。


ウサギからは、ぱっと見て分かるほどに

恐ろしい怒りのオーラを纏っていた。


しかし、タヌキにはそんなもの通用しない。

イライラした様子で立ち上がった。


「おいコラ、でっけぇウサギ野郎。なァに勝手に入ってきてんだ?とっとと消え……」


タヌキが振り向いた瞬間。

ウサギが、近くにあった小さな石ころをタヌキに投げた。


石はタヌキの膝にコツンと当たり、地面に再び転がった。

全く痛くはないはずだ。


しかし、タヌキを怒らせるには十分だったようだ。

これは攻撃ではない。挑発だ。


タヌキは小刻みに震え出す。


「てンめェー!!俺を誰だと思ってやがる!!タヌキ様だぞッ!!死にてェのかァーーッ!?」


激昴するタヌキ。

そんなタヌキをよそ目に、

ウサギは無表情で話を切り出す。


「お前にいい話がある」


「……はァ?いい話ィ?」


タヌキはやはり馬鹿だ。

気になる話を出されれば、さっきの事など忘れてしまう。


石ころを投げつけられて怒ったのはどこへやら。


「金儲けの話だ。今この地域の外、都会の方が資源不足らしい。ここは自然が豊かだから、木材が高く売れる」


「うっひゃァ!マジかよォ!へへ、その仕事勧めてくれんのか?」


「ああ」


第一段階は成功。

馬鹿なタヌキは、ウサギの話にまんまと乗ったのだ。

その程度で金儲けになるはずがないのに。


こんな馬鹿な奴にお婆様は殺されたのだと思うと、腹立たしくて仕方がない。


ウサギは心の底からタヌキが嫌いになった。


ウサギはなんの被害も受けていない。

しかし、老夫婦を想う気持ちが、

タヌキを嫌うに至ったのだ。


ウサギは、 なんの疑念ももっていない。

ただ老夫婦に恩返しがしたいだけ。


……そう考えもした。

だが、これはやはり「仇討ち」なのだ。


徹底的に、タヌキを殺す。


ひたすら残酷に。


それだけ。


ウサギはタヌキに手招きする。

二タニタと笑いながら、タヌキはウサギの後についた。


洞穴から出た二匹の動物は、

朝露の滴る森へと入っていった。





「オイ、あとどれくらい集めればいいんだよ?」


「これくらいあればいいか。戻るぞ」


二匹の背負う木がこれ以上乗らないほどに集まった頃、森を抜けることにした。


タヌキは普段からダラダラとテレビを観たり、近くを散歩したり、老夫婦の家でストレスを発散するくらいしかしていない。


反対に、ウサギは普段から野山を駆け巡り体を鍛えている。

もちろんこの山も走破済みだ。

どこに何があるのか手に取るようにわかる。


タヌキは元々強い天才。

ウサギは努力で強くなった秀才。


しかし、当然ながら強さを保つ努力をしないものは廃れる。


ウサギの並々ならぬ努力は、

確かにウサギの力となっていた。


ウサギにとっては、タヌキなど取るに足らない雑魚一匹に過ぎない。

この程度なら片手で捻り殺すことすらできる。


今の強さで誰にでも勝てるからといって、

あぐらをかいているタヌキは実に愚かだ。





タヌキには、ウサギよりも前を歩いてもらわなければならない。

馬鹿なタヌキを利用した復讐方法があるからだ。


「タヌキさんよ。私よりも前を歩いてもらえるか?」


タヌキは、木を担ぐのが面倒くさいようだ。木をズルズルと引きずっている。


「あ?俺この山ぜんぜん知らねェんだわ。お前連れてきたんだし、お前が前歩けよ」


「それは残念……タヌキさんは頭が良くてなんでも知っていて、それでいて力も強い素晴らしい人だと聞いていたのだが……はぁ、残念残念」


「あー……そ、そういや、この山知ってるわ!俺について来いよ!俺は天才だからなァ!」


タヌキは見栄を張った。

このウサギに見下されるのが嫌だったから。


とはいえ、道なんて本当に知らない。

歩いていればそのうち出るだろうと思い、

タヌキは適当な道を歩いた。


だが、ウサギにとっては道なんてどうでもいい。

タヌキが先頭を歩くことに意味があるのだ。


「ところで、木を引きずっているが、木が傷んだら売値は下がるぞ。頭のいいタヌキさんなら知っているよな?」


「ま、全く馬鹿にしやがって!あッたりめーよ!それくらい知ってるわボケッ!俺は天才なんだよォ!……ん?」


かちっかちっ。


何かを打ち付けるような音が森の中にに響く。

タヌキはその音にすぐ気がついたようだ。


「なんだァ?さっきからカチカチうるせェな」


「ここがかちかち山なのは知っているだろう。生息している「かちかち鳥」を知らないのか」


「……あー、「かちかち鳥」な!思い出したわ!数年前に知ったことだから忘れてたわ。懐かしいな。ははっ、ははは」


本当に、適当なことばかりいうタヌキだ。


嘘をつくのに抵抗はないのか?

なんども思うが、こんなゴミ野郎に婆さんが殺されたなんて信じたくない。


タヌキの嘘はスッカスカだ。

何も考えずに喋っている。


「おい、かちかち鳥が発見されたのはたった三ヶ月ほど前だぞ」


「えッ、そうだっけ?ほ、他の鳥と間違えたかもなァ!?いやァ天才は忙しいんだよなァー!……ん?」


ぼう……ぼう……


次はぼうぼうと何かがなっている。


「おいおい、さっきからぼうぼう聞こえるぞ。今度はなんだよ」


「ぼうぼう鳥だ。かちかち鳥と一緒に習うだろう?」


「あー、そんなことも聞いたような……ッて、熱ッ!!!熱いッ!!!あああァァァァッッ!!!!」


なんということが。

タヌキの拾った木々が、ぼうぼうと燃え上がっている。

炎は柱を形作り、タヌキの毛に火を移し、飲み込まんとする。


作戦は成功だ。

ウサギはフッと笑った。


全く、タヌキが馬鹿で助かった。


かちかち鳴っていたのは火打石。

ぼうぼう鳴っていたのは炎。


かちかち鳥?ぼうぼう鳥?

馬鹿野郎。そんな鳥いるはずないだろう。


タヌキは燃え上がる背中を必死で振り払いながら、めちゃくちゃに森を突き抜けていった。


ウサギは、手元から黒い何かを取り出し、スイッチを押す。


「撮影完了……いい画が撮れたよ」


その様子は、ウサギが手にするビデオカメラに捉えられていたのだ……

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