皐月side
非日常は突然に 1
林間学校も無事に終わり、日常が戻ってきた。
一日ぶりに帰宅した私は八雲に寂しくなかったかと聞いたけど、八雲からは「姉さんの方が寂しかったんじゃないの?」と言われてしまった。正直、ちょっぴり寂しかったよ。
林間学校以来変わったことといえば、来香奈とは度々メールをするようになったこと。
香奈はまだメールに不慣れな私に『絵文字や顔文字をもっと使え』とか、『たまにはそっちから連絡よこしなさい』とか言ってくる。
と言っても、気のきいた絵文字や顔文字の使い方なんてよくわからないし、どんなタイミングでメールなんて送ればいいかもわからない。
その事をメールで話すと、『やっていくうちに慣れる』なんて言われたけれど。それでも、こうやってメールをやり取りできる友達ができたことは素直にうれしい。
そうこうしているうちにあっという間に四月が終わり、ゴールデンウィークに入っていた。
(何だか、四月はあっという間に過ぎた気がする)
そんな事を思いながらも、私は『ペリカン』の制服に身を包みながら、お客様からオーダーをとっていた。
連休初日の今日は、朝から『ペリカン』でアルバイト中だ。
今年の休みは5月3日から6日までの4連休で、本当は稼ぎ時なのだけど、シフトを入れているのは今日だけだ。
稼がなければいけないというのは分かっているけれど、せっかくの連休くらい八雲と過ごしたかったのだ。思えば最近、八雲は満足に遊べていないし。
平日は家と学校を行き来するだけだし、日曜も遊ばずに溜まっていた家事をする事が多かった。そして八雲も私に付き合うように、毎日のように家事を手伝ってくれている。
そんな遊ぼうとしない八雲を見て、私は新しい学校で友達がいないのではないかと心配したけれど、そんなことはないらしい。家庭訪問があった際に八雲の先生に聞いてみたけれど、八雲はすぐに馴染んで、クラスのことも仲良くやっていると言われた。
となると、やはり原因は私にあるようだ。八雲の事だから、大方私が働いているのに自分だけ遊ぶというのは気が引けるのだろう。そんなこと気にしなくて良いって言いたいけど、もし立場が逆だったら、私も素直に遊べないだろう。だからゴールデンウィークの間は姉弟そろって思いっきり羽を伸ばそうと考えていた。
お昼を回り、店内が混んできたころ、『ペリカン』に思わぬ来客があった。
「皐月―、来たよー」
そう言って店を訪れたのは、ストライプのシャツにデニムパンツという出で立ちの香奈だった。
「香奈、どうしたのこんな所に」
「今日はここで働いてるって言ってたじゃない。暇だし、皐月のバイト姿を見に来た」
そう言えば少し前にそんなメールを送っていた気がする。するとそんな私達のやり取りに店長が気づいた。
「なんだ、皐月ちゃんの友達かい。なら飲み物くらいサービスしなくちゃな」
「良いんですか?わざわざすみません」
店長にお礼を言いながら、香奈を席へと案内する。
「ねえ、お勧めってある?」
「そうねえ。香奈、スイーツ好きだって言っていたわよね。だったらパンケーキやパフェはどう?」
「良いねえ。でも、お昼だからねえ。もうちょっとしっかりしたものも食べたいかな。甘いものも確かに食べたいけど」
メニューを前に悩む香奈。私はもう一つのお勧めを提案することにした。
「それじゃあオムライスセットも一緒に注文する?これも結構人気あるよ」
「いや、そんなに食べきれないし」
「そうかな?私なら食べれるけど」
金額がすごいことになるから注文しないだろうけど。
香奈も高いと思ったのか、結局パンケーキだけを注文した。ほどなくして料理が出来上がると、私はそれを運んでいく。
「そう言えば、香奈の家ってどこなの?」
この辺は基山が通学のためアパートを借りるような場所だ。基山の幼馴染と言っていたし、もし二人の実家が近くなら、香奈の家もここからそれなりに離れているだろう。
「列車で二時間掛からないくらいかな」
さらっと言ったけど、やはりそこそこ遠い。それなのにわざわざ私のバイト風景を見に来たのだろうか。
「そんな遠くから様子を見に来たの?せっかくの休みなのに」
「何言ってるの、遠いからこそ連休でもなきゃ会い難いじゃない。皐月は明日から弟君と遊ぶんでしょ。なら会えるとしたら今日だけでしょ」
なるほど。たしかに仲良くなったことだし、会える時に会っておくのも悪くない。香奈はバイトが終わったら遊びに行こうと言ってきたので終わりの時間を伝えた。
「まだ結構時間あるけど、それまではどうするの?」
「適当にそのへんで遊んでおく。こっちには来たこと無かったから、いろいろ見て回るわ」
私は香奈と待ち合わせの約束をし、仕事に戻る。
それにしても、さすが連休の昼と言うだけあって、店内は大盛況だ。香奈以外にも店内はお客さんでごった返している。
すると、食器を下げたりオーダーを取っている間に、また店のドアが開く。
「いらっしゃいませー」
訪れたお客様に元気よく挨拶をする。どうやら来店したのは、男性客が三人のようだ。
「三名様ですね。禁煙席と喫煙席、どちらに―――」
そこまで言った時、先頭の男が私の喉元に何かを突き付けてきた。
「動くな!大人しくしろ!」
どすの聞いた低い声で、男はそう言い放つ。後ろにいた二人の男も、それに続けとばかりに鋭い目を私に向けてくる。
「えっと、あの…客様……?」
事情がさっぱり呑み込めない。だけど男の顔から少し視線を落とし、喉元に突き付けられていたそれをはっきりと見た時、今の状況が普通じゃない事だけは分かった。
それは冷たく、研ぎ澄まされたナイフだった。しかも何やら、赤い液体のようなモノが付いていた。
(えっと、撮影が何か?)
ナイフを突きつけられた私が考えたことは、そんな的外れなことだった。
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