皐月side

同級生の吸血鬼くん 5

 三時間目、体操着に着替えた私は霞と一緒に、更衣室を出た。

 今日の体育は体育館で行われるものでよかった。雨は朝にはやんでいたけれど、グラウンドはまだぬかるんでいる。泥が跳ねて汚れると洗濯が面倒になるから、雨上がりにグラウンドを使うのはやめてもらいたい。何の気なしにその事を言うと、霞は……。


「やっぱりさーちゃんって、お母さんみたいだね」


 と言ってきた。私は中学時代これを『婆臭い』という悪意を込められて言われたことがあったけど、霞は家庭的で憧れると言ってくれる。望んでこうなったわけじゃないけれど、そう言われると悪い気はしないかな。


 体育館に着くと、先に来ていた係の子がマットと跳び箱の用意をしていて、よく見ると今日は男子も同じ内容らしく、すぐ横で準備をしていた。


「跳び箱かあ、苦手なのよね」

「さーちゃん、この前のバレーの時も同じ事言って無かった?」


 言った。跳び箱もバレーも、体育はほとんどが苦手なのだ。


 ふと体育館の隅に目をやると、倉庫から跳び箱を運ぶ基山の姿があった。基山はたしか体育係じゃなかった気がするけど、なんで運んでいるのだろう。たぶん良いように使われているのだろうな。

 そいえば、基山から吸血鬼と女子アレルギーのことを黙っておいてほしいと言われたけど、今朝の行動を見る限り、私が喋らなくても本人のミスでばれてもおかしくないような気がする。例えば今日なんか跳び箱二十段を飛ぶとか……さすがにそれは無いか。


 馬鹿な考えはやめよう。それにしても、基山が隠したいと言う気持ちも全く分からないわけではない。実は今朝のホームルームで、先生がこんな話をしていた。


 何でも昨夜、隣町でコンビニ強盗が発生したそうだ。犯人は男三人で、近くで起きた事件だから注意するようにと先生は言っていたっけ。私はそれを単なる情報として受け止めたけど、クラスの何人かは興味を持ったらしく、スマホを使って事件のことを調べ始めたっけ。

 そうして得た情報の中に、犯人の一人が逃げる際異常に足が速かったことから、吸血鬼なのではないかと、ネットでは言われている。とのこと。

 話していた男子は別に、吸血鬼を悪く言ったわけではないし、気にする方が間違っていると思うけど、なにも今無理にカミングアウトすることも無いだろう。面白半分にからかってくる輩がいないとも限らないのだし。


 まあ吸血鬼の方は、気を付けていれば隠せるかな。問題なのはむしろ女子アレルギーの方かもね。

 男子の跳び箱のセッティングを終えた基山は、今度はなぜか女子の手伝いをさせられている。これまた理由は何となくわかる。成り行きで男子のセッティングを手伝ったのだから、そのまま女子の手伝いをしても良い、一つ手伝うも二つ手伝うも同じことだと、持ち前の人の良さを発揮してしまったのだろう。


 基山はマットを運ぶ女子の横でさっきと同じように跳び箱を運んでいる。

 あっ、運んでいた女子がバランスを崩した。あっ、ふらつく女子を基山が支えた。

 ゴメンと謝る女子に基山は笑いながら対応しているけど、若干顔が引きつっているようにも見える。きっと相手が女子だから戸惑っているのだろう。


 女子に可愛がられる事の多い基山を、羨ましいと言う人もいるだろう。私も昨日までは基山に対する印象はそんなものだった。けれど女子アレルギーとなるとそうはいかない。基山は平気そうに振舞っているけど、弱点を知っている私は無理をしてるだろうなと思ってしまう。なんだか不憫だ。


 けどそう言えば、いったいどれくらい苦手なんだろう?

 今朝本人がそこまで酷くはないと言っていたし、もしかしたら私の考えすぎかもしれない。隠す事に協力した手前、把握しておいた方がいい良いかも。少し聞いてみよう。


「霞、ちょっと待ってて」

 霞にそういった後、基山に近づいて行く。跳び箱のセッティングを終えた基山、今度はストレッチを始めようとしている。私はそんな基山に後ろから近づき――

「基山――」


 背中にチョンと指を立てた。


「――――――――ッ」


 基山の体がブルッと震えた。幸い崩れ落ちたりはしなかったけど、くすぐったかったのだろうか。私も背中は弱い方なんだけど、この様子だと基山も相当だ。これからは気をつけよう。


「……水城さん、なに?」


 基山はゆっくりこっちを振り返ったけど、なんだかその表情は怯えたようにも見えて。そんな基山を見ると、とてもどれくらい女子が苦手なのかなんて聞く気にはなれなかった。


「ごめん、後で良いや」


 私はそう言って女子の中に戻って行く。基山にしてみれば、わざわざ背中をくすぐる為に来たのだろうかと思えったかも知れないけど、まあ良いだろう。

 ちょっとだけ悪い気もしたけどそれ以上気にすることも無く、体育の授業を始めるのだった。

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