お隣の吸血鬼くん

無月弟(無月蒼)

プロローグ

プロローグ 1

 穏やかな春の日差しが注ぐ高校の教室で、私は席に着きながら家から持ってきた文庫小説を読んでいた。


 眼鏡を通して、綴られている文字を目で追う。もう何度も読み返した本だったけど、暇潰しにはなる。図書室に行けば読んだ事の無い本も沢山あるだろうけど、生憎私はまだ借りる事が出来ない。というか、そもそも図書室の場所すら知らないのだ。何せ今日が入学式なのだから。


 ふと顔を上げて周りを見ると、入学して初日だというのに、皆それぞれにグループを作ってお喋りに花を咲かせている。

 私も本なんて読んでないで誰かと話でもした方が良いのかもしれないけど、生憎話すような相手はいない。

 諸々の事情で中学から遠く離れたこの学校に入ったものだから、同中の人がいないもの。


 別に人見知りというわけじゃないけど、大した話題も無いのに見ず知らずの人に声をかけようという気にもなれない。まあ慣れてくれば自然と友達もできるだろうから、今日のところは大人しくしていよう。

 そう思いながら教室内を見ていると、ふと目が止まった。

 視線の先にいるのは、席に座る一人の男子生徒。彼も誰かと話をするわけでもなく、私と同じように一人でいた。

 少し大きめの制服を着て、幼さの残る可愛げな顔立ちには見覚えがあった。

 ああ、そういえばアイツがいたんだ。同じクラスだったんだ。


 しばらく見ていると視線に気づいたのか、彼がこちらを振り返り、目が合った。


 ジロジロ見て失礼だったかな?

 そうは思ったけど、やってしまったものは仕方が無い。すると彼はおもむろに立ち上がり、こっちへとやってきた。


水城みずしろさん…ですよね」


 確認するように私の名を呼ぶ。ていうか、何で敬語よ。

 同い年なんだからタメ口でも良いのに。慣れない相手と喋るので緊張しているのだろうか。


「えっと、基山きやま……だったよね」

「はい、基山太陽きやまたいようです」


 太陽……そう言えばそんな名前だったっけ。顔と名字は知っていたけど、名前はうろ覚えだった。

 そんな事を考えていると、沈黙をどう受け取ったのか、基山が気まずそうな顔をする。


「すみません、読書の邪魔をして。もう行きますね」


 どうやら私の機嫌を損ねたものと勘違いしたらしい。別に気にしなくても良いのに。

 どうも私は目つきが悪いのか、相手に威圧的な印象を与えてしまう事があるらしい。基山は見た目大人しそうだし、怖がらせちゃったのかな。


「別に謝らなくても良いわよ。それより、同じクラスになったんだからこれからよろしくね」


 そう言うと、基山はホッとしたように表情を和らげる。


「はい。よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げ、自分の席に戻っていく基山。するとそんな私達のやり取りを見て、周りの男子達が囁いてくる。


「なんだ。あの女子、早くも舎弟を作ったのか」

「女親分と子分だな」


 はぁ、何を勘違いしているのか、好き勝手言ってくれちゃって。

 私はその男子を侮蔑のこもった冷たい目で睨みつける。


「ひぃ」


 とたんに目を背ける男子達。睨まれただけで怖がるくらいなら、聞こえるような声で変な事を言わないでもらいたい。

 基山に視線を戻すと、こちらは気にする様子も無く元いた席へと戻っている。


 さて、さっき『よろしく』とは言ったものの、あんな物はただの社交辞令だ。

 別に彼が気に食わないと言うわけじゃないけど、これから積極的に関わっていくとも思えなかった。何せ家が隣だと言うのに、今日まで名前すら良く覚えていなかった相手なのだから。


 私はこの春から、この学校の近くのアパートに引っ越していた。

 進学に伴い引っ越したと言うわけでなく、家庭の事情で引っ越しを余儀なくされ、それに合わせて進学先も選んでいた。

 そして時を同じくしてアパートの隣の部屋に越してきたのが彼、基山太陽。

 アパートのお隣さんと言っても接点は少なく、たまに挨拶をかわす程度の関係。私が彼に関して知っている事もたかが知れている。


 名前と、一人暮らしをしていると言う事と、あとは……。


 吸血鬼だってことくらいかな。

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