僕の中にいるワンダーねこの名前はたまにゃん

相川青

第1話  「ずーん」という音

 平凡な人生の話なら、きっと聞き飽きているんじゃないかと思う。

 普段聞き飽きているのに、まさかここでまでそんな話は聞きたくないだろう。


 だから、だらだらとした平凡な僕の人生を語りはしないことにする。なんとかうまく 22年ほど生きてきて、この春に就職した。それが僕である。


 どうして、そんな普通の僕の話をことさら文章にしたのか。それは、僕に起きた小さな奇跡を共有することは、みんなの幸せに足しになるかもしれないと考えたからだ。


 少し高慢な考えに聞こえるかもしれないが、もちろん僕もこの話が、誰もかれもに役に立つなんて思ってはいない。


 だけど、何人かにひとりの人には、人生を好転させるすごいきっかけになるんじゃないかと思うんだ。


 だって、僕の知る限りみんなちょっとばかりうまくいって満足している人生か、ちょっとばかりうまくいかなくてどうしようもなくなっている人生ばかりだ。


「ちょっとばかり」と、さらっと言ったけど、実際にはちょっとうまくいかないことは、かなり辛い。


 口にできた口内炎が数ヶ月も治らないのは、人に話すのも躊躇するくらいつまらないことだ。だけど、本人にとってはもう人生どうなってもいいから口内炎治ってほしいと思うくらい、切実な悩みになったりする。


 想像力たくましい人には、それでも辛いかもしれないけど、まあ、想像するだけでびっくりするくらいつまらない話だと思う。


 口内炎なんて、自分が当事者でない限り、つまらない事であるというのが、確認しなくてもみんなの共通見解だ。


 まあ、みんなの共通見解なんていうけど、実際自分がそう思ってるだけで、みんなが共通に思ってる見解というもの自体が、ちょっとした幻想ではないかと思う時もある。今の本題とは関係ないけれど。


 ちょっと話が脱線しかかったけど、ちょっとしたきっかけで人生は大きく変わるということを知ってほしいなと僕は思った。それがこの話を文章にしようと思ったきっかけだ。




 それは、僕が普通よりちょっと頭の悪い大学を卒業して、なんとか地元の食品卸会社に就職した年の7月のことだった。


 いや、まてよ。いきなり7月の話をしても僕の言いたい事は伝わらないかもしれない。だったら、その話の前にそれより前の僕の話も少ししておこう。


 順番が前後するし、平凡な僕の人生を語らないと言った後だから、少しだけ、本当に少しだけ、かいつまんで話そうと思う。


 実は僕には小さい頃から、ふとしたひょうしに聞こえる音があった。それは、「ずーん」という音で、それが聞こえると途端に僕はやる気がなくなってしまうのだった。


 それは何度もなく繰り返されたが、一つ一つ順を追って話すと話すだけで憂鬱になるので、一つだけ実際のエピソードを話そう。その音はこんな感じでやってくるのだ。



 高校の時の僕はサッカー部にいた。サイドバックという、守りながらも時々めちゃくちゃ走って華々しく攻撃する、いや実はだいたいはそう思いながら勢い勇んで前に行くのに何も起こらなかったり、相手の攻撃にさらされて慌てて戻るという、そんなポジションに僕はいて、 2年生の冬にレギュラーを取りかけた。


 それまで一つ上の同じポジションで活躍していた先輩がいて、全国区の選手であるその人だけにはどうしてもかなわないのだけど、その人さえいなければ、間違いなく僕がレギュラーだとずっと思われていた。


 これは僕だけが勝手にそう思っていたわけでなく、一緒にサッカー部に所属していた同級生も日頃、口々にそう言ってたから、本当にそうだったのだと思う。


 そんなレギュラー級の人間がベンチにいるんだから、それはそれで重宝されていた。そして、スーパーサブと呼ばれて後半にゲームの流れを変えて勝利の立役者になることもあった。それも悪くはなかった。


 でも、やっぱりゲームの大半をベンチやグラウンドの線の横ですごすのは高校生の僕には耐え難いことだった。自分が自分の人生の主人公じゃない気がしたからだ。


 今だったらきっと別の捉え方もあったかもしれないけど当時の僕は常に自分が舞台の中心にいたかったのだ。



 それは、同じポジションで活躍していた先輩が冬で引退して、次のレギュラーを決める時のことだった。次のサイドバックのレギュラー争いは、1年のあまりうまくはないが、すごく足が速くて、背が小さい後輩と僕との一騎打ちだった。


 いや、一騎打ちという表現は正確ではないかもしれない。僕はそれほど危機感を抱いてなかったからだ。当然のごとく次のレギュラーは僕だと思っていた。


 足が速くない僕は毎日たくさん練習して、守りのイメージトレーニングをして、たくさん走りこんでスタミナをつけていた。何よりその得点感覚がチームメイトにも監督にも評価されていた。


 だから試合の後半には大体出番があって、全く試合に出ない時は2年生の時の公式試合には殆どなかった。ただやはりレギュラーではなかったので、守り面とスタミナは心配されていた。だけど、そこをクリアさえすれば良かったのだ。少なくとも僕はそう思っていた。


 ライバルがいるとはいえ、まだ荒削りな後輩に対して、僕が有利だとみんなが思っていて、僕のレギュラーはまさに目の前だった。


 もちろんレギュラーにならなくても部活をやる意義はある。しかし、試合に出る部活と試合に出ない部活では、高校生のようなまだ精神的に未熟な時期なら、それはもう雲泥の差があった。


 3年になる前のもう少しで春になる、ある冬の日曜日の学校内の紅白戦までに、レギュラーは完全に固まりかけていた。それが紅白戦の真っ最中に音を立てて崩れ去ったのだ。

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