第25話 一人の侍

 吾輩はもともと、名将めいしょうに仕える名もない侍であった。あるじ武岡たけおか由原よしはら公という、拙者が生きている時代にこの辺りの土地を治めていた女武将だ。

 吾輩にとって主、由原様は目標であったが同時に、いつかは打ち倒さなければならない相手だった。国は他国との戦争状態であったが、勢力内では下剋上の風潮が広がっていた。


 当日、吾輩と由原様は親密な関係にあった。理由はどちらもキムチが好きという単純なものだったが、主従と友人、二つの関係を掛け持つことは拙者にとっては好都合で――――――


 ✳――――――✳

「ストップ、ストップ!」

 話の途中で俺は叫んだ。

「なんじゃ小吉。背丈、名前、力だけでなく、話が聞ける量も小さいのか?」

「うるせえょ! じゃなくて、話がだいたいわかった。あれだろ? 由原さん殺して罪悪感生まれて自害したら刀になってた〜、みたいなのだろ?」

「いや、全然違う」

 違うのかよ。俺はなんで止めてしまったんだ。

「まあ、話は最後まで聞けチビ」

 こいつ、話終わったら売り飛ばしちゃダメかな?


 ✳――――――✳


 その日は戦地に行った翌日で、吾輩も由原様も休暇だった。

 暇を持て余していた吾輩は由原様に提案した。

「由原様」

「なんじゃ?」

「三里程 速走竜リザードドラゴンを走らせたところに桜の綺麗な村があるそうです。今は見頃ですし、ご一緒にいかがでしょう」

「ふむ、桜か。確かに近頃、戦ばかりで花など見ておらぬかったな。城下は自然など無い程まで発展してしまったし。うむ。それではその村とやらへ行こう」

 吾輩はこの観光を機に、由原様を殺してしまおうと思っていた。二人きりで行けば速走竜のせいにでも出来たし、惜しいが村人のせいにも出来る。下剋上には絶好の機会だ。

 なんとか護衛を付けずに二人きりで行くことに成功。吾輩が御者として竜車を走らせ、件の村へと向かった。

「そういえば由原様」

「今は由原でよい。他には誰もおらぬし、友人として来ているのだからな。かしこまって喋る必要もない」

 由原様は笑ってそう言った。

「それじゃあ。由原、今日は満月が一段と輝見えるらしい」

「満月か。是非桜と一緒に楽しみたい。……そうだ、お主は明日も暇か?」

「由原が休めって言うなら、寺子屋の子供たちに剣を教える仕事は休むよ」

「それでは休め。今宵は目的の村に一泊するとしよう」

「ほんと、由原は月が好きだなぁ」

 その時の吾輩は下剋上も忘れ、由原との会話を心から楽しいと感じていた。

 由原様は美しい銀髪で、顔立ちも整っている。一部の兵の中ではファンクラブのようなものも出来ていたらしい。主君に従順なのは良いことなのだが、形として正しいか……。いや、吾輩が言えたことではないのだろうが。

 村に着くとまず、宿を探した。と言っても所詮は村だ。宿屋があるはずもなく、探していたのは泊めてくれる家。由原様の権力で、一件目に尋ねた一人暮らしの男が是非と言ってくれた。

 男と約束を取り付けるとすぐ、桜が咲いている場所を尋ねた。そこはすぐ近くで、男の家からも桜が数本見えた。

「ここからでも充分綺麗なのがわかるな」

「行こうか由原」

 吾輩達は桜の元へ歩いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る