5 今日一日の探索の成果は

「うおっとぉ!」


 ルキの手を離し、体の状態が元に戻った瞬間、すかさず霊刀が俺の首筋に滑り込んできた。

 表面の飛沫が首にかかる距離で、ギリギリ回避に成功する。


「だ、大丈夫ですか、山田さん?」

「あーもういいから」俺は遠ざけるように手を振って、「それ以上俺に近づくな」

「ごめんなさいです……」


 ルキが肩身を狭くしてしょげている。とはいえこっちも命が懸かっているわけで、そう簡単に態度を和らげるわけにいかない。


「もっと優しくしたげなさいよ」

「うるせえなぁ」

「何よ命の恩人に向かってその口の利き方は」


 俺たちは、路地裏の民家と塀に挟まれた幅狭い空間に身を置き、ここでほとぼりを冷ますことにした。

 隠れるには持ってこいの場所だが、赤の他人の敷地内である。いつ家の人に咎められるか内心ヒヤヒヤしたが、幸い人の出てくる気配はなかった。


「もう平気でしょ」

「今日はもう帰ろうぜ。くたびれた」

「了解した。ワチキも疲れた」


 塀を乗り越えて道路に出る。

 手狭な空間の隅に打ち棄てられた石製の仏像らしきものに、アルティアは興味津々の模様だったが、俺やサナギに急かされて不承不承塀から出てきた。


「まさか値打ち物なのか、あれ」

「判らない。風化が進んでいる上、ここでは霊子エーテロンは計測不可能。とはいえ世の中にはまだまだ未知の武具がごまんとある。ワチキが知らないだけかもしれない」


 壊れたサングラス型カウンターの代わりとして使用していた、実用性重視の無骨な第二号カウンターは、陰陽師から逃げる際にうっかりバッグごと置いてきてしまった。今から取りに戻るわけにもいかず、ラップトップを含むアルティアの持ち物はすっかりなくなってしまったのだ。

 けれどもその相貌に落胆の影は少しも差していなかった。


「心配には及ばない。GPSユニットは無事だし、データも丸ごと寮のPCにバックアップしてある。今度帰ったら、スペアのタブレットを用意しておこう」


 そういうことか。なら安心だ。


「弁償したいのであれば、二十四時間いつでも受けつけるが。キャッシュでもカードでも」

『勘弁してくれや。こっちは貧乏高校生なんだからよ』


 全くもってその通りなのだが、お前に言われると無性に腹が立つ。

 ともあれ、ここから帰るには私鉄に乗る必要がある。俺たちは最寄りの駅に向けてぞろぞろと歩き出した。


「それにしてもサナギ、お前あんな切り札持ってたのかよ。ずーっと隠してやがったな」


 駅までの道すがら、俺はわざと挑発気味にそう言い、幼馴染みを睨みつけた。


「べっ別に隠してたわけじゃないけど」

「俺が苦心して逃げ道探してたのは、なんだったんだ? あれ使えば一発で逃げられるじゃねーか」

「そ、そんなことないです。山田さんもすごいです」

「お前は黙ってな」


 突き放すように言うと、ルキは萎縮したように後ろへ下がった。


「あれは狩魔家の法術の中でも、秘中の秘と呼ばれてるものなのよ。頻繁に使うものじゃないし、第一恥ずかしいし」

『恥ずかしいだけだろ。お前にケツばっか見られてさ』


 ケツばっか見ちゃいねーよ。正直、あのときはそんな余裕もなかった。どうせなら、もっと切迫してないときにやってほしかったわ。


「恥ずかしいってなんだよ。俺だって真っなんだぜ。おあいこだろ」

「全然あいこじゃないよ!」

「狩魔、君は女性のワチキから見ても見事なプロポーションだからな。他人に見られたとてさして問題なかろう。うらやましい限り」

「大問題よ!」

「羨ましい、です。はい」


 アルティアの言葉にルキまで同調する。表情は相変わらず暗いままだが。


「何言ってんのよ、ルキちゃんまで」サナギは顔を真っ赤にして「それに、さっきだけで一回分の許容時間フルに使っちゃったから、もう当分使えないよ」

「当分ってどのくらいだ」

「三日くらいは」

「嘘吐くなよ」

『嘘だな』


 だよな。絶対嘘だ。


「嘘じゃないってば。隠形法おんぎょうほうは、どうしても攻撃から逃れたいときに一瞬だけ使うのが本来の用法で、あんな長時間連続でやるのは負担が大きすぎてメッチャきついんだから」

「ホントかよ」

『嘘だな』

「まだ疑ってんの? とにかく、来週からはまたあんたに頑張ってもらうからね。逃げ道探しが唯一の仕事なんだから、サボろうとか考えない!」


 やれやれ。この苦役くえきからは今後も逃げられそうにないのか。

 こうなったら、今日回ったどこかに〈禍座〉があることを祈るしかない。そうすれば、あと一回ここに来るだけで全て片がつく。


「山田に頼みがある。今度あの黒翼部隊が来たら、動画を撮影してくれないか。機材は渡しておく。使い方も簡単。サイズは小さいが高性能フルタイムオートフォーカス付きの……」

「できるかそんなこと」


 俺は本気で祈ることにした。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



『ざーんねんでしたー、ハハッ』

「くっそー」


 その夜、学生寮の寝室。

 スマホに届いたアルティアからのメッセージで今日一日の探索が無駄足だったことを知り、思わず部屋のベッドに倒れ伏した。


「どうかしたんか?」


 相部屋の富田林とんだばやしが歯を磨きながら問いかけてくる。どうということもない普通の生徒だが、人の苦労も知らないで気楽な奴だ。


「いや別に」

「SNSで告ってフラれたか?」

「そのほうがまだマシだわ」

「なんじゃそりゃ」


 〈禍座〉は見つからず、依然として進展はなかった。

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