5 今度の黒服はもっとヤバい

 まさかと思い後ろを見る。

 門柱の中心に黒い人影。けれども先ほどの黒服とは違う。

 異形だった。

 黒の鍔広帽子に黒マント。裾からはみ出したブーツも黒。全身黒に包まれたその容姿に反し、顔面だけが異様に白い。

 仮面だった。

 両眼と口の三ヶ所に細い穴が穿うがたれた、陶器の如き白い仮面。


「誰だ?」

「さあ……初めて見る。少なくとも、あたしたちの味方じゃなさそう」


 マントを勢いよく翻し、仮面の人物は一振りの刀剣を天に掲げた。すらりと伸びた腕も、胴体も、黒の衣服で覆われている。

 仮面以外は何もかもが黒い。黒ずくめの怪人物。


『早速遭っちまったな、噂の黒タイツ男』


 らしいな。けど、ここ駐車場じゃないぞ。


『それにタイツでもねーよなあれ』


 ああ、普通の服だ。噂なんてそんなもんだろ。あと、ただの変態でもなさそうだ。刃物を携行している。もっと始末が悪い。


「実に判りやすい。絵に描いたような不審人物。さだめし今日のラッキーカラーは黒といったところか」


 サングラスを嵌め直したアルティアは、その上からでも判るほど眉を顰めた。そこから聞こえてくるのは、午前中バスの中で耳にした無機質なアラーム音。


「あの剣と、村雨の霊子エーテロンが呼応し合っている……何? 計測不能だと」


 高々と振り上げられた刀剣。刃は普通の両刃だが、柄の部分に幾つもの突起物がついていて、握り締める指の間からそれが何本も突き出ている。奇妙な柄をした諸刃の長剣。


「何度計測しても同じだ。どういうことだ、あの剣、一体」


 アルティアの表情が俄かに曇る。

 真っ先に立ち向かうかに見えたサナギも、しかし前に出るのを躊躇っているようだった。


「ちょっとまずいかも」

「え」

「あの剣……ヤバいよ」

「マジか」


 二十人相手におくすることなく切り込んでいったお前が、たった一人の武器に逡巡しゅんじゅんするなんて。

 カウンターの上限を超える霊子エーテロン。サナギが怯むほどの戦闘能力。

 実はこの状況、相当まずいんじゃないか?

 黒ずくめの剣士が乾いた土を蹴り飛ばし、砂埃を巻き上げ駆け寄ってきた。


「来るよ!」


 サナギが叫んだ。


『おい、さっさと逃げろや。あいつヤベーんだろ』


 逃げるのはもちろんだが、あいつの狙いは多分ルキだ。一直線にルキの許へ向かっている。


「や、山田さん、ルキ、どうしたら」


 それに気づいた少女が、涙目をこっちに向けて数歩ばかり歩み寄る。つまり今度は本当に俺がヤバい。


「おい、こっちに逃げるな」

「ルキちゃん、下がって!」


 意を決したサナギが前に躍り出る。


獅子吼法ししくほうの一、内陣金剛ないじんこんごう!」


 両手で印のようなものを結び、来たるべき一撃目に備える。握り合わせた掌から白光が洩れ光った。見る間に仮面の剣士はサナギの目前にまで迫っていた。


「なんでルキちゃんを狙うのよ!」


 返事の代わりに剣を持った腕が後ろに流れ、黒のマントと同化した。あれが攻撃体勢か?


「問答無用ってわけね……今までの追手とは勝手が違うみたい」


 直後、背後に振りかぶった剣がそのまま振り下ろされる。サナギは刃を打ち返すべく両掌を頭上に翳したが、


「キャアッ!!」


 足下の砂をあらかた舞い上げる衝撃波とともに、サナギの体は後方へ大きく放り出されてしまった。


「サナギ!」

「狩魔!」

「狩魔さん!?」


 斬られるのは回避できたが、完全にサナギの力負けだ。いくら気合いを入れたところで、膨大な霊子エーテロンを宿した武器相手には勝ち目がないのか?

 これって、めちゃくちゃヤバいのでは……。


「狩魔、大丈夫か?」


 地に倒れたサナギにアルティアが駆け寄る。つまるところ、ルキを助けるのは俺の役回りなわけだ。こりゃまた参った。


『何してんだ早く逃げろよ。お嬢ちゃんの次はお前の番かもしれねーぞ』


 だとしても、サナギにルキを任せられない以上、俺だけ尻尾を巻いて立ち去るわけにはいかないんだよ。本心はかなり逃げ出したいけども。

 幸い俺にはアルティアの鞄がある。さっきあいつが使っていた二本のマークⅡとやらがあれば、一瞬だけでも相手を食い止められるかもしれない。そうなったらルキを連れて……。

 しまった。

 俺は連れていけないんだ。近づいたらルキに斬られる。これじゃあ敵から敵を守るようなものじゃないか。うわーめちゃくちゃやりづらい。


「おいルキ、動けっか?」


 銀のバトンを二つ取り出し、用済みのバッグを放り捨てる。


「は、はいです」


 刀の間合いを避け、ルキの前に立つ。


「俺が注意を惹くから、その隙に逃げな」

「え? で、でも」

「寮だ、人の多い所へ行け。全力疾走だぞ、でも転ぶなよ。サナギは心配するな、あいつああ見えてとんでもなく頑丈だから」

「でも、山田さんは」

「なんとかなるだろ」

『何かっこつけてんだ。おら、来たぞ』


 尋常でない速さでズームインする黒衣の白仮面。

 ここか?

 俺は見当をつけた辺りにマークⅡを翳し、同時にスイッチを押した。

 来た!

 剣先が俺に到達する直前、俺と仮面は爆風に包まれた。


「山田さん!」


 俺は敢えなく吹き飛ばされ、数回転がって地面に横たわった。


「う、うーん……」

『おーい生きてっか? まあ俺が無事ってことは生きてんだろうけど』


 な、なんちゅう威力。さすがヴァージョンアップしただけのことはある。これ、保健室だったら四方の壁ぶち破ってたかも。

 だがしかし! おかげで窮状を打破できた。結構な距離を飛ばされたことで、仮面剣士の姿が随分小さく見える。もう俺を追ってはこないだろう。退路を開きつつ目眩めくらましを一発かます。ここまでは計算通り。


「いいから逃げろって!」


 黒衣の仮面への効果はというと、何歩か後退りさせた程度に留まったが、それでも煙と砂塵で視界はかなり悪くなったはずだ。後はどれだけやっこさんを足止めできるか。

 地面に伏し、ルキに眼をやる。

 頼りない足取りだが、やっとのことで向こうへ走り出したのが見えた。涙を振り払うように、懸命に走っている。走ってはいるが、女子寮までの道のりはまだまだある。

 仮面もマントで砂煙を払いつつ駆け出す。


「サナギ!」


 俺は姿勢を整え、マークⅡの片方をサナギ目がけて放り投げた。サナギかアルティアのどちらかが、これで今一度仮面を喰い止めてくれることを期待して。

 だが、仮面の頭上を越えていくかに思われたバトンは、放物線を描くその途中、件の仮面が振り上げた剣にスッパリ両断されてしまった。

 剣の周りに多数の火花が散り、火の粉が帽子に降りかかる。仮面は再度立ち止まりマントを大きく振りあおいだ。


『偶然にしちゃやるじゃねーか』


 ま、まあな。ていうか、狙ってやったことにしてもいいんだけど。


「追一、ナイス!」


 珍しくサナギに褒められた。おし、今のうちだ。もう一つのマークⅡを投げようと腕を後ろに引いて……。

 俺はそのまま動けなくなった。

 煙の中よりおぼろに浮かび出た白の仮面が、こっちを向いていたからだ。

 顔だけじゃない。体ごとこっちに向き直っている。滑るように足が動いた。

 こいつ、標的を、俺に変えやがった。

 脳内に警報がこだまする。それはアルティアのサングラスのアラーム音よりも数段虚ろな響きだった。


「山田!」

「追一!」

「や、山田さん!」


 後ろは玄関口だ。中に逃げ込むか?

 あの手の武器なら、狭い場所に誘い込んだほうが得策。その前にもう一発、こいつをかましておくか。

 俺は目標を定めてマークⅡを投げつけた。奴がまた剣で払った隙を突いて、校舎に向かおう。一旦校舎にさえ入ってしまえば、隠れ場所はいくらでも見つかる。

 けれども、飛んできたバトンを、仮面はなんと空いているほうの手でガッチリ受け止めてしまった。歩調を些かも緩めることなく。これは完全に計算外。


「やべっ!」


 俺は大慌てで猛ダッシュした。が、気配はすぐ背後まで迫っていた。


「山田さん!」


 ルキが泣きながら走ってくる。

 おい、お前まで来てどうする。俺にとどめを刺す気かよ!

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