イングランド――ハンプシャー州

森林深くの忘れ去られた大聖堂

 所はイングランド。物々しい空気に包まれた天井の高い礼拝堂。


司祭「大司祭、大司祭はおられますか!?」

大司祭「ここにいる」

司祭「プリンシパリティーズが、全滅いたしました!」

大司祭「……なんということだ」

司祭「ドミニオンズも半分近くやられた模様です」

大司祭「ケルビムは?」

司祭「交戦中です。ですが、このままでは、押し切られるのも時間の問題かと」

大司祭「黄金の夜明け団に連絡は?」

司祭「しました。ただ、情報が錯綜しすぎていて、いつ増援が来るのかまでは」

大司祭「なんということだ。イングランド国教会の〈表の顔〉であるウィンチェスター大聖堂のみならず、〈影の心臓シャドウ・アトリウム〉たるこの名も無き大聖堂にまで魔の手が迫ろうとは」

司祭「大司祭は奥の間へお逃げください」

大司祭「ここも危ういのか……恐ろしい。なんと恐ろしい」

司祭「我らがついております。ご安心ください」

大司祭「敵は何者なのだ? 聞くところによると、敵は単身乗り込んできたというが」

司祭「はっ。そのようでありますが、一方では、自在に空を飛び回っていたなどという信じがたい報告もあり、やはり情報が混乱しているのではないかと」

大司祭「たった独り、しかもほぼ無傷で、精鋭揃いの我が薔薇十字兵団をここまで苦しめるとは……一体何が目的なのだ。神秘主義組織の掃討か? とうとうこの混迷の世に、蝙蝠こうもりの翼を有した本物の悪魔があらわれ出たのではないか?」

司祭「どうかお気を確かに……しっ! お静かに」

大司祭「どうした」

司祭「……誰かこちらに」

大司祭「敵か!?」

司祭「いえ、この跫音には聞き憶えが」

配下「大司祭! 大司祭!」

司祭「おうお前か! 大司祭はこちらだ」

配下「申し上げます、敵が、いなくなりました!」

司祭「敵が? ケルビムが撃退したのか?」

配下「いえ、ケルビムは死力を尽くして抗戦を続けており、とはいえ力の差は埋めがたく、突破されるのは時間の問題でした。ところが、敵は宝物庫の中を一瞥するや、それらには一切手をつけず、不意にきびすを返しまして」

大司祭「……いなくなったのか」

配下「はい、それまでの暴威が嘘のように、それきり一度も刃を交わすことなく」

大司祭「助かった、というわけか」

配下「はい」

大司祭「助かりはしたが、大きな敗北だ」

司祭「元気を出してください、大司祭。宝物庫の中身は全部無事だったのですから」

大司祭「盗まれて困るものなど、あそこには一つもない」

司祭「…………」

大司祭「宝石や貴金属で飾り立てた、ただの虚飾だ。我らの敵は、恐るべき有翼の悪魔は、本物の聖なる器物を求めていたのだろう」

司祭「大司祭……」

大司祭「あんな紛い物に信仰は宿らぬ。真の信仰は、人間の心の中をおいてほかには宿らぬのだ」

司祭「…………」

大司祭「全て見透かされたのだ。我々の完全なる敗北だ。壊滅以上の痛手と思わねばならぬ」

司祭「はっ……!」

配下「御意に、ございます……!」

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