3 オアシスに吹く爆風

「こんちはーっ、センセーいるー?」


 とんだ来客だ。よりによって、俺のサボり仲間二人が、肩を組んで声高らかに入室してきたのである。


「おっ、追一じゃねーか!」

「なんだ、お前こんな所にいやがったのか」


 お調子者として人後に落ちない青汰と、クールな佇まいにニヒルな雰囲気を漂わせる紺画の登場に慌てたのはルキだ。布を外してしまった日本刀を即座に隠すこともできず、二人に背を向けて俯くのが精一杯のようだった。そんな微妙な空気を読めるはずもない二人は、ずかずかと室内に入り込み、俺目がけて突進してきた。


「コラ、そこ走らない」

「だってセンセー、こいつ最近付き合い悪いんだぜ」

「同意するね。今日だって昼メシ来なかったし」


 けれども、先生の忠告を無視したはずの二人の脚は、俺に到達する前にその動きを止めた。紺画の前を行く青汰が、海外からの転入生と日本刀を持つ少女に気を取られたからだ。

 青汰はまず、アルティアの透き通るように白い顔を品定めをするようにつくづくと眺め、やがて後ろを向いて恥じらい気味に頬を染めるルキのところで視座を固めた。不意に訪れる沈黙。視点は動かない。釘づけと呼ぶに相応しい様子だった。

 自力で金縛りから脱出した青汰は、何故か俺に敵意の眼差しを注ぐと、


「おい追一! てめー約束破ったな」

「あ? なんのことだ」

「転校生がカワイコちゃんだったら、紹介しろっつったろーが!」


 と、ルキのほうを指差して叫んだ。

 この男、とんだ勘違いをしている。ルキを転校生と間違えているらしい。


「違うぞ、青汰」訂正したのは後ろに控える紺画だった。「そこにいるのはうちのクラスの暁月だよ」

「何? そ、そうか」

「追一、あんた青汰とそんな約束してたの?」


 サナギが軽蔑するように眼を細め、指の骨を大袈裟に鳴らし始めた。単なるポーズと判っていても恐ろしい。


「いやあの、これにはカナヅチでなくても溺れそうなくらい深い訳が」

「何言い訳してんだコンニャロー、海より深く反省しろ!」


 青汰が両手を挙げた熊を思わせる姿勢で襲いかかってきた。だが所詮は素人。俺様にかかれば躱すのも容易い。


『おいおい、そっちはヤバくねーか』

「あっ」


 すっかり高を括っていた俺は、背後に居合抜きの達人が控えているのを今頃になって思い出した。そ、そうだった。後方には逃げられない……。


「おらー」

「いてッ、やめろっておい、アイタタタ」


 結局俺は青汰に捕らえられ、後ろを取られ羽交い締めにされた。まあ刀の餌食になるよりは遥かにましだ。


「あなたたち、じゃれ合うなら廊下でやってちょうだい。ここは格闘技のリングじゃないのよ」


 苦言を呈する寺島先生。憩いの場を司る学校医として当然の態度である。もっと言ってやって下さい先生。先生への愛をあっさり捨てたこの浮気者に、容赦ない言葉の鉄槌を!


「こんにゃろー」

「う、うぐぐ……」


 けれども浮気者は力を緩めない。もはや腹癒はらいせでもなんでもない、ただの力試しに成り下がっていたが、青汰は知らないのだ。俺の前に座る、そして青汰をその横顔だけで釘づけにした女生徒が、不用意に近づいた俺を、なんの躊躇いもなく斬り捨てることができるということを。

 青汰はじりじりと前進する。俺の身体もつられて前に進む。


「ルキ……ど、どけ……」


 やっと事態を察したのか、はっと立ち上がり脇へ下がろうとするルキの、左腕が、膂力りょりょくを溜めるように〈く〉の字にしなっている。やっべ、もう攻撃態勢に入ってるじゃねーか!

 こ、これ以上後ろには下がれない。

 次にあの左腕が動いた瞬間、俺は、斬られる。

 左腕が伸びる。

 う、動けねえ。

 空を切る音。

 凶刃が、無慈悲にも俺の胴体に……。

 直後、強烈な爆発音が校内のオアシスに轟いた。刀身が腹部を襲う直前、俺は腕を取る青汰ごと真横に吹き飛んだ。


「うぎゃっ!」

「あでっ!」


 電流爆破デスマッチを思わせる、そしてそれをしのぐであろう爆風。冷たいリノリウムの床を何回か転がったのち、俺は横手の壁面に頭から突っ込んだ。前頭部に穏やかならぬ衝撃。

 な、なな、なんだ今のは。地雷でも踏んだか? ここ保健室だぞ。何が起きたんだ?

 辛うじて首だけ向き直る。

 斬られる寸前まで俺がいた地点に、濛々と煙が上がっている。数名の咳き込む声が聞こえ、次第に視界ははっきりしてきた。


「危ないところだったな、山田」


 そう呟く転入生の手に、懐中電灯風の銀色をした筒が握られているのが確認できた。

 あれで俺たちを吹き飛ばしたのか?


「ちょっと、ここ火気厳禁よ!」


 堪らず叫ぶ寺島先生。


「火気ではないからセーフ」しかしアルティアはどこまでも冷静だった。「斥力を持った特殊な霊子エーテロンの特性を利用した、目眩ましのようなもの」

「ど、どこが目眩ましだよ! 完全に凶器じゃねーか」


 俺の隣で仰向けに倒れていた青汰が、掠れ声で文句をつける。一分の過誤もない、真っ当な正論だ。


「出力の調節は今後の課題だが、現に助かったのだから問題ない。結果オーライ」

「なんなんだ、あの女ァ……おい追一、やべーぞあいつ」

「あ、ああ、かもな」


 俺も納得せざるをえない。いや、俺だけじゃない。室内にいる誰もがアルティアの危険性をひしひしと感じ取っていたに違いなかった。ところが。

 そんな中にあって、例外が独りだけいた。


「ね、ねえ君! ちょっといいかい? その装置、君が造ったのか? それの仕組み、良かったら僕に教えてほしいんだけど」


 衝撃で亀裂が入った黒縁眼鏡もそのままに、息急き切って質問を浴びせかける紺画の姿を、俺は別世界の出来事のようにぼんやりと見上げるしかなかった。


「今の爆発はニトロか何か? 熱プラズマじゃないよね」

「大したものではない。霊子の封じ込め実験を兼ねた試作品。実用化には程遠い」

「霊子……エーテロンか。すごいよこれ、励起れいき状態を人為的に創り出せるなんて。こんな小さな機械で……おや? んんん?」


 感心した顔で装置を眺めていた紺画は、やがて持ち主の相貌に割れた眼鏡を無遠慮に近づけると、無数のヒビの奥にある両の眼を白黒させ始めた。



「き、君、も、もももしかして」

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