2 ワールド・シェイカー
一体この地球上で、何事が起きているというのか。
「そう。
呪物や秘宝が、盗まれている?
視線を幾重にも交錯させた一同の眼が、やがて申し合わせたように霊刀の現所有者のところで止まった。
「ル、ルキじゃないですぅ!」
「だろうな」涼しげに言うアルティア。「ともあれ、ワチキはこの大規模盗難事件が、ワールド・シェイカー出現の前触れではないかと睨んでいる」
「ワールド・シェイカー?」
次から次へと奇っ怪な語句が飛び出し、正直ついていくこともままならない。
「和訳すると世界
「……いや、更に判りづらくなった気がする。英語でいい」
「この世界に多大なる影響を与えることを、予め宿命づけられた者のこと。先に挙げた宗教家・思想家の面々は固より、アレクサンドロス大王やフン族の王アッティラ、チンギス・カンといった征服者……近代では、かのアドルフ・ヒトラーもワールド・シェイカーだったのではと言われている」
「行為の善し悪しは問わないわけね」
首肯する代わりに、アルティアは軽く微笑んでみせた。
「悪の存在でもありうる以上、あるいは呪物の数々を盗み出しているのが、ワールド・シェイカーその人なのやもしれぬ」
「窃盗団を結成してるとかかも」
「いいや、集団による犯行ではないらしい」
「まさか単独犯?」
『なんつーバイタリティ』
お前、英語知ってるのか。
『ったりめーだ。俺様の語学力なめんなよソウル・ブラザー。お前の貧困なボキャブラリーとは訳が違うんだ』
……俺の
「さすがに単独犯説はあまりに非現実的だから、少人数による分担制という推測が有力視されている。ワールド・シェイカーが同じ時代に複数出現することは、宗教家たちの例からも充分ありうる。それと、これは確定情報ではないが、その窃盗犯が東洋人らしき言語を用いたとの噂もある」
「ルキじゃないです!」
視線が集まる前にルキは声を荒げた。
「判った判った」
「しかし、村雨の驚異的な霊力からして、遠からず所在を探り当てられ、狙われることになろう」
「狙われる……」
ルキの上体が硬直する。アルティアはサナギに向き合い、
「先の一味に関しては、狩魔を全面的に信頼してよいのか?」
「あ、昨日の四人ね」困り顔のルキを励ますように、そのほっそりした腕をさすりながら、サナギは言った。「あの人たちは問題なし。間違いなく犬塚を守護する里見衆よ。悪い人たちじゃない。昨日もあの後でちゃんと事情説明して、ルキちゃんの手から離れるまで手出ししないよう釘刺しておいたから」
「端からあっちに任せたほうが良かったんじゃないか」
つい本音がポロリ。
「何無責任なこと言ってんのよ。それだとルキちゃんが困るでしょ」
一方、俺の処置を済ませた寺島先生は、よいしょ、と自身の椅子に腰掛けると、部屋の中央に立つアルティアをじっと見据えて、
「紀元前の昔に比べると、えらく手癖の悪い世界震駭者が出てきちゃったらしいわね、アルティアさん」
からかうような口調で言い、すらりとした両脚を優雅に組んでみせた。これぞ脚線美。
『お前今、あのミニスカの奥にある何かを期待しただろ』
…………。
「でも、そうやってお宝を集めて、一体何をしようというのかしら。古物商に売り払うつもりなら、ほかにももっと高値のつく財宝が幾らでもあるんじゃなくて?」
「目的……それはまだ判らない」アルティアは正直に答えた。「真相は草の、草……ええと、そう、
『そこに俺の謎は付け加えてもらえないのかねえ』
自分を謎呼ばわりするか。大体な、前の休み時間に彼女も言ってただろうが。サングラス型の装置で何度計測しても、俺のSF値はほぼゼロ。誤差の範囲内に過ぎないって。
サナギに訊いても、よく判らない、憑いているようないないような、言われてみれば見えるような気がしないでもないけど……ってな具合に断言を避けられるし。
判るか? この俺がたった独りで、誤差の範囲内であるお前の謎を一身に背負ってるんだよ。
「ど、どうかしましたか?」
不意にルキに声をかけられ、我に返った。心配そうな様子で少女が俺を見ている。
「いや別に」
俺は刀の間合いを避けて回り込み、デスクの上に置かれた白い布を手に取った。皮膚に染み入るような冷たい感触。
「まだ濡れてる」
「それを巻いても、結露現象が収まらないのよね。定期的に乾かすか、別のと交換してあげないと半日でびしょ濡れになっちゃうの」
「然るべき鞘があればよいが、ご神体の中から抜き身で出てきたとなると、もうどこにもないのだろうな」
「先生、水滴の調査結果って来てないんスか?」
「ええ。明日には届くと思うけれど」
なんならワチキが調べようか、と挙手するアルティアに、ご厚意はありがたいけれど、もう麓の専門機関に調べてもらってるから、と先生。その返答に、アルティアの細眉が片側だけ動く。
「理化学研究所か。それ知ってる。あそこはワチキも設計に関与したし、所長とも面識がある」
「……ええ?」
『んなバカな』
さすがにこの発言には全員開いた口が塞がらなかった。
「あそこなら検査ミスもなかろう。安心するがいい、大船に乗ったつもりで待て」
いくらなんでも、そりゃ冗談だろう? 語学や霊的知識に秀でているのは認めるが、一介の高校生に科学研究施設の設計なんて不可能だ。
『とんだビッグマウスだな、この異国から来たマッドガール。俺以上の舌先三寸っぷりじゃねーか』
今回ばかりは、心の声に完全同意せざるをえない。この大口、お前の比じゃないわ。
「ただ、さほどのんびり構えている場合でないのも事実」周囲の驚きなど意に介さず、マイペースな口調でアルティアは続ける。「既に中国の秘密結社組織を統べる徐福
漆黒の瞳に情熱の炎が宿っている。いや、それよりも研究所の話をだな……。
もう一度
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