5 筋金入りの逃亡者気質
「この近辺の退魔というと、狩魔家か?」
リーダー格の仁の
「ええ、狩魔サナギ。まだ若輩の身だけど、一応免許も持ってるよ」
「うむ、それならば、我らに手を貸してくれるのだな」
「ちょっと待って。その前に」
と、サナギは怯えて立ち竦むルキを気遣うように見つめ、それから仁の……仁でいいか……仁に向き直った。
「あなたたちが動いてるってことは、この刀、ひょっとして」
「左様。
「ムラサメ……本物の?」
「いかにも」
惚けたようにサナギは言葉を洩らしたが、この隙に抜け出そうとしていた俺を見落とすほど気を緩めてはいなかったようだ。
「ねえ、何逃げようとしてんのよ追一」
「いや、俺はただ、ルキを助けようとしてだな」
「じゃあ方向逆でしょ。よくそんな白々しい嘘吐けるわね。ていうより、どうしてこのタイミングでここから離れようと思うわけ? 少しはこっちの事情とか気になったりしないの?」
「だってほら、なんだかお前も敵に回りそうな雰囲気だし」
「や、山田さん……!」
俺のほうに駆け寄ろうとするルキを追手らが阻む。
「ど、どいて下さい。どかないと、ルキ……斬りますです」
少女は白布巻きの刀を懸命に翳してみせたが、お世辞にも全然サマになっていない。あれじゃあ虫一匹追い払うのにも難儀するだろう。
「ルキちゃん、危険だよ!」
「やめよ。前に言ったであろう、お主に扱いきれる代物ではない」
「本気です! ルキ、ルキ……」
涙声を振り絞り、ルキが叫ぶ。
「ルキには、最強の逐電士さんがついてるんですからっ!」
それを聞いた男たちが
「なんと、ではこの男こそが逐電士であったか」
「今朝は空とぼけておったのだな」
「よくも
「今度は逃がさぬぞ!」
口々に言う四人。だが、事態はこれだけでは済まなかった。
「追一。今の話本当なの?」
サナギの声が冷たい。本気で寒気を覚えるほどに。
「返答次第じゃ、ただじゃおかないんだけど」
「い、いや、この娘の勘違いだって」
「間違いありませんです。山田さんは、史上最強の逐電士ですっ!」
な、なんか形容が大袈裟になっている気が……。
サナギの眼がギラリと光る。氷の視線。
「ふーんそう。逃げるしか能のないあんたに、そんな実力があったなんてね。まあいいわ。だったら全力でねじ伏せるのみ」
語尾が歯
ていうかルキの奴、何でたらめ言ってやがんだ。みすみす火に油を注ぎやがって。どさくさに紛れての脱出計画が台無しじゃないか。
『どーすんだよ。逃げる以外に取り柄ないんだろお前は』
悔しいけれど全くもってその通りだ。こうなったら逃走経路を練り直すしかない。
通用口へ辿り着くには四人の追手を乗り越え、ルキの刀を躱し、なおかつサナギの攻撃を避けねばならない。言わばここにいる全員が敵。見通しは限りなく暗い。このルートは諦めよう。確率で動く俺みたいな人間には、死中に活を求める真似は不可能だ。そこまで剛胆でもないし。
『平気じゃねーの? 抜き身じゃないあの刀と木刀なら、しこたま打たれても打撲程度で済むだろ』
冗談じゃない。急所狙われたら命取りだわ。
『ほかに出入り口ないのか?』
ない。残る三方向は柵。その向こうは……。
『あんなもん背面跳びで越えられるだろ』
アホかお前。跳び越えた後どうするんだよ。どんな受け身の達人だって、この高さから地表に飛び降りるのは自殺行為そのもの。
『じゃあ上だ上。上空に逃げるとか』
そこまで言うなら、タケコプターの一つでも出してくれるんだろうな?
『タケ、コプター? なんだそれ。ヘリコプターじゃなくてか?』
もういい。四次元ポケットから何か出してくれるどころか、俺の体からすら出られないお前に訊いたのが間違いだった。時間の浪費だ。最初から独りで考えるべきだった。
「最早逃げ場はないぞ。我らを
こりゃ完全に怒らせちゃったみたいだ。どうしたものか。
不意に風が強くなった。
追手たちの和服の袖が大きくはためき、幼馴染みの長い髪が横に
……何か聞こえる。風以外の音が。
『俺なんにも喋ってねーけど』
お前の声じゃない。なんだ、この音は?
風音に混じって聞こえる場違いな騒音。俺は耳を澄ませて上空を仰ぎ見、すぐに音の正体を突き止めた。
「ヘリか……!」
刻一刻と迫る宵闇に抗して白みを残す夕空に、更に白く浮かぶ一点の星。それはローターを唸らせて飛来する、一機のヘリコプターだった。
「こっちに来るよ!」
音量を増す騒音に負けない大声でサナギは叫んだ。屋上に狙いを定めたのか、ヘリコプターはぐんぐん高度を下げ、その姿を瞬く間に大きくしていく。
屋上の中央付近にいた俺は、耳を覆いながら片隅に退いた。
ここに着陸するつもりか? ヘリポートじゃあるまいし。
速度を落とし、ゆっくりと下降するヘリに全員の視線が集まる。
あ、今なら逃げられるかも……。
『お前、筋金入りの逃亡者気質なんだな』
轟音の中でも例の声は鮮明に聞こえた。耳で聞くのではなく、脳裏に直接響くような感覚だからだろう。
『ねーちゃんと連中のやり取りはともかくとしてさ、このヘリにもなんの興味も湧かねーのかよ』
興味? なくはないけど、今が千載一遇の逃げるチャンスなんだぞ。優先順位に変動はない。
『お前ってさー、逃げに関しちゃ超高校級のエキスパートだよな。脱帽するぜ』
お褒めに
『あのお嬢ちゃんはどうすんだよ』
ルキのことか。大丈夫だろサナギがついてるし。
『ったく訳わかんねーなお前は。助けたり助けなかったり』
助けないとか言うな人聞き悪い。サナギがいなかったら俺だって必死こいて対策練るっつーの。ここは暴力のエキスパートに任せるほうがルキにとっては安全だし俺にとっても得策なんだよ。
ヘリコプターは完全に着地したが、上部のローターは相変わらず回転し続けている。見ると、横のドアが開いて、中から人間が一人出てきた。
うちの高校の制服を着ている。しかも女子だ。ストロベリー・ブロンドの派手な巻毛が空をバックに業火の如く舞い上がる。
機内にいる今一人の人間が入念に縛られた手荷物カートを降ろすと、挨拶らしい会話もなく扉は閉ざされ、あっという間にヘリは急上昇していった。
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