第3章 幼馴染みと転校生と

1 何処へも行かない三匹

「こないだこいつと町に下りてさ、そしたらカツアゲに遭っちまって」


 揚げパンを半分ばかり食べ終えた青汰せいたが、口許にシナモンと砂糖をまぶしたままそんなことを言い出した。


「マジで?」

「大マジ。近所のヤンキーどもがホムセンの前に溜まっててさ、有り金全部持ってかれた。ひっでえ話だろ?」

「青汰は五百円かそこらじゃないか。はした金だよそんなの」

「うっせーよ。お前が誘うから、あんな目に遭ったんだ」


 そして憤懣やるかたないといった様子で、横に座る紺画の太ももを殴りつける。紺画は啜ったカップラーメンの麺をねんごろに咀嚼そしゃくしながら、


「やめろって、こぼれる」

「俺の金返しやがれ」

「八つ当たりはよせよ。僕のほうが損害額でかいんだ」

「あーあ、お前も誘っときゃ良かったぜ。お前逃げ足抜群に速いもんな、追一」

「けど、一緒にいても結局逃げ切れるのは追一だけじゃないか? どのみち捕まるぞ、青汰と僕は」

「そうだよなあ。あーもう、どうにかなんねーかなあ、あそこのゲーセン行きてーのによー」


 二学期初の昼食タイム。俺はいつもの面子と中庭のベンチに並んで座っていた。

 気温は上昇する一方だが、一面天然芝の緑豊かな景観と吹き渡る風のおかげで、さほど熱気は感じられない。周辺のベンチにも、弁当やらおにぎりやらを口にする生徒の姿が少なからず見受けられた。

 阿川あがわ青汰と吽野紺画は、一年の頃のクラスメイトだった。入学直後から早くもサボり癖の出始めた俺は、同じ傾向にあったこの二人とすぐに仲好くなり、それから一年後、クラス替えで組がバラバラになっても、メシ時や休日にはこうしてつるむ機会が多かった。当然ながら、教師連中には三人揃って眼をつけられていたのだが。


「俺ら不良じゃないから、ああいうケンカっぽいの苦手なんだよなあ。授業はしょっちゅうフケるけど」

「全くだ。こんな平和主義者から金をたかるなんて、横暴にも程がある」

『なんなんだ、こいつら。口だけは随分と達者だな』


 文字通り口だけのお前には言われたくないが、別に俺の焼きそばパンを横取りするわけでもなかったので、ここは無視するに留めておいた。


「そういやさ、転校生来てたろ、お前のクラス」

「転校生?」


 二限と三限は受けたが、そんな様子はなかった。いくら授業をサボり気味でも、一人増えればさすがに気づくだろう。


「ほかのクラスじゃないのか」

「いやいや、Fだって。今日から登校してるはずなんだ。もっとよく確かめてみろよ。んで、もし女の子の、それもかなりの美人だったりしたら、ぜってー紹介しろよな」


 両の眼をギラギラ瞬かせて青汰は息巻いた。


「お前、寺島先生一筋じゃなかったのか」

「大人の妖艶な魅力もいいけどさ、清楚なお嬢さまタイプも全然悪くないと思うぜ。俺平等主義者じゃん」

「知るかそんなもん。男だったらどうすんだ」

「別に。お前が仲好くすれば?」

「電子工学に詳しそうな人だったら、僕も是非交ぜてくれ」紺画が鼻先にかかった前髪を掻き上げて、「クラウド・コンピューティングの今後について議論したいんだ。性別は問わない」


 ……俺たちを結びつけるのは授業に出ないという一点だけで、長い夏休みが明けてもお互いの嗜好しこうは相変わらずなことを、今の会話で図らずも再確認できた。

 その後も続く二人の転校生談義を無言で聞き流しつつ、ウーロン茶で渇いた舌を潤していると、突如ベンチの後方から、


「ちょっと」


 という敵意剥き出しの聞き慣れた声がした。

 うっわ、もう来やがった。


『何ビビッてんだよ』


 これがビビらずにいられるか。俺は手にした缶を危うく取り落とすところだった。殺人犯に追い詰められた、サスペンスドラマの主人公のような心境だ。


「お呼びだぜー追一ちゃん」


 茶化す青汰に舌打ちだけして、吐息混じりに振り返る。

 そこには、腰に手を当てて傲然と仁王立ちする漆黒のロングヘア、散々見すぎてとっくに見飽きた幼馴染みの姿があった。


「なんだよ」

「なんだよじゃないでしょ。どうして保健室に顔出さないのよ」

『すげー怒ってんぞ、この女。こいつ確か、休み時間にお前が話しかけてた奴だろ』


 そうだよ。クラス替えでとうとう同じ教室になっちまった、鬼より怖い腐れ縁の……狩魔サナギだ。


「今日はルキちゃんとご飯食べるって言っておいたじゃない。もう忘れたわけ? ちゃんと憶えときなさいよカラッポ頭!」

『うわっ、しかもかなり口悪いぞ。空っぽなのは否定しねーけど』

「忘れてねーって。でも購買から保健室行くと遠回りなんだよ」


 しかし当の相手は地響きを立てそうな勢いで歩み寄ると、いきなり掴んだ俺の耳朶みみたぶをちぎらんばかりに引っ張り、そして、


「ゴチャゴチャうるさい! さ、行くよ」


 と、そのまま俺を引いて行こうとする。痛い痛いっての!


「痛えよ、おい、イテテテッ! ちょ、待てって」

「あんたはルキちゃん待たせてんだからね。早く歩きなさいよ」

「セータ、た、助けてくれ。おい、コンガ」


 慌ててベンチに手を差し出したが、それを掴み取ってくれる親友はおらず、五本の指は虚しく宙を掻きむしる。そこには両手を合わせて俺の冥福を祈る、裏切り者が約二名いるばかりだった。


「元気でなー。あと寺島センセーによろしく」

「右に同じく」

「お前らなぁ……」

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