2 賢すぎるよ! す~ぱ~こんしぇる

「ところで暁月さん、幾つか気になることがあるの。ちょっと質問していい?」

「は、はいです」


 緊張に背筋を伸ばす少女。


「今朝あなたが出くわしたっていうその男の人たち、何か心当たりはないの? 顔見知りではない?」

「……ないです。全然、知らない方々でした」

「そう。なら、やはりその刀がお目当てってことなのかしらね」


 あいつらは一体何者なんだろう? 追う際の分担作業や深追いせず引き返した辺りを考えると、プロの刺客っぽい気がする。もっともプロの刺客になんか遭遇したことがないので、詳しいことは俺にも判らない。


「そういえば」恐る恐るといった態度で少女は口を開いた。「里見がどうとか、言っていたような気がします、です」

「里見?」

「た、多分。あまり記憶に自信ないのですが」


 俺も記憶を手繰たぐる。確かに、この娘を難詰なんきつする言葉の中に、里見衆とかいう語が入っていたような。


『なんだ里見衆って』


 俺が知るか。


「暁月さんに、思い当たるふしはないのね?」


 沈黙が流れる。無言で否定の意を示したのだろう。風にそよぐ窓先の木立の音がここまで聞こえてきた。


「里見ねえ。ところでこれ、とても立派な日本刀に見えるけれど」


 感心するような声で先生は切り出した。


「一体どこで手に入れたの?」

「そ、それがその、実は……」


 少女が訥々とつとつと語ったところによると、問題の日本刀は彼女がとあるほこらの中で〈うっかり壊してしまったご神体〉より見つけ出したものであるらしい。


「ご神体って、そんな簡単に壊れるのか?」


 体を起こして思わず口を挟むと、少女はこっちを向いて、す、すみませんです、と頭を下げた。


「ルキが悪いです。初めはその、祠の入口でつまずいて、転んだだけだったのです。そうしたら、どういうわけか、ご神体の大きな石にヒビが入ってしまったみたいで」

「転んだら、ご神体にヒビ?」


 途中経過がすっぽり抜け落ちている。因果関係が判然としない。しかしその点に関しては、ルキと名乗るこの少女自身ですら説明できないようだった。


「それでその、立ち上がろうとしたら、ご神体の中から、何か長いものが転がってきて、なんだろうって掴んでみたら……」

「その刀だったわけね」


 寺島先生の眼鏡がキラッと光ったように見えた。腕組みしたその上に見える美しい形の双つの丘陵が、ついつい眼に入ってしまう。先生、強調しすぎです。


『センセーッ、こいつセンセーのこと相当エロい眼で見てますよ! 早く逃げて逃げて! 襲われるよ!』


 俺はがっくり項垂うなだれて頭を抱えた。男の性にまで口出しする気かこいつは。


「となると、その祠が怪しいわね。ご神体の石以外は何も壊して……壊れてないのかしら?」

「はっはいです。でも、石のほうはバラバラに砕けてしまって」

「なるほどね。それっていつ頃の話なのかしら。昨日か一昨日ぐらい? もっと前?」

「三日前です」

「祠に向かったのはあなた独り?」

「はいです」

「目撃者は無し、と。ところで、その祠に足を運んだのには、何か理由があるのかしら。もし良かったら、そこのところも聞かせてほしいわね。無理にとは言わないけれど。たまたま通りかかっただけ?」


 少女は何やら言いにくそうに口もっていたが、やがて意を決したのか、


「が、願かけ……みたいなものです」


 とだけ言った。


「判ったわ。ありがとう」先生はにっこり微笑んで、「夏休みの間中、ずっとお家にいたのよね。ご家族の方には報せてあるの?」

「いえ、先週から、家には誰もいないです。パパとマ……両親は、急用で海外に出かけてしまって」

「そうなの。じゃあ今朝まで暁月さん独りでいたのね」

「あの、それが……昨日のことですが、思い切って、会いに行ったのです」

「会いにって、誰に?」

「〈賢すぎるよ! す~ぱ~こんしぇる〉の方に」

「スーパーコンシェル?」


 それを聞いた俺と先生の声が図らずも唱和する。正確にはもう一人(?)いたが、数に入れる必要はないだろう。


『ひでーなお前』


 無視無視。


「初耳ね。商号にしてもなんだか変わってるし。ちゃんとした会社なのかしら?」


 少女いわく、小規模経営のよろず屋コンサルタントを本業とする会社らしい。どんな風変わりな依頼でも快く相談に乗るという、以前郵便受けに入っていたダイレクトメールのうたい文句を信じて、わらにも縋る思いでそこへ電話をかけたのだという。


「なんでも屋みたいな感じなのね」

「はいです」


 幸いにも今すぐ来ていいと言われ、人目を避けつつ当該のオフィスがある雑居ビルへ赴いた彼女は、そこにいた従業員と思しき若い女性に刀のことを打ち明けた。すると相手はその刀を一瞥いちべつしただけで、暴走しちゃってるね、と呟いたのだそうだ。


「暴走?」

「はいです」

「ほかに何か言われなかった?」

「後は……このままだと、刀を手放すことはできないから、取り敢えずここに書いてある方を、頼るようにと」


 少女はそう言い、空いている手で制服のポケットから小さな紙片を取り出した。

 それを受け取り、ゆっくり拡げていく先生。内容を見て取った先生は不可解そうに息を洩らし、俺にも見えるように裏返して翳した。

 ……そこには殴り書きの文字でたった二行。

 上の行に〈逐電士〉。

 そして下には〈2‐F 山田〉と。


「そういうことみたいよ、山田やまだくん」


 ……どうしてそこに、

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る