アルカナ

戸崎アカネ

第1話 連続殺人事件

 先週から世間を騒がせ続ける殺人鬼の犠牲者がまた一人増えてしまった。4人目の被害者はジミー・レインウォーター氏。今回の事件で初の男性の犠牲者となった。レインウォーター氏は一人暮らしで、両親とも久しく顔を合わせていなかったと言う。

 連続して起きた四つの事件現場に共通していること。それは、吸血鬼を退ける為の道具が現場に残されているという点である。1件目の事件では、殺された少女の傍らには木製の杭が残されていた。2件目の事件、被害者の手に十字架が握りしめられていた。3件目では、そのどちらもが現場の血に塗れて落ちていた。

 そして、今回のレインウォーター氏が殺害された事件現場には銀の銃弾が床に転がっていたという。

 これは、被害者達が何とか自分たちの身を守ろうと吸血鬼に抵抗した証なのではないか。これ以上、被害が増えない為にも一刻も早い吸血鬼の討伐が求められる。



 ウェントワース家当主であるマルコムは、届いたばかりの朝刊を手に頭を抱えていた。様々な事業を成功させ、一代にして没落していた家を再興させた有能な資産家である彼だったが、今回ばかりは妙案が浮かばず焦りを顔に滲ませる。

「どうしたものか。何とかして一緒に、いいや国外は危険だ。見知らぬ場所で何が起こるか分からない。そんな所に可愛いリディーを連れてはいけない。かと言って、此処も全くもって安全というわけではない。………いっそ、商談を取りやめてしまえば。いいや、いいや。それは出来ない」

 右へうろうろ。左へうろうろ。ぶつぶつと言いながら歩き回る。

 刻一刻と迫るタイムリミットにさらなる焦りを募らせていると、紅茶を用意した執事が部屋に入ってきた。

「如何なさいましたか、旦那様」

「おお、エイベル。お前の考えを聞かせてくれないか」

 マルコムが絶大な信頼を寄せるのが、彼だった。マルコムが事業を成功させ続けられたのも、共に尽力してくれた彼の存在が大きい。何かに迷った時、自分自身以外で頼れるのは執事であるエイベルだけだ。何よりの助けが来たと自身の悩みの種を話せば、暫し考え口を開いた。

「それでは、こうしてはどうでしょう。護衛として私が屋敷に残りましょう。旦那様には、そうですね。フレッドを供にお連れ頂けないでしょうか。フレッドも着実に仕事を覚えて言っています。十分、旦那様のお力になれるでしょう」

「名案だ! 最良の選択に違いない! すぐに、フレッドに支度をさせろ。お前には、リディーを頼んだぞ。そうだ、リディーを呼んでくれ。明日からのことをしっかり言い聞かせなくてはならない」

 自室で本を読んでいたリディアはすぐにマルコムの元へとやって来た。二人で椅子に腰掛けると、目の前のテーブルにエイベルがゆったりとした動作でティーカップを並べる。リディアは、お父様に怒られてしまうのかしらと不安そうにしていたが、大好きな紅茶を前にその不安もすぐに頭の隅に押しやってティーカップを持ち上げた。

「お父様、何のご用だったの?」

 リディアが問いかければ、マルコムは真剣な表情で娘に告げる。可愛い可愛い娘の耳に、こんなにも恐ろしい話を聞かせたくはなかったが致し方ない。無知は、時として何よりも鋭い凶器になると言うことをマルコムは誰よりもよく知っていた。

「リディー、いいかい。まずは、この街で起こっていることを正しく理解しなければならない。悪戯に不安になることはない。けれど、全く警戒しないのではいけないからね。………この街で、たくさん人が亡くなっているのを知っているだろう」

「ええ、危ないから暫くはピアノの先生が来られないってお父様のお話しをきちんと聞いていたもの」

「ああ、そうだ。賢いリディー。それなら、これから話す事をしっかり聞いていて欲しい。いいかい、私はこれから遠くの国にお仕事に行かなくてはいけない。とても遠い国だから、リディーを連れて行くことは出来ないんだ。いつもなら、何人かの使用人を残して出掛けるのだが今回ばかりはそれでは十分ではないと私は考えた」

「連続殺人鬼が、街を歩き回っているからね」

「そう。だからね、エイベルを残していく事にしたよ。いいかい、エイベルの言うことをよく聞いて、決して屋敷の外に出てはいけないよ。私も、なるべく早く戻るからね」

「エイベルが一緒なら、何にも心配いらないわね。だって、サーカスの虎と戦って勝った事があるのでしょう!」

 目をキラキラと輝かせながら、大好きなエイベルを見るリディア。その様子を見て満足そうに頷くマルコムに、エイベルがこの親子にどれだけ信頼を寄せているかが分かる。

 これで何の心配も無くなったと、親子二人は朝のお茶会を楽しんだ。



「ねえ、エイベル。お父様は、何故私に吸血鬼のお話しをして下さらなかったのかしら」

 お茶会も終わり、リディアを部屋に送り届ける途中徐ろに問いかけられエイベルは少し目を見開いた。

「知っていらっしゃったのですね」

「知っているわ。ピアノのお稽古がどうして出来ないのってメイド達に聞いた時にこっそり教えてくれたもの」

「旦那様は、いらない心配をお嬢様にかけたくないのですよ」

「私、そんなに子供じゃないわ」

 頬を膨らませ、いつもより早足で部屋に戻る。不満げなことを隠そうともせずにベッドに飛び乗った。

「吸血鬼が殺人事件を起こしている、というのは憶測でしかありません。人間が無差別に殺人を犯している可能性も十分にあり得るのです。旦那様は仰っていたでしょう、〝正しく理解しなければならない〟と」

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