盗賊団飛行部隊
野盗の仕事が舞い込んだのは、一週間ほど経った頃だった。
狙撃屋の山崎さんの息子二人が下野毛山脈を越えてきた旅団を発見したのだ。
望遠鏡で見る限り。与圧服を着て合成メタン車に乗ったパーティーで、武装は軽微なものの様であった。
人数は五名。合成メタンのランド・バギーに乗っていて、荷物は荷台に乗せられるだけ乗せていた。
誰かが半鐘を鳴らし、出撃の合図を送った。
「仕事だ。仕事た!」小暮川が四輪駆動車に乗りながら誰にともなく叫んだ。
ネルもИР四型に向かって走った。
「ネル!ケツからカマしてやれ!」小暮川がネルに言った。
「解りました、村長」
「指示は儂が出すから安心しろ」角川老人が怒鳴った。
角川老人とマルさんも乗り込んだ。
ネルは「お助けシステム」をシミュレーションモードから実戦モードに切り替え、電源を入れるとイグニッションボタンを押した。
ヒューン、とエンジンが呻く。
「ネル、離陸しまーす!」ネルが喚いた。フラップを下ろし、スロットルレバーを握った。
「フショー・チースタ。ハラショー(オールクリア)」と中年女がくぐもった声で言った。
蹴里瀬村の男たちが改造四駆に乗り込んだ。
みんな久しぶりの獲物に興奮していた。特に酸素ボンベに酸素がまだ大量に残っていれば、もっと高度の高いところで活動ができる。酸素ボンベと与圧服はネルたちにとって貴重だった。それに東政府の美味い食料にも興味があった。
ネルは思い切りスロットルレバーを押した。
ゴーッとエンジンがうねり、速度を増す。
ネルは空中に浮かんだ。空中高くに登っていった。
ネルは蹴里瀬村を周回しながら地上部隊が出陣していくのを見守った。
四輪駆動車が次々と獲物に向かって走っていった。
ネルはスロットルを開くと、フラップを引き込んだ。
高度計を見ると三千七百メートルを指していた。高度計は正常だった。水平儀にも問題はない。
ぐるりと旋回すると、青空に月が浮かんでいるのが見えた。
ネルは更に高度を上げ、獲物に向かって飛んで行った。
やがてオンボロな合成メタンバギーが見えてきた。バギーに乗っているのは何れもゴテゴテした与圧服を着た人々だった。この高度で与圧服を脱がないのは、減圧を恐れているのか、焦っているのかの何れかだった。
奴らは野盗を恐れている、とネルは直感で思った。野盗の襲撃を恐れ、与圧服を脱ぐ暇もないのだ。
車の方も防弾処理したものではなく、山岳用に改造されているだけだった。
装甲の厚い、装甲寝台バスだったりするとちょっと厄介だったが、そんな心配はなかった。
四駆のパーティーはネル達のИРを見つけると、更にスピードを上げてきた。
ネルはぐるりと背後に回った。後ろから襲撃をかける。
山腹に激突しないように、ぐるりと回った。
照準器に視線を合わせる。
「撃ち抜くなぁ、まずは脅すだけでいい」角川老人が横から口を挟んだ。
「解りました」ネルは獲物に接近した。
敵の後部に照準器を合わせる。
ダダダダダダダン。
機銃掃射する。
獲物の四駆の後ろを狙って二十ミリ機関砲を撃った。土埃が次々上がった。
四駆の一人が拳銃で撃ってきたが当たる訳もなかった。もうひとりも拳銃で撃ってきた。
奴らが持っているのは拳銃だけのようだった。
ネルが心配していたのは、下野毛山脈の東側に屯す黒天狗団により、既に獲物が奪われているのではないかということだったが、それは杞憂に終わりそうだった。
パーティーは必死になって逃げた。
ぐるりと旋回し、またパーティーの後部に狙いをつけた。メタン車に当たらないよう、機銃を掃射した。
そろそろ小暮川村長たちが追いついてくる頃だった。
ネルたちからは見えなかったが、パテーティーのすぐ手前まで来ている筈だ。
すると、小暮川の車がパーティーの車に立ちはだかり、銃を向けた。合成メタン車はとうとうは停まった。
山崎さん達の車も次々とパーティーの車に立ちはだかり、銃を構えた。
拳銃を捨てて、パーティーの五人が車を降りた。五人はまだ与圧服を着たままだった。
与圧服を脱ぐのももどかしく、下野毛山脈を抜けたかったのだろう。そのゴテゴテした格好では戦闘には向いていない。
ネルは上空を旋回し、警戒にあたった。
パーティーは既に囲まれていて、逃げ去る方向などなかったが、かなりの威嚇にはなっているらしかった。
「捕らえたようだよ。そろそろ儂らは帰ろうか」角川老人が提案した。
「はい」ネルは角川老人へ振り返ると頷いた。
村に戻り、着陸する時、ネルは上昇気流を感じ取り、その風に乗りふわりと着陸することが出来た。
村に着陸して暫く経つと、小暮川たちが戻ってきた。
戦利品は合成メタン車に与圧服。僅かな食料に、何に使うのか対レーダー用の銀色の大きな布。拳銃四丁。着替え用の服と金だった。金は二千ユーロ以上持っていた。
文字通り、身ぐるみ剥がした訳だが、与圧服の下に来ていた防寒着は流石に剥がさず、野に放ったそうだ。
その日の夜は宴会になった。
女衆がとっておきのツノイの肉と風船蛸の干物等を振る舞ってくれた。
弄られ衆の赤目も嬉しいのか、竈に巻きをくべながら「ニクかな、ニクかな?今日ニクかな?」と言って竈の廻りをひょこひょこ歩き回った。
宴会は一番大きな村長の家で行った。
ネルは今日の功労者ととして上座に座らせられねこととなった。
酒もじゃんじゃん振る舞われたが、ネルはまだ飲むことが出来なかった。その代わり高山椰子のジュースを飲んだ。
話題は定期的に現れる長距離寝台装甲バスのことに至った。
「ネルの二十ミリ機関砲があれば、あの硬いバスを狙えるんじゃないだろうか?」と小暮川が誰に言うでもなく訊ねた。
「いや、二十ミリ砲でも奴には敵わんだろう」角川老人が言った。
「あいつは戦車でも持ってこなけりゃ、太刀打ちできんよ」とマルさん。
「戦車といえば、本部の方で二連機関砲戦車を手に入れたそうだぜ」と山崎さんが言った。
「黒天狗も遂に戦車を手に入れたか。豪気なこった」と角川老人。
「どこで戦車なんか手に入れたんだろうな?」小暮川が言った。
「さぁな、内戦時代に放棄したものを使っているか、密輸ルートがあるのか……」角川老人は訝しんだ。
「ネルだって、西の戦闘機を手に入れたんだ。東政府の捜索の網を掻い潜って来たんだろうよ」山崎さんが推測した。
「それにしても、我ながら下野毛山脈も物騒になったものだぜ。戦車に戦闘機なんてな」小暮川が言った。
「そのうち東の政府軍が掃討作戦なんて仕掛けてくるんじゃねぇか」マルさんが訝しんだ。
「その東政府のことだがな、なるべく大顔地区から遠い所を飛ばなきゃならん」角川老人が言った。「飛行機は目立つからな。東も戦闘機を制作しているらしい。西政府の戦闘機を見つけたら撃墜にやってくるぞ」
「だってよ、ネル」小暮川が言った。
「解ったよ。なるべく低い所を飛ぶようにするよ」とネルが答え、「でも、下野毛山脈の東側が危ないのは解るけど、西側にも戦闘機はいるのかい?」と訊ねた。
「東政府の大顔地区で戦闘機を作ってるらしい。だから、充分気を付けるんじゃよ、ネル」角川老人が言った。
宴も酣になると、ネルはこっそり宴会場を後にして、ИР四型に近づいた。
それにしても、この飛行機の中にある「お助けシステム』は本当に人間の脳が使われているのだろうかと、ネルは訝しんだ。女性の脳が使われているとは思えなかった。おそらく音声装置だけが女の声で、実際は脳の一部がコンピューターとして使われているのだろう。
星降る夜の下、ИР四型は迷彩塗装の機体を星の光が照らしていた。
ИР四型に乗ればどこまでも飛んでいけると思ってたのに、とネルは少し悲しんだ。
しかし、大空を自由に飛べることは嬉しかった。
また明日も飛んでやろう。
自由に飛んで鳥になろう、とネルは思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます