蹴里瀬村盗賊団飛行部隊
不時着
静かな夜だった。
山颪の緩やかだが冷たい風が昼の暑さをすっかり吹き流し、透き通るように静かな夜に満たされていた。
夜もふけ、山奥の小さな集落は寝静まりかえって静寂に包まれ、布団の中でネルが漸くウトウトしていた時だった。
突然、ドーンという物凄い音がしてネルは飛び起きた。
てっきり東政府の戦車部隊が乗り込んできたとばかり思っていたネルは飛び起きて、ベッドの脇に立てかけていた小銃を掴むと、「鉄の木」で作った雨戸へ足を忍ばせて近づいた。
しかし、爆音はそれ一回きりで、外はシーンと静まり返っていた。
ネルはそっと重い雨戸を開けて外を覗くと、ネルの畑がなにか巨大なもので細長く掘り返されていて、更に、ネルの、小屋のような小さな家の横にある納屋に何か巨大な物が突っ込んでいるのが見えた。
星明かりに照らされた、その巨大なものは死んだ巨鳥のようで、大きな翼が星空を切り裂いていた。
ネルが小銃を構えたまま慎重に雨戸から外に出ると、村長の小暮川さんや突撃屋のマルさんが同じように小銃を構えて外に出ているのが見えた。その奥には学者先生のエンドーさんやその弟子のシュウタロウの姿も見えた。
「こりゃ、すげぇ。こいつぁ飛行機じゃねぇか」この村で一番年配の角川老人が目を丸くして巨鳥を見上げていた。
「これが飛行機ですか…?」飛行機を見たことがないシュウタロウが魅せられたように巨鳥に惹きつけられていった。
「待て!」小暮川村長が低い声でそう言うと、マルさんと山崎さんに顎で合図した。
マルさんと山崎さん、そして山崎さんのまだ十代前半の二人の息子が腰を落としてゆっくりと巨鳥に近づいた。四人とも小銃を構えているが、山崎さんの二人の息子が手にしているのは、まだ未成年だったので、純正でもバッタ物でもなく、鉄パイプと廃材で使って、この村で共通して使われている九ミリバルス弾が撃てるようにした手製の小銃だった。
マルさんがコクピットの窓に取り付いて中を眺めると、大きく右手を振って皆に合図した。
ネルは慎重に腰を落として飛行機に近づいた。他の村民もゾロゾロと銃を手に集まり、飛行機の下部や周りを警戒している。
山崎さんがマルさんの隣にたどり着くと、マルさんは頷いて山崎さんに合図すると、マルさんは小さなハッチを跳ね上げ、二人はコクピットに小銃の先を突っ込んだ。山崎さんの銃剣架に据え付けたビーム電灯がコクピットの中を走り回る。
やがて二人は体を弛緩させ、村長に合図した。
ネルと村長はコクピットに駆け寄った。
コクピットは至る所血が飛び散っていた。
並列複座式の操縦席に一人の男が大量の血を流して腰掛けていた。
右側の少し後ろに爆撃手席と思われるシートがあったが、そちらは空で、それらの後ろにある後部銃座にも誰もいなかった。
爆撃手席は副操縦席と兼用になっているようで、その席の前にも操縦席と同じように操縦桿とラダーペダルが付いていた。
村長がそっと操縦席の男の首に指を触れると、黙って首を振った。既に死んでいるようだった。
「もう随分前に死んでたようだぜ。血が固まってる所があるよ」マルさんがコクピットのあちこちを指差した。
「他の搭乗員はどうしたんだろう」ネルが独り言のように言った。
「パラシュートで脱出したんだろう。この人がそう命令したんだ」村長が死体の男を顎で杓った。
「エンジン音がしなかった所を見ると、燃料が切れて自動操縦で滑空してきたようですね」いつの間にかエンドーさんが主翼の上に立っていて、白衣のポケットにギュウと両手をねじ込んだ。
「心臓が止まって、中の主人が死んでも飛び続けたってわけか、コイツは…」村長が飛行機を憐れむように言った。
「追手を連れて来てるんじゃないだろうな?」角川老人が真っ暗な星空に小銃を向けた。全員が耳をそばだてたが、何も音は聞こえなかった。
「追っ手が来るとしたら、西政府の噴射エンジン機でしょうな。五十キロ先からでもエンジン音で判るはずです」
「コイツは西の爆撃機なのか?」小暮川村長が尋ねた。
「機体のデザインと、見たこともない発動機から間違いないでしょう」エンドーさんが言った。「爆撃機というより、攻撃機という方が正しいみたいです。後部銃座だけじゃなく前部にも機銃が据えられてる」
「でも、どうする、これ……。このままここに置いといたんじゃ不味いんじゃねぇか」マルさんが不安げに言った。
ネル達の住む蹴里瀬村は山岳地帯の農村に偽装しているが、本業は略奪団で、この辺りには蹴里瀬村の様な山賊村が無数にあり、それらは皆、「黒天狗」と呼ばれていた。東政府に見つかれば只では済まされない。
「そうさなぁ、バラすか、どこかに隠すか…。どっちにしろネルんちに堕ちたんだから、村の掟じゃ、ネルに判断してもらわなきゃなぁ」小暮川が指で顎を撫ぜた。
村の全員がネルに視線を注いだ。
ぼくっ?というふうに、ネルは自分の顎を指差すと、黙って考えに耽った。
「……」
「ネル、どうするね?」小暮川がネルに尋ねた。
「これって、殆ど壊れてないですよね」とネルが言った。「これって、直して飛べるようにならないだろうか?」
「こいつを飛ばすってか?」マルさんがびっくりしたように尋ねた。
「いや、エンジンは生きてるから、大丈夫だと思いますよ」エンドーさんがエンジン点検口の蓋を上げながら言った。
「いや、でも誰が操縦するんだね?」小暮川が訊ねた。
「勿論、持ち主のネルですよ」エンドーさんが答えた。
「どうやって!?」マルさんが尋ねた。
「西政府の飛行機なら『お助けシステム』が付いているはずです。お助けシステムの言う通りに動かせば、飛べる筈です。フライングシミュレーションシステムも積んでいるはずです」エンドーさんが答えた。
「なんだ『お助けトステム』って?」小暮川が訊ねた。
「音声で操縦の手助けをしてくれるシステムです。シミュレーターで操縦の練習もできるよ」
「それでネルにもこいつが飛ばせるって訳かい?」マルさんが訊ねた。
「そう、誰にでも操縦できるんです。奴らが訓練期間を縮めるために考え出した装置です。コンピューターの代わりに人間か鳥の脳の一部が使われているそうです」
「操縦ったって、ネルはまだ十三だぜ」山崎さんが異論を唱えた。
「シミュレーターで練習すれば、大丈夫ですよ。要はコツを掴めばいいだけです」
「山賊の仕事には丁度いいかな?」小暮川が言った。
「もう、族長まで……」マルさんと山崎さんが同時に呟いた。
「空と地上から攻撃すれば、無敵の野盗になるだろう」小暮川がキッパリと言い放った。
そういう訳で、飛行機は一時エンドーさんのガレージに移されることになった。大八車や台車を使い、村総出で飛行機を動かした。
村長たちは村の南側の緩やかな坂を滑走路にすべく、整地作業に勤しんだ。エンドーさんによると滑走路は短くても良いようなので助かった。滑走路作成には、赤目と鼻高の「
「弄られ衆」とは西政府に脳を弄くられた人造人間の事だった。弄られ衆は気の良い奴で、言葉は上手くしゃべれないものの、よくネルたちに手伝ってくれた。
「これは噴射エンジンだけど低速に強いようだから助かります」とエンドーさんは確約していた。
飛行機は三人乗りだと言うのに戦闘機なのだそうだ。
「翼に四基の二十ミリ機関砲が付いてるから、戦闘機としても爆撃機としても使われていたんだろうね」とエンドーさんは推測していた。
弾薬は黒天狗団に話を持ち込めば、融通してくれる筈だった。同じ盗賊団同士、武器や弾薬の交換は日常茶飯事にしていた。黒天狗団は水の供給が必要だったが、ネル達の盗賊団の村には新鮮な清水が湧き出ていたので、水と交換に武器を回して貰えた。
飛行場の整備は一週間以上かかった。それでも弄られ衆が頑張ってくれたので速く出来たほうだろう。
飛行機の方はほぼ無傷だったので血を洗い流し、着陸脚を引き出すだけで、完了した。
燃料の一部は木の根っこから出るガスを利用するらしく、その木の根も生きていた。
コクピットに飛び散った血をきれいに洗い流すと、飛行場が完成するまで、ネルはシミュレーターで操縦訓練をすることにした。
シミュレーターをオンにすると、コクピットに薄い紙のようなものが展開し、それがスクリーンとなり、操縦訓練をすることが出来た。
「スロットルを握って下さい」中年オンナの声がする。スロットルの一部がピカピカ点滅し、それが「スロットルだと」教えてくれる。そんな調子で飛行をアシストしてくれる。
「操縦桿を軽く引いて下さい」中年女の声。操縦桿がピカピカ光る「引きすぎです。戻して下さい」
そんな風にエンジンの掛け方から各種装置のスイッチの入れ方まで、一から手とり足取り教えてくれた。
半農半盗の蹴里瀬村に滑走路を作るために、棚田の半数を滑走路に変えることにした。農作物は売るほど出来たし、これからは野盗の仕事に力を入れれば減反など痛いことではなかった。
それより空中から狙い撃ち、地上で獲物を確保するほうが、相手も降参しやすいと考えていた。
角川老人と山崎さんが、タンクローリーに水を入れ、弾薬と燃料を黒天狗の仲間から調達してくれた。
機銃は機首に二十ミリ機関砲が四門、後部銃座に十二・七ミリ砲が一門付いていた。機体の腹には爆弾倉が付いていたが、爆弾までは用意できなかった。
機銃の方は着陸状態で試射してみたが、まっすぐに伸びがよく弾は飛んで行った。
後は実際に飛んで見るのみだった。
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