空襲警報

 数日後、突然、空襲警報が鳴り響いた。勘八たちは職人たちと開発工場で二重ラムジェットエンジンの仕上げを行っているときだった。


 統治局のドローン監視機が飛行場まで現れて、「クーシューだよクーシューだよ。防空壕へ隠れなさい」と甲高い声で騒ぎ出し、小型噴射器で空気を六方向へ噴射しながら飛び回っていた。


 水龍川やその他の検問所から対空砲火が轟き渡る。勘八は総勢三十人の技術者や職人を工場内の防空壕へ誘導した。


「皆さんはここで退避しててください」勘八はそう言うと駆け出した。


「野村さん、何処行くの?」ちはるが訊ねた。


「ちょっと、管制塔へ行ってくる」


「危ないわ。ここにいて!」


「大丈夫!敵機の様子を見たらすぐ戻ってくるから!」


「そんなぁ……」


「イワノフ部長、ここはお願いします。すぐ戻ってきます!」勘八はちはるの言葉を遮ってそう言った。


「解った」


 勘八は滑走路を横切り、この辺りで一番高い管制塔へと走った。敵はまだ見えない。水龍川にある高射砲が轟いている。はるか西で高射砲が爆ぜていた。


 勘八は管制塔に取り付き、階段を駆け上がり、たたらを踏んで管制室に入った。


 滑走路には五十九式戦闘機と六十二式戦闘機が離陸するところだった。六十四式の試作機二機は飛び立っていなかった。


「見えてきたぞ!」管制室長が西の空を指差した。


 西の空には五機の機影が小さく見えた。機影がだんだん大きくなるに連れ、一機の大型なレシプロ三発三葉機と四機のИР四型だった。高度は五千メートルほどでИР四型は更に高かった。


 高射砲はドーン、ドーン。ボン、ボンと打ち鳴らしているが、高度が高すぎて当たらない。


 こちらの五十九式と六十二式が迎撃にかかるが中々上昇しない。


 高硬度からИР四型が四機編隊シュヴァルムで迎撃機を迎え撃つ。こちらは五十九式の三機編隊ケッテと六十二式の二機編隊ロッテの編成で頭を抑えられ、不利な事この上ない。案の定、二機の五十九式が上から抑え込まれ、次々とИРに撃ち落とされた。


 六十二式は、ИРに食らいつくが、ИРは後部銃座も付いているので、真後ろに着くことも出来ない。巴戦が繰り広げられた。


 対空機関砲が連続射撃の曳光弾を撃ち込むも中々当たらない。一機の六十二式もやられた。敵はやはり速かった。


 こちらの飛行兵は熟練のパイロットだが、性能の差は否めない。


 やがて、三発機がぐるっと大顔地区の上空を回ると、帰途に付き始めた。どうやら偵察飛行のようだ。爆撃機と思われるその三発機は爆弾を落とすことなく去って行った。四機のИР四型もそれに続いた。


 やがて肘折半島の空母から発艦した六十二式が八機現れたが、すでに敵の五機は再び高度を上げて西の空に去っていったので、再び交戦することはなかった。敵のうち二機のИРは黒煙をたなびかせながら去って行った。



 そして空襲警報は解除された。



 こちらの撃墜された航空兵は三人とも落下傘パラシュートで脱出出来たが、二名が手と足に負傷を負った。


 無事帰還した五十九式に乗っていた電飾義眼のパイロットは「三発機にかなりお見舞いしたんだが、八ミリ機関砲の豆鉄砲だもの、火も吹かないよ」と嘆いていた。


 六十二式に乗っていたパイロットは「ИРは早いが旋回力がない。六十四式なら敵じゃない」と、お墨付きをくれた。




 翌日、会議から「第二開発課」に戻ってきたイワノフ部長は勘八を席に呼んだ。


「三日後、海軍の強制偵察に同乗してくれないか?」


「どうして私が……?」勘八は訳が分からなかった。


「君は飛行機の操縦ができるだろう?」


 確かに勘八は複葉機の操縦は習ったし、東政府が作った戦闘機と爆撃機のずらりと並んだパネル類やスイッチ、レバーの使い方も熟知している。しかし、一般人が何故?と、勘八は思った。


「はい、五十九式の練習機に載せて貰って操縦訓練は受けたことがありますが……」


「強制偵察に同乗してИРの性能をその目で見て欲しい。そこで新型エンジンを開発する必要性を見出して欲しい」


「解りました」勘八は言った。「そういう事なら同乗しましょう」


「野村さん!強行偵察に参加するって?どういうことですか?」それを聞いていた皆藤ちはるが叫ぶように言った。


「六十四式の性能をこの眼で確かめるチャンスなんだ」


「でも、野村さんは一般人じゃないですか?」


「一般人で゛実戦をこの眼で見るチャンスじゃないか」


「無事に戻ってきてくれますか?」


「強制偵察に使うのは防弾板を追加した六十三式陸攻だし、護衛には最新の六十四式だ。心配はないよ」イワノフ部長が横槍を入れた。


「俺も六十四式の実戦具合には興味がある。なんとしてでも見てみたかったんだ」


「そんな……。じゃあ……」ちはるは勘八に近づいた。


「じゃあ、何だ?」勘八はキョトンとして訊ねた。


「じゃあ、無事に帰ってきたら、食事に誘って下さい」ちはるはそう言うと潤んだ眼をして勘八を仰ぎ見た。



「……」


 思いもしないデートの誘いについ閉口してしまった。


「……解った。帰ってきたら、最高のディナーに招待しよう」


「うわ〜、ヤッタ~!」祐介が空気を読めず、はしゃぎだした。


「バカッ、お前はいいんだ!」イワノフ部長が祐介の頭に拳骨を落とす。


 これはきっと統治局の差し金だなと、勘八もイワノフ部長も睨んでいた。何としても噴射式エンジンを造りたがっている勘八たちが面白くないらしい。でなければ、一介のエンジニアに戦線へ迎え等と誰も言わないだろう。統治局の圧力が海軍省まで及んだということだ。統治局は何を考えているのか分からない点がある。気をつけて行動しなければ、「開発二課」の人間が統治局の工作員に命を狙われる可能性もある。



 三日後、勘八は臨時に開設された航空兵詰所で、飛行服に着替えた。電気ヒーターが内蔵され、背中には簡易用酸素ボンベを吊るしてた飛行服だった。六十三式は与圧されてないので、高高度で活動できる装備だった。


 何の役に立つのか解らなかったが、「念の為」と言われオートマチック銃も手渡された。墜落して敵に捕縛されそうになった時、自害するためのものであろうか?これも統治局の謀略なのかもしれないが、とりあえずオートマチックを受け取り、腰のホルスターに収めた。


 今回、気をつけなければならないのは、「強制偵察」ということだ。つまりは偵察のついでに爆弾を投下しなければならないということだ。一応六十三式は高高度爆撃ができるが、精度はイマイチだ。操縦士が無理をして高度を下げたりしなければいいのだが……。


「本当に大丈夫ですか?」


 心配するちはる達にパイロットの今井中尉が「大丈夫ですよ」と請け負った。


「野村くんはいざとなったら自分で操縦して帰れるんだもの」


「そんな縁起でもない事言わんで下さい」と、イワノフ部長が言った。


 勘八の受け持ちは右側面銃座だった。ここなら窓が広いので観察しやすい。


 六十三式は金星一型が積まれた改造バージョンで、護衛の六十四式は出来たてほやほやの八機だった。工場ラインは出来ていたので、十機くらい造る余裕は十分にあったのだ。


 今井中尉を含む十二人の六十三式と六十四式の搭乗員は昨日の晩に肘折半島の空母からこちらにやってきていた。丸一日かけて合成メタンエンジンの兵員輸送トラックで来たそうだ。


「気をつけてくださいね」ちはるは勘八の袖をギュッと掴んだ。


「大丈夫、必ず生きて帰るって」


「必ず生きて帰ってきてくださいね」


「うん、帰ったらうまいセンゲン料理でも食おう」

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