黒天狗団
腕三郎もその戦車をかなり昔に見たことがあった。西政府の三十八ミリ二連高速ガトリング砲戦車だ。口径は小さいが恐ろしいほどの威力がある連射砲を持つ無限軌道戦車だ。
二人があっけにとられていると、戦車の後ろから四輪車や二輪車が次々と広場に入ってきた。勿論、どれも改造車だ。
「ありゃあ、西の正規軍じゃねぇ。黒天狗だよ、蔵さん」
「どっちにしろ、えれえことだ。森ん中に逃げよう」
蔵之介の言葉が終わらぬうちに二人は森へと逆戻りし、吊橋を走って逃げた。
二十分程、走りまくってヘトヘトになった頃、森の入口の方から銃声が聞こえた。
ババンッ、ババババババァン!
サブマシンガンを盲滅法に森へ向かって撃っているらしい。しかし、誰かの大声がすると銃声は止んだ。
暫くして、同じ方向から誰かの断末魔の声がした。大分離れているが、「ギャーッ」と大声で絶叫しているようだった。遠くの方で森が踊り、わさわさと吊橋が揺れた。
「ありゃ、踊り菩提樹の根に絡み取られたな」蔵之介が不気味にニヤッと微笑んだ。
恐らく、奴らは山の方に住んでいる「黒天狗」と呼ばれる盗賊団だろう。西政府の戦車をどうやって手に入れたのかは分からないが、野蛮な烏合の衆に違いはない。しかし、奴らも森の怖さを思い知り、当分は森の中まで入っては来ないだろう。仮に森に精通していない人間が森の奥まで入れば、必ず迷って出られなくなる。この吊橋は至る所で分岐し、交差している上、真っ暗なので、脱出不能の迷路となっているのだ。
「腕さん、そろそろ休もうじゃないか」蔵之介が荒い息を吐きながら言った。
「そうだな、この先を右に曲がれば、上り坂の先に作業小屋がある。そこで休もう」腕三郎も息が上がり、膝はガクガクだった。
まだ、パンパン、という銃声は聞こえていたが、その乾いた銃声でかなり遠くまで離れていることが判った。
「作業小屋」とは文字通り、作業に必要な材料や工具が収納されているだけではなく、森で迷った作業員たちが泊まれるように食糧や簡易寝具が置かれている小屋のことだ。二人一組で作業する作業員が十日くらいは楽に過ごせるだけの食糧と設備があった。
腕三郎と蔵之介は走った。
二人の足音に驚いたのか、天から刺す細い光条とヘッドランプに照らされて羽虫達が飛び交い、小動物が枝を駆け巡った。上空では小鳥の群れが一斉に飛び立った。
この人工鉱石樹林にも生態系が成り立っている不思議さに腕三郎は感慨していた。こんな非常時にも関わらず。
「えらいこっちゃ、えらいこっちゃ……」蔵之介はブツブツつぶやきながら吊橋を疾走した。
やがて、上り坂になった吊橋の先に「Q-42樹上保管庫」が見えてきた。
二人は老人とは思えないスピードで坂道を駆け上がり、ドアに突進した。
するとその途端、突然ドアが中から開いた。
「わあっ!」二人は驚いてたたらを踏んで立ち止まった。
作業小屋のかなからゆっくりと二人の年取った男が出てきた。
「何だ、ゴローさんとヤマさんじゃないか」蔵之介がハァハァと荒い息を付きながら言った。
「盗人と間違われて、お前さんらに一発くらいたくなくてね」ドアを開けたゴローが言った。
「あんな大きな足音を立てたら奴らに見つかるぞ」後から出てきたヤマさんがボソリと言った。
樹上保管庫から出てきたのは腕三郎と蔵之介の同僚の二人の老人だった。
「あんたらもアレを見たのかね?」小屋の中に四人が入って胡座を掻いて座り、早速、腕三郎が尋ねると二人は黙って頷いた。「あいつらは何者だね?」
「知るわけねぇだろ」とゴローがナタを弄びながら言った。
「黒天狗の奴らじゃねぇかな」とヤマさんが火のついていない囲炉裏の灰を棒でいじりながら言った。
黒天狗とは山岳地帯に屯している山賊集団のことだ。
「奴ら、戦車を持ってたぜ。しかも、二輛も……。黒天狗があんなもん持ってるなんて聞いたことがねぇ」蔵之介が興奮した声で叫んだ。
「西の奴らが手引してるのさ」ヤマさんはそっぽを向いて虚空を睨んだ。
「手引って、小銃や手榴弾くらいなら解るが、戦車はねぇだろうよ」腕三郎も蔵之介を援護したが、奴らの格好を見ただけで黒天狗だと察していた。
「どっちにしたって、ヤバイ連中なのは確かだ」ゴローが白髪頭をボリボリと掻いた。
その作業小屋は森のかなり奥まで入り込んだところにあったが、やはり火を使うのは危険だろうということで、「軌道工場」製の真空缶詰ですました。森林管理人からは「ドッグフード」と呼ばれ、旨くも無く、かといって不味くもない味気ないシロモノだ。四人は合金製のスプーンでカチャカチャと缶詰を掻きながら無言で夕食を済ませた。
奴らも森番がいるのは知っているだろう。追手をよこしてくる可能性はかなり高い。今日はここで休み、明日もまた逃亡を続けなければならないだろう。
食事が終わると、順番に見張りを立てて早々に朝方まで眠ることにした。
腕三郎の見張りの番になると、本社方面が煌々と光っていたが、森に火を点けたわけではなさそうだった。森に火をつけたら、いまごろ森全体が大爆発を起こしているだろう。
ただ、その晩五・六度、森がわさわさと揺らいだ。
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