装甲トラック

「確認完了いたしました」加藤僧都伍長が、チェックしていたリスト表を恭しくトップクン僧正少佐に差し出した。

 トップクン少佐は受け取った書類の数枚にサインすると、書類ケースに入れて運転手に手渡した。

「虎山の海軍基地まで行って、海軍の装甲トレーラに積み替えろ。その後の指示は海軍に仰げ」


「了解しました。コイツは戦車並みに頑丈なんですけどね。積み替える必要なんか無いんだがな」運転手は少し苦笑いをして書類を受け取った。


「セキュリティー上の問題だ」少佐は苦笑した。


「だと思いました」運転手は小走りで運転席に駆け寄った。赤鼻と二重顎も木登りバッタの様に信じられない速さでトラックの屋根の上に登った。


「おいおい、もうここまで来たら安心だよ。座席についてゆっくりしたらどうだ?」玄白中尉が屋根の上の二人に言った。


 二人は驚いたように顔を見合わせて、目顔で語り合うと、それから黙って中尉に頷いて、助手席側の扉から中に入った。


「ようし。開門!」玄白僧都中尉が大声を張り上げた。


 バルンッ、と低い轟音を立てエンジンが始動した。

 ピョードル律師一等兵は急いで内扉にとりつき、全身の力を込めて内扉を開けた。

 ドルン、ドルン…、とエンジンを軽くふかしながら、装甲トレーラーはゆっくりと検問館から外へ走り出した。


 トレーラーが外に出ると、兵士たちが再び急いで内扉を締める。


 トップクン僧正少佐は運転手から受け取った書類の控えを眺めなから、玄白中尉と共に中二階の指揮官室へ続く階段を登っていった。


 ピョードルは内扉のロックを掛けながら考えた。西の奴らは新兵器を開発し続けている。また、戦争になるのだろうか、と。ピョードルは自ら僧兵には志願したものの、前線に立つ気等は毛頭なかった。実戦の経験すら無い。僧兵部隊への入隊は彼にとっては、あくまでも修行の一つに過ぎなかった。


 トップクン僧正少佐が屋上に続く階段を登り始めた時、監視台からの伝声管から声が聞こえた。


「西方よりトラック二台が接近中です。予定リストにはない車両です」


 少佐と中尉は急いで屋上へ続く階段を駆け登った、ピョードルも外扉に駆け寄り、銃眼を覗いた。

 一階からはよく見えないが、西からもうもうと土煙を上げて何かが近づいてくるのは判った。


「第二級警戒態勢。西より大型トラック一台、二トントラック一台が接近中!」伝声管の声が喚いた。


 ピョードルは一階の弾薬棚からマガジンを幾つか取って、屋上へ続く階段を登った。

 西側の胸壁に僧兵たちが集まって、西を睨んでいた。

 監視塔の上では仕切りに投光機を点滅させてモールス信号を送っていた。しかし、トラックのヘッドランプは点いたままで、点滅することはなかった。

 指揮台の椅子に座り、大きな双眼鏡を眺めていたトップクン少佐は威厳のある面持ちで立ち上がった。


「速度を上げ続けておる。突っ込むつもりだ」トッブクン僧正少佐は誰に云うということもなく言葉を漏らした。「第一級警戒態勢だ…」


 玄白僧都中尉は拡声器を取ると、東側の胸壁に走り、拡声器で戦車隊にがなりたてた。


「戦車隊、前進!西からトラックが二台来る。検問所を突破したら、構わず撃破せよ!」


「了解。ガガガガッ」ノイズを伴った声が無線機から聞こえた。


 砲塔のハッチから戦車長が顔を出し、手を振って合図した。戦車はキャリキャリと不気味な金属の軋み音を響かせて車道に上がってきた。後ろの車両は主砲の八十八ミリ長距離砲を前に向けたままだが、前の車両は砲塔を回転させ、背面にある六十ミリ速射砲を前に向けた。


 トラックは猛スピードで突進してきた。よく見ると、トラックの前面には分厚い鉄板が張り巡らされていた。フロントガラスもブラインド状の鉄板で覆われている。バンパーは鉄骨のようなもので作られていて先が尖っている。まるで破城杭だ。


「銃、構え!」僧都中尉が声を張り上げて命令した。


 ピョードル達は一斉に銃を構え、トラックに狙いを定めた。


「てぇ!」僧都中尉の号令とともに、兵士たちは一斉に小銃を撃った。


 カンカンカンカン、甲高い金属音をたてて銃弾は弾き飛ばされていった。

 まるで刃が立たなかったが、ピョードルは楽観視していた。外扉が破られたとしても、その先には内扉がある。その両方を装甲トレーラーでは突破できないと考えていた。


 トレーラーは相変わらず速度を落とすこと無く、ライフル銃の弾丸を弾き飛ばしながら平然と突進してきた。誰かが対戦車ライフルを持ち出してきた時には、もう遅かった。トラックの屋根に括りつけられた迫撃砲のような大砲が一斉に火を吹いたのだ。


 ドドドドン、という物凄い轟音がして検問館の外扉が爆破された。屋上の上は荒波に浮かぶ小舟のように激しく揺れた。監視塔の上からは二人の兵士が叫び声を上げながら落下した。そのうち一人は馬伍長のようだった。

 トラックの荷台の上から短距離ロケット弾がピューッと甲高い唸り音をたてて、立て続けに何十発も発射すると、弧を描いて検問館に降り注いだ。

 屋上には雨のように火の玉が降り、爆発した。一発一発は、大して威力はないが、大量に降り注がれると、威力は大きい。

 ピョードルは頭を抱えて蹲った。一瞬で辺りは火の海になり、多くの僧兵が倒れていた。僧正少佐直属のグレゴリウス軍曹も左足から大量の血を流していた。


 トラックは物凄い速さで、外扉の残骸を蹴散らして、検問館の中に入っていったかと思うと、次の瞬間にはまた激しい衝撃が僧兵たちを襲い、内扉を撃破した。

 衝撃でトラックの速さは多少落ちたものの、平然と前進している。そこへ重戦車が砲撃した。


 二輛のうち前の戦車、がドドドンッと三発の連射砲撃をすると、三弾ともトラックに命中し、トラックの装甲を撃ち破った。


 トラックは炎を吹き上げもんどり打って、炎を纏ったまま、道から外れ、街道下の荒れ地に落ちると横倒しになり、再び爆発した。


 大型装甲トラックの後ろから二トントラックが続いた。しかし、これも速射砲の三連射で呆気無く撃破された。砲弾は三発ともトラックを貫通し、トラックの遥か後方で爆発した。

 二トントラックが爆発する直前、その車体の下から四つの物体が前に滑り出てきた。オモチャのバギーのような車だった。全長五十センチ位の小さな四輪車だ。

 四台の小さな車は滑るように道の上を走っていった。僧兵たちはその光景を呆然と眺めていた。

 おもちゃの車はあっという間に二輛の重戦車まで辿り着き、二台がその下に滑り込んだ。

 目が眩むような閃光とオレンジ色の炎、そして耳をつんざく爆発音が二輛の戦車の下で炸裂した。真っ赤な炎と漆黒の煙が戦車の下から濛々と立ち上がったが、戦車に損傷は全く無いようだ。

 残りの二台が、強奪した敵の戦闘機を載せたトレーラーに向かって走って行った。

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