水龍川軽便鉄道(みなたつがわけいびんてつどう)

相生薫

冬目坂商店街

出発

 どうやら復興の兆しが見えたようだ。


 そんな噂を耳にしたせいもあり、金田作治は広い地下室の中で、そろそろここを出て行くべきではないかと一人考えていた。


 一昔前までは「復興」などというものは夢物語であり、そんなことを口ずさめば、眉唾だと批判されることは確実だったが、最近は、少々情勢が異なってきたらしい。

 道を行き来する車はどれも錆びだらけで凹みだらけのボログルマばかりだったが、その数は年々増えていった。

 荷物を積んだトラックの数も多くなり、大型トラックや、遠くから来たらしい武装トレーラまでが田舎道を通るようになってきた。


 作治が住んでいるシェルターは頑丈な作りで十人以上が暮らせる安全な地下シェルターだったが、この頃、シェルターの上にあるアパートの屋根のソーラーパネルの調子が悪くなってきた。電子レンジと電子コンロを同時に使うと必ずブレーカーが落ちてしまう。

 仕方がないので最近、煮炊きはアパートの横に竈を作りそこでするようにしている。

 シェルター内の大型業務用冷蔵庫は順調に動いており、電子レンジと電子コンロを同時に使わなければ、後半年は持ちそうだったが、イワツキの爺さんが時々くれる肉以外にはもう殆ど入れる食料が無くなっていた。


 破壊と略奪を繰り返された、この廃墟化した住宅街にも、僅かだったが隠匿状態の保存食が見つかったが、そろそろそれも底をついたようだった。


 先の大戦とその後の内戦で何処の街も破壊しつくされていが、この冬目坂商店街を中心に左右に広がる住宅街は大戦初期に殆どが疎開し、その後多少の略奪は行われたものの比較的破壊の少ないところで、一人で住む分には快適な場所だった。

 爆撃や砲撃の跡は殆ど見られず、略奪も災害時のこそ泥程度の略奪者によるものが殆どで、一階の窓や壁の一部が壊される程度で、外観からはそれほど酷い損傷はなかった。

 

 元々、この辺りは分譲建売、4LDK、庭殆ど無し、といった中流階級向けの住宅地で、さして大きな邸宅は殆ど無かったので、組織的な略奪団などから目をつけられることはなく、よく見ると銃弾の跡が見られる程度の被害だった。

 しかし、ちょっと大きな家は徹底的に破壊しつくされ、瓦礫の山となっていた。

 どの家も、雨風を凌ぐには十分な廃墟ばかりだったので、戦後の混乱とその傷が癒えぬままに突入した内戦のおかげで何度も傷めつけられ作治にとっては逃走と隠遁の日々を繰り返した挙句たどり着いたせいもあり、かなり住みやすい土地だと感じていた。


 しかし、十人程度しか住んでないこのゴーストタウンの住人は皆、作治と同様に人に会うのを避けるようになったものばかりで、殆ど誰かと話をすることがなかった。唯一心が開けたイワツキの爺さんは一人で猟に出てしまうと何日も帰らないことが多かったので誰とも話さない日々が続くことも珍しくなかった。


 最近、アパート近くの冬目坂商店街入り口に接する小さな県道にも一日、二〜三台くらいの車が通るようになった。なかには大きな長距離トラックなどもあり、徒歩で住宅街を通過するものも見られた。

 どうやら景気だけでなく治安も良くなってきたようだ。地下のシェルターにいつまでも篭っている場合ではないのではないかと、最近、金田作治はひしひしと考えるようになってきたのである。


 問題は「何処へ行くのか」ということと、「何を持っていくか」ということだった。

 前者は当然近くの大きな都市と云うことになるが、南原河忌なんばるかっき市か足折市が大きな都市だったが、そのどちらも避け、取り敢えずは、作治が以前住んだことのある猫崎町に行ってみようと考えていた。しかし、この冬目坂商店街から猫崎町までは歩きで少なくとも二・三日は掛かってしまう。そうなると持ち物にも十分注意しなければならない。


 まずは何かの武器だろう。治安が良くなったとはいえ、まだまだ山賊もどきの輩が徘徊しているのは確実だった。

 作治も以前にそういう輩と遭遇して痛い目に遭ってきたので、武器は欠かせないと考えていた。また、夜間は眠るとしても見知らぬ土地で寝るには懐中電灯かランタンか、何か灯となるものが必要だと考えていた。星も月もない夜にどうしても行動しなければならない場合、明かりは必ず必要だった。何しろ内戦のせいで、小さな町は殆ど破壊され、街灯などは一本もない夜道は、全く物が見えない完全な闇であった。


 食料と水は何とかなりそうだった。イワツキの爺さんに貰った肉を干したものがまだ少しあったし、裏山からは新鮮な汚染されてない湧き水が湧いていたので、この時代には珍しく安全な水だけには苦労しなかった。逆に他の都市に行った場合、汚染されていない綺麗な真水が手に入るのかどうかが心配だった。


 一人であれこれ悩んでいても埒が明かないので、今晩あたりイワツキの爺さんに思い切って相談してみようと、作治は思った。何しろ、イワツキの爺さんは若い頃、先の大戦で狙撃兵をしていた狙撃の名手で銃器の扱いのプロなのだ。職業軍人であった爺さんはサバイバルのプロでもある。今はその腕を活かし、冬目坂商店街の裏にある鼠山に篭って猟師をしていたが、作治にとって爺さんは尊敬する人であり、師でもあった。


 日が暮れる頃になると、作治はペットボトルに入れた二年物の桃芋酒を持って、イワツキの爺さんの住処に向かった。爺さんは猟が不猟だと恐ろしいほど機嫌が悪くなるので、爺さんの好きな、作治お手製の上物の桃芋酒ももいもしゅを2リットルボトルにたっぷりと入れて爺さんの家に向かった。

 作治が三ヶ月を掛けて作り上げた蒸留装置で様々な蒸留酒を作ったが、それはどれも自画自賛したいほど旨いものが出来た。爺さんはその中でも作治の作る桃芋酒が大好きだった。火楢の樽で寝かした桃芋酒は大昔のバーボンに似ているといっていつも賞賛していた。


 作治は商店街の坂を登り、住宅街を抜けて山へ向かう木の生い茂った獣道を用心深く歩いて行った。元はアスファルトの車道だったのだろうが、今は蔦や雑草が蔓延り、元の姿は何処にもない獣道だった。


 こういう場所には、戦時中に遺伝子操作された兵器動物が逃げ込んで繁殖していたし、更に異体進化した奴などや危険な遺伝子改良植物なども繁茂していたりするので注意して歩かないと大変なことになったりする。作治は長い枝を振り回しながら用心深く山道を登って行った。



 既にアスファルトの面影は微塵もない。完全な獣道だ。

 三十分ほど歩くと、爺さんの掘っ立て小屋が見えてきた。その小屋の前で爺さんは焚き火に当っていた。どうやら機嫌は悪くないようだ。


 イワツキの爺さんは作治を見ると軽く片手を上げて挨拶をした。作治も桃芋酒を持った手を上げて挨拶した。

「そいつは例の奴かね」爺さんは頬の端で微笑んだ。

「二年ものの奴ですよ。いい具合に出来ています」と答えると爺さんは頬をほころばせてニッコリ笑った。

「こっちもデカイ草兎が獲れたぞ」と言って焚き火て丸焼きになっている兎を指差した。

「食ってくだろ?一人じゃ食いきれん」爺さんは機嫌良さそうに木箱の椅子を勧めた。


 草兎の丸焼きは香草と塩だけの味付けだったが、柔らかく肉汁たっぷりで旨かった。アルコールの酔いがいい感じに回りだした頃、作治はこの街を出て行く計画を打ち明けた。

 爺さんは少しさみしそうな顔をしたが、「そうさなぁ、お前はまだ若いからもっと大きな街で色んな事を見たり聞いたりした方がお前さんのためだものなぁ」と言ってくれた。


「大顔地区の猫崎町あたりに行ってみようかと思うんですが、やはり南原河忌なんばるかっきあたりの大きな都市がいいんでしょうか?」

「いやぁ、南原河忌なんばるかっきは廃れる一方だ。大顔地区は最近、復興の兆しが見えてきたようだと山口さんが言っていたよ」

 山口さんはこの近くの死んだ住宅街に未だ住んでいる数少ない住人だ。

「山口さんは最近、猫崎に行ったんですか?」

「おお、半年ほど前にトラックをヒッチハイクして行ってきたそうだ。あっちは工場なんかも動き出したらしい。人もかなり増えたそうだよ」


 作治が猫崎を出た時はミサイルや銃弾が飛び交い、街を出て疎開する人達の波でごった返していた。あちこちに小さなクレーターが痘痕あばたのように広がり、鉄筋コンクリートの建築物は全て崩れ落ちていた。

 工場はおろか街の商店なども全て、営業しているところは何処もなかった。あの頃を考えると、工場が建設されたなど、信じられなかった。


「ところで、あの辺までの道路はもう安全なんでしょうか?」

「いやいや、まだおかしな連中がかなりいるようだよ。山口さんが乗せて貰ったトラックも装甲板が張り巡らされて武装してたっていうからなぁ。武器は持って行ったほうがいいな」やはり思っていた通りのことをイワツキの爺さんは言った。


「どんな武器がいいんでしょう?」

「そうさな、儂の狙撃銃のようなライフルは振り回しが良くないし、目立つから塩梅がよくないかもな。オートマチックか大昔のリボルバーなんかがいいんじゃないかな。リボルバーは収集家が隠し持っていたりするから、瓦礫の中から時々見つかるんじゃ」


 作治はリボルバーがどんな銃か想像もつかなかったが、オートマチックなら何度か撃ったことがあった。

「でもな、小さいからと言って護身用のへなちょこ銃や空気銃なんかじゃいけないよ。屁の役にも立たないからね」

「やはり、瓦礫の中から根気よく探すのが一番なんでしょうか?」

「隠しもっていた奴だと、かなり周到に隠蔽してあるだろうから、根気がいるよ。商店街下の赤目街道やその先のバッハ・シュトラーセ辺りに行けば、時々、商人の車が通ったりするから、車が停められそうなパーキングなどで待っていると、こっそり商談を持ちかけてくれるよ。金はかかるが、そっちの方が手っ取り早い」


 金はそこそこ瓦礫の中から見つけ出していたが、色々な種類の貨幣があり、今はどの通貨がどのくらいの価値があるのかは全くわからなかった。

 作治にとって今まで紙切れ同然のものだったので、それで銃と交換できるなら嬉しい話だ。

 翌日、作治は朝から赤目街道に出てみたが、車は一向に通らなかった。普段は二時間に一台くらいは通るのに、その日は全く一台も通らなかったので、赤目街道のなだらかな坂を下り、横道を幾つか経由してバッハシュトラーセまで出てみたが、こちらも全く車が通らなかった。夕方近くまで待ってみたが、車どころか人一人通らなかった。


 翌日、朝起きて近くの湧き水で顔を洗っていると、いきなり「バルンバルン」と大きな音がしたので振り向くとサイドカーの付いた大きなバイクが近くに滑り込んできた。

 今まで何の音もしなかったのに、いきなりだったので呆然としていると、バイクの男はヘルメットを取り、陽気な丸顔を見せた。

「その湧き水、俺も使っていいかね?」

 オールバックに撫で付けた髪の毛の下に人懐っこそうな笑顔で言った。男は小太りで全体的に丸く、ポコンと出た腹が特徴的で、ひょこひょこ歩く姿はぬいぐるみのようで何だか可愛らしかった。オールバックにした髪は白髪が目立つが、山葵タバコか蛙ワインの飲み過ぎのようで、実際は若いようだった。

 作治は片手で「どうぞ」というふうに湧き水を指し、「いやぁ、びっくりした。急にエンジンの音がするんだもの」と正直に狼狽を示した。

「最高級の消音マフラーを使ってるからね。近くに来ないと音がまるでしないのさ」

 男はそう言うと、湧き水に手を突っ込み、豪快に顔を洗った。

「ひやぁ~、気持ちいい。ジーク教の水以外に全く汚染されてない水なんてここだけだよ」と言って男は何の躊躇もせずガブガブと水を飲んだ。

「ここに来るのは初めてじゃないんですか?」

「商売がてらここはよく通るよ。この前、この水を見つけてね。ハザードカウンターで測ったら、どの針もピクンともしないじゃないか。びっくりしたよ」男は嬉しそうに笑った。

「あのぅ、物売りをしてるんですか?」サイドカーに入れられた大量の物資を見て作治が言った。

「ああ、そうだよ。でも安心しな。ここの水を売ったりしないから。水を商いにしちゃ、ジーク教に睨まれるかもしれんからな。なんか欲しいもんがあったら何でも売るよ」男は商人の顔になって微笑んだ。

「あの、なければいいんですけど、もし扱ってたら、売って欲しいものがあるんです…」

「ほぉ、何だね、その売って欲しいものって?」男はニッと微笑んで、サイドカー一杯に積み込んだ大小様々な箱と後輪の上に括りつけた荷物箱を指差した。

「持ってたらでいいんですけど、出来ればリボルバーか何かの拳銃が欲しいんです」

「ほぉ」と男は目を見開いて驚いた。

「いえ、なければいいんです…」

「なんでも売るって言ったろう」男はニヤリと笑った。「でも、リボルバーはちょっとないね。そんな骨董品は扱ってないよ。だけども普通の銃なら色々扱ってるよ」

 男はサイドカーの荷物を次々取り出すと、一番下に入っていたらしい銃を何丁か引っ張りだした。

「ガスガンにニードルガン、こっちはジェル火薬のカートリッジを使うオートマチックだ」

 いずれも先の大戦でよく使われていた拳銃だった。ガスガンは薬莢のない弾丸を使う銃で、大量の弾を詰められるが、腰か背中にガスボンベを吊るさなければならず、ゴテゴテしそうだった。ニードルガンは何百発もの微細針を一度に発射する拳銃版の散弾銃だったが、人間や動物に使うと散弾銃以上の効き目があるシロモノだ。

「ニードルガンはちょっと…」作治は汚いものを見るような眼でニードルガンから身を遠ざけた。

「ニードルガンは俺も勧めねぇな。手っ取り早くミンチ肉を作りたいなら話は別だかな」とバイクの男は冗談めかした。

 作治は結局、バイクの男の勧めもあってオートマチックを買うことにした。大昔のパウダー火薬の代わりにジェル火薬を使う銃で、扱いは昔から全く変わってないし、九ミリジェル弾は今一般的に流通しているということなので、その銃に決めた。

 料金はユーロなら弾付きで五百でいいと男は言った。五百ユーロが高いのか安いのか判らなかったが、たまたま持っていたので、躊躇いなく金を渡した。

「今、ユーロはどんどん上がってるんだ。これからはきっともっと上がるからな」と言って男も上機嫌だった。

 まだ少しユーロが残っていたので、残りの金で予備の弾丸を買った。金を受け取ってから男は、この辺ではユーロは全く通用しないと言っていたので本当にユーロでいいのかこちらの方が心配になってしまった。

「なぁに、もっと遠くの街に行けば、ユーロが高く通用する所が一杯あるんだよ。そういうところで珍しい物を買い付けてこっちの方で高く売りゃ儲けも上がるって寸法さ。俺はな、将来的にはそんな両替商的な仕事をして楽したいのよ」バイクの男はそう言って、嬉しそうに自分の盛り上がった腹をボンボンと叩いた。

 男は透明の2リットル用エコボトルを何本か取り出し、水を補給するとサイドカーとは反対側に括りつけてある大きな袋に詰めて去っていった。

 作治は意外と簡単に手に入った拳銃を握りしめ、そういえばあの男の名前、聞いていなかったなぁ、と思ったが、もう会うことはなさそうな気がしたので、まあいいかと心のなかで呟いた。


 作治はその日の夜、早速イワツキの爺さんの小屋に向かった。ザックには購入したばかりのオートマチックと小型ライトが入っていた。この前、爺さんに「ランタンはダメだ。拡散しないもっと小さなライトじゃないといけないよ」と優しく諭され、以前、何を売っていたのかか分からない、今は廃墟になった小さな店で見つけた板状の小型ライトを持ってきていた。板状のライトはその店にいくつも落ちていたが、使えるものは作治が拾った物、一つだけだった。20時間程度で電気切れになってしまうものだったが、その店に手回し式の充電器も落ちていたので、充電池が壊れないかぎり十分使えそうだった。

 爺さんに拳銃を見せると、「中々の見つけもんじゃないか。いい物を手に入れたな」と作治が持ってきた桃芋酒を口に含みながら言った。そして銃を手に取るとスライドの具合やマガジンの出し入れをチェックした。

「状態もいい。ほぉ、セミオートとフルオートも付いてるんだな。でも、フルオートは滅多なことでは使っちゃいかんぞ。すぐに弾がなくなるからな」爺さんは作治に拳銃を返し、また桃芋酒を口に含んた。

 次に板状ライトを爺さんに見せた。掌に収まるくらいの大きさで、五ミリくらいの厚さの片側が液晶ライトになっているものだった。何故か真ん中に小さく会社のロゴマークのようなものが映っていたが、光が著しく減るような大きさではなかったので、作治はあまり気にしなかった。爺さんにそれを見せると、「ホ~ぉ、珍しいな。アッハッハ」と腹を抱えて笑い出した。「そうか、こんなものがまだあったのか。こりゃいいわ」と爺さんは手を叩いて爆笑した。イワツキの爺さん、相当酔いが回ったな、と想いながらライトの横にある小さなボタンを押して見せた。すると反対側から小さなビーム光が発射された。

「どうです、『拡散しないビームみたいな光』でしょ?」

 爺さんは更に手を叩いて大笑いして、眼の端から涙を流した。そして笑いながら「ちょっと貸してみろ」とライトを手に取り、ビーム光を作治に向けながら、まだ笑っていた。

「何がそんなにおかしいんです?」作治はちょっとムッとして言った。

 すると爺さんはビームライトを消して、メインのライトを作治に向けた。

 すると画面の中で焚き火の明かりに照らされた作治が「何がそんなにおかしいんです?」と言っている姿が映されていた。

 作治はそれを見てビックリしてしまった。ビーム光を出すとメインライトに前の画像が映るのは知っていたが、それが記録されるとは思いもよらなかった。

「これがビデオカメラというものですか?」と作治が尋ねると「正確には電話じゃよ。他にも色々機能はあるがな、今は起動画面でフリーズしたままじゃし、ライト以外使い道はないかもな」とまだ笑ったままの顔でイワツキの爺さんは言った。

 作治はイワツキの爺さんが何を言っているのか全く判らなかったが、このライトも大昔の技術を使った「スマホ」と言う名のハイテクマシーンの一つなのだろうとは理解できた。


 それから爺さんは作治に銃の分解の仕方と手入れの仕方を教えてくれた。分解と組み立ては何度もやらされ、「手入れは決して怠ってはいけない」と何度も言われた。作治は分解と組み立ての訓練をしながら、作治が出て行ったら自分のシェルターにあるものは自由に持って行っていいと爺さんに伝えた。爺さんは黙って頷いていたが、最後に「明日にでも出て行く訳じゃなかろう。出て行く前は必ず儂に言ってくれ」と寂しそうな声で言った。



 翌日、作治は乗り物になりそうなものはないか、住宅街をあちこち見て回ったが、時々ガレージで見つかった合成メタン車はぐちゃぐちゃに壊されていたし、電気自動車はモーターと電池を盗むために皆バラバラにされていた。偶然見つけたこの辺りの地図は有り難かったが、かなり古いものらしく、まだこの地図通りの道は存在するのか不安だった。猫崎を出たのはかなり昔で記憶も曖昧だったし、その後、情勢がかなり変化しているので、道路もかなり変わっていてもおかしくなかった。


 また、柄が二メートルくらいある奇妙なサビだらけの鎌も見つかった。これは杖にも武器にもなりそうなので作治は喜んだ。しかし、寝床に帰って、作治が砥石代わりに使っている固いコンクリートブロックで研いでいると、殆どが錆にやられていて、小刀程度の小さな鎌になってしまった。しかし、元の金属が相当硬かったようで、小さくなっても丈夫で、こういうものが案外便利になるような気がしたので、そのまま持っていくことにした。

 結局、乗り物になりそうなものは何も見つからなかった。かなりの大荷物になりそうだったので、乗り物は何とか見つけたかったが、仕方がないので荷物の方を減らすことにした。簡易テントを諦め、寝袋もまだ封を開けてない「非常用簡易寝袋」にすることにした。畳むとかなり小さくなる分、寝心地は悪そうだったので、使いたくはなかったが、何があるか分からない旅だったので、なるだけ身軽にしたかった。その分、水と食料はなるだけ多くし、金になりそうな桃芋酒も忘れなかった。

 旅立ちの日はイワツキの爺さんが見送ってくれた。作治は山口さんにも挨拶したかったのだが、またどこかにふらっと出掛けているらしく、留守だった。作治はリュックと長鎌、ポケットの沢山付いた袖なしジャケットと云う修行僧のようないでたちだった。

「寂しくなるな。ほれ、餞別だ。持っていけ」爺さんは黒い板状の箱を作治に差し出した。

「何ですか?」作治がソレに手を伸ばして取ろうとすると、爺さんは器用にその箱をパカっと二つに開いた。

「低倍率の玩具みたいな双眼鏡だが、少しは役に立つだろう」

 開いた箱の間に二つのレンズが顔を出していた。作治がそれを取り、接眼レンズに目を付けると風景が近くに見えた。

「わあっ、いいんですか?こんなもの…」

「何、安物じゃよ。儂は他にも本物のニコンや日野の折り畳み暗視双眼鏡をもってる」

 作治はその箱を開いたり閉じたりしてみたが、結構しっかりした作りだった。

「こういうものがあると、このご時世助かります」作治は有り難くその双眼鏡を貰う事にした。胸のポケットの一つにに入れるとすっぽりとちょうどいい具合にその中に収まった。

 作治は爺さんと固い握手を交わし別れた。爺さんは商店街の入口で去っていく作治をいつまでも見送っていた。

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