うつくしい友人たち

爽月柳史

雨月物語(お題制作)

 「髷が屋根にかかっていたのだっけ」

 「忘れたな。雨月物語かい?」

 「さあ」

 静寂とは無音ではなくて音の一種だなと、なんとなく思う。耳の奥に引っかかるような何かが聞こえるからだ。体液の音なのだろうか。よくわからない。

 「音が聞こえないかい」

 「気のせいだよ」

 「何か耳の奥に引っかかるような」

 「世間でいう耳鳴りだね。それは」

 くるくると不思議な喉の鳴らし方で友人は笑う。笑い声に混じってぱたりと何かが落ちる音がする。

 急に不安になって友人を手探りで探し当てて、髪を撫ぜた。しっとりとして指通りの良い髪の毛だったはずなのに妙に引っかかる。友人は深く深く息を吐いた。

 「ごめんね」

 「何故謝るんだい」

 「ごめん」

 「だから…」

 何故だか目が熱くなってくる。

 音がする。手首がぬるい。人の肌の温度を感じる。

 「ああ」

 友人は命を吐き出すように息を出した。空気が声帯にあたり、意味をなさない声が空間に放たれて霧散する。

 「どうしようもないことって、案外多いんだよ」

 友人の手が頬に触れた。

 「適性がなかった、ただそれだけ」

 「こんな痛み、君は」

 言葉を詰まらせる。友人は再びくるくると喉を鳴らした。 

 「言わなくていいよ。いいんだ。君が今居てくれるだけで今生はとても意味あるものだった」

 頬に触れていた感触が消えた。

 静寂が聞こえる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る