タイトル連想短編集

緒賀けゐす

ジャムパンと地蔵

 街灯に照らされた粉雪が、見慣れた帰り道を白く染めていた。

 コンビニでのバイトが終わり、期限切れで廃棄するところをもらってきたジャムパンをかじりながら、僕はアパートに向かってとぼとぼと歩いていた。

 ああ、寒いのは嫌だ。どうして僕はこんな中緯度で生まれたのだろうか。どうして就職が決まらないのだろうか。

 常夏のリゾートで過ごす自分や採用通知を手にする自分を想像しながら、震える手でジャムパンを口に運ぶ。噛み締めるほどに時間の経ったパンの酸味が出てきて、それにイチゴジャムの甘味が混じり合う。

 十分美味しい。こんな物を捨ててしまうのだ、日本の食料廃棄量が減らないのも頷ける。

 突如木々がひゅうひゅうとざわめき、真っ直ぐに降っていた雪が真横から僕のコートに襲いかかる。かじかむ手で持っていたジャムパンが、寒風にさらわれていった。


「あぁ!」


 宙を舞ったジャムパンは、華麗な四回転半を見せつけ、見事車道のわだちへと着地する。なんと素晴らしい演技か、是非0点を与えたい。

 ため息を白く伸ばし、ジャムパンを拾い上げる。雪道なのでさほど汚れたようには見えないが、もう落ちたそれを食べようとは思えなかった。


「…どこかで捨てて行こう」


 なるほど、僕に日本の食料廃棄は減らせそうにない。

 日本の行く末を案じながら、自宅への歩みを再開した。


 そういえば、このまま行けばお地蔵様がいたなと思った。

 どうせ捨てるのなら、お供えしてしまうのも悪くなかろう。落ちた食べ物をお供えするなどなんと罰当たりか!などと考える頭は、すでに凍り付いてしまっていた。

 帰り道を進むと、脇に獣道のような細い草の切れ目がある。雪を被った草を掻き分け進むんだ先に、お地蔵様はいた。

 この極寒の中、お地蔵様は顔色一つ変えずに佇んでいた。むしろ変わっていた方がホラーなのだが、ぽつんと堪え忍んでいるようにも見えるその姿に、尊敬の意を抱かずにはいられない。


「これ、食べかけですが」


 袋から出したジャムパンを、お地蔵様の前に置く。幸い周囲の草丈もあるため、風で飛ばされる心配も無さそうだ。

 別に放っておけば、動物とかが勝手に持っていって無くなるだろう。

 ジャパンののち、今度はジャムパンの行く末を案じながら、今度こそ僕は家に帰った。


 *  *  *


「これは…そういうことなのか…!?」


 翌朝、僕は驚きを隠せずにいた。

 ゴミを捨てに行こうと玄関のドアを開けたら、玄関先に物が置いてあったのだ。

 イチゴと、これは小麦だろうか。数個の赤い花托かたくと、束ねられた黄金色の草が目の前にある。

 理由を考えれば考えるほど、昨日のあれに辿り着く。


 つまりは、そういうことなのだろう。


「なんか、食べかけだったのが申し訳なくなってきたな…」


 しかし小麦は扱いに困るなと思いながら、イチゴを冷蔵庫に入れ、変わらない日常へと戻った。


 次のバイトの帰り、僕は例によって期限切れのカレーパンを持って歩いていた。お地蔵様に供えるためである。

 前回食べかけを供えてしまったことへの謝罪と、お返しをいただいた感謝が一番だ。

 といっても、知的好奇心が全くない訳ではなかった。

 イチゴのジャムパンを供えたら、イチゴと小麦が置いてあった。安直に考えれば、主な原材料というということなのだろう。今回のカレーパンのルーは、チキンカレー。つまり動物が使われていた場合、どのような形で帰ってくるのか気になった次第である。小麦が粉でなく草で来たのだ、生きた鶏が来ないとはいえない。

 そんな思惑を抱えながら草を掻き分け、お地蔵様の元に着く。前回供えたジャムパンは、既に無くなっていた。


「前回はすみません。パンよりお米派かもしれませんが、何卒ご容赦を」


 袋からカレーパンを出して供え、期待に胸を膨らませながら帰った。


 *  *  *


「なるほど、そう来たか」


 その翌朝、僕はワクワクしながらドアを開けた。

 そこに置いてあったのは、前回と同じくパンの小麦と、様々な種や根、葉っぱ。恐らくカレーに入っていたスパイスだろう。そこも揃えてくるとは予想しなかった。仏教インド由来だもんね、こだわるよね。

 そしてさらにもう一つ、一番期待していた鶏は、本物・・ではなかったが、驚く結果となった。


 川の流れで角が取れたようなガラスでできた目、二つに割れたドングリのくちばしに、藁を束ねてつくられたふくよかな胴体。鮮やかな緑色の羽は数十枚の小さな木の葉から形成され、枝を繋げてできた足はさながら本物のようであった。


 1/1スケールの森の鶏が、今にも朝を告げそうな姿で立っていた。


 *  *  *


「ふんふんふふーん♪」


 所々に雪の残る道を、僕はスキップで帰っていた。


 最初にお地蔵様にお供え物をしてから、大体二ヶ月が経った。

 あれ以降も、三日に一度は供え物をしている。肉は豚と牛を一回ずつ供えた結果、鶏と同サイズのものが置かれていた。それ以上は部屋に飾る場所もないため、現在は精進料理のような品揃えになっている。

 続けている理由としては食費が浮くというのもあるが、何より最近良いことが色々起こっているからだ。

 まず就職先が決まった。十数社落ち続けていたにもかかわらず、ダメ元で受けた地元では結構な大手にすんなりと内定をもらった。

 それだけでは終わらず、二週間前、何と初めての彼女もできた。

 相手は同じコンビニでバイトしている同じ大学の女性。前々から好きではあったのだが、同じコンビニの先輩と付き合っていたためずっと黙っていた。しかし喧嘩か何かで別れたらしく、その先輩もそのままバイトに来なくなってしまった。苦手な人だったため、正直ありがたい。

 それから間もなくあちらから食事に誘われたため、思い切って気持ちを伝えたら、何ともあっさりオーケーの返事が返ってきた。

 最初は不安になったものの、最初のデートでの可愛さにそんな疑念は無駄なものだと悟った。

 そして今日は、彼女が僕の家に来て料理を作り、さらに泊まる予定になっていた。部屋の掃除は昨日やった、少し離れたコンビニで用意するものも用意した、完璧な布陣だ。


 そしてこのような幸運を紡いでくれたであろう恩人に、感謝を伝えようと僕は向かっていたのだった。


 いつもの草を掻き分け、そのお顔を拝見する。


「お疲れ様です」


 バックにしまっていたビニール袋を解き、お地蔵様の前にタッパを置く。


「お地蔵様、彼女がカレーを作ってくれて、昨日バイトで一緒だった時に渡してくれたんです。これが結構スパイスが効いてまして。お地蔵様カレーにはこだわってたじゃないですか。だから是非お地蔵様にも味わってもらいたいと思いまして、少し持ってきたんです。…あー、肉は抜いた方良かったのかな。まぁ、今回は特別だしいっか。何はともあれ今後とも、どうかよろしくお願いしますね」


 ふふっと笑い、僕はお地蔵様に礼をして去った。





 数日後、とある男子大学生の刺殺体が本人のアパートで発見され、殺人の容疑で交際中の同大学に通う女性が逮捕された。


 男子大学生と同じ階に住む住民の証言では事件翌日の朝、彼の住んでいた部屋の玄関の前に、たくさんのスパイスの原料と、草木で作られた見事な人形が置いてあったという。

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