Happy Valentine’s day ! 其の五

 「ヴィクセンちゃん?!」


 そこには、トナカイのヴィクセンちゃんが立っていた。

 ヴィクセンちゃんは、サンタクロースさんのところのトナカイさん。ヴィクセンは『メスのきつね』という意味。

 だから、同じきつねの名がつくきつねこちゃんとは、去年のクリスマスバイト以来、大の仲良しさんなの。


 「集荷って、ヴィクセンちゃん、宅配便に転職したの?」


 「いやですよ、ミケちゃん。転職なんかしていませんよ。ブラウニーの頼みだから、サンタクロースさんの許可をもらって、やってきたんですよ」


 「ブラウニー? ケーキの頼み?」


 「妖精の方ですよ、ミケちゃん。ブラウニーは、サンタクロースの弟子だって聞いていませんでした? もっとも、見習いサンタじゃないブラウニーもいますけれどね」


 「お菓子屋さんのブラウニーは、サンタクロースさんのお弟子のブラウニーだから頼りになるんだって、このみちゃん言ってたでしょ。それも、聞いてなかったのね、ミケちゃんたら」

 きつねこちゃんが、笑った。


 あたしは、胸がいっぱいになった。


 「ほらほら、また、泣く。泣いてなんかいないで、早くカード書いて! バレンタインデー終わっちゃうよ」


 きつねこちゃんに言われて、あたしは、黒ちゃん宛てのカードにも、白ちゃん宛てのカードにも、「ありがとう! ずっと、ずっと大好き!」って、大きく書いた。

 そして、ブラウニーといっしょに、ヴィクセンちゃんに渡した。

 「お願いします! ヴィクセンちゃん」


 「はい、ミケちゃん。確かにお預かりしました。わたしはサンタクロースのトナカイ。思い出の中にだってどこにだってお届けしますから。安心してくださいね」


 「あっ、ヴィクセンちゃん、ちょっと待って!」

 きつねこちゃんはブラウニーをたくさん抱えて持ってきた。


 「これ、サンタクロースさんとトナカイさんたちの分。ヴィクセンちゃんのは、このきつねの形のだからね!」


 「あらあら、うれしい! ありがとう、きつねこちゃん! 仲間のトナカイたちも大喜びしますよ。サンタクロースさんも、甘党ですしね。ちょっとは、ダイエットするように言ってはいるんですけれどね」


 「安心して、ヴィクセンちゃん。サンタクロースさんの分は、カロリー半分のダイエットブラウニーになっているから」


 「フフフ。さすが、きつねこちゃん。それじゃあ、また!」

 そう言って、ヴィクセンちゃんは空高く駆け上がって行った。


 「良かったね、ミケちゃん」


 「うん。ありがとう、きつねこちゃん」


 「やだ、どうして、わたしにお礼なんか言うのよ、へんなミケちゃん」


 「だって」


 「お礼を言うなら、クマパンちゃんにだよ、ミケちゃん」


 「クマパンちゃんに?」


 「赤いブランコにミケちゃんがのっていた時、クマパンちゃんがね、『ここは、ミケちゃんが子猫の時に黒ちゃんといっしょにいた公園なんだよ』って、教えてくれたの。『きっと、ミケちゃん、小さい頃のこと思い出して、黒ちゃんや白ちゃんにもバレンタインのチョコあげたいんじゃないのかな』って」


 あたしは、すぐには言葉も出なかった。

 クマパンちゃんが……そうだったんだ。

 だから、きつねこちゃん、お菓子屋さんでブラウニーのキット買ってくれたんだ。


 「こんにちは」

 チョコマロンちゃんが、コンちゃんと手をつないでやってきた。

 「ミケちゃん、きつねこちゃん、はい! 友チョコ!」


 「ありがとう、チャコちゃん! わたしとミケちゃんからも、チャコちゃんとコンちゃんに!」


 「わぁ、きつねこちゃんもミケちゃんも、あたしとおんなじカリカリブラウニーにしたのね! うれしい! ありがとう!」 


 「味は違うから、食べ比べ楽しみだよね、チャコちゃん」


 「うん、きつねこちゃん、楽しみ! 楽しみ! あれ? ミケちゃん、目がウルウルで赤いよ。どうしたの?」


 そこへ、クマパンちゃんがやってきた。

 「チョコケーキのいい匂い♪ 可愛いちゃんたちもおそろいだね。あれ、コンちゃんたら、もう、ブラウニーもらってるし。先越されちゃった! ぼくの……」


 「クマパンちゃん、大好き!」あたしはクマパンちゃんを見るなり、思いっきり抱きしめた。「クマパンちゃん、いつも、ありがとう! ずっと、ずっと、いっしょにいようね!」


 「な、なに、いきなり、ミケちゃん! ちょっと、ちょっと、苦しいよ! 泣いてないで、はなしてよ、ミケちゃん!」


 ジタバタしているクマパンちゃんとワーワー泣いているあたしに、チャコマロンちゃんはびっくりしているし、コンちゃんは唖然としている。


 きつねこちゃんはニコニコしながら、あたしに言った。

 「そうだよ、ミケちゃん。大好きも、ありがとうも、『あとで』とか『そのうち』とかじゃなくて、『いま』言わなきゃね!」


 去年は、クマパンちゃんが大泣きしたけど、今年のバレンタインは、あたしが大泣きしちゃったのでありました、エヘヘ。


三毛猫 ミケ


 それとね、きつねこちゃんとあたしは、人間用のブラウニーも、ちゃんと作ったのよ。

 あたしとチャコマロンちゃんがお世話になっているやすらぎさんと奥さん、いつも絵日記を読んでくださる皆さんの分!

 よかったら、受け取ってくださいね!


 感謝を込めて Happy Valentine’s day !  




***

 



 ブラウニーは、イギリスのお手伝い妖精さんです。

 サンタクロースの弟子との説もあるブラウニーさんですが、その名前をとったお菓子のブラウニー。

 実は、その由来には、三つの説があります。

 一つが、前述の妖精さんの名前から。

 二つめが、お弁当のデザートを手を汚さずに食べるために1892年にパーマーハウスホテルで考案されたという説。

 三つめが、チョコレートケーキのふくらし粉ベーキングパウダーを、うっかり入れ忘れたという説。


 だから、猫のお菓子屋さんのブラウニーの正式商品名は「おこのみこのみのうっかりブラウニー」って言うんですよ。


※ 猫のお菓子屋さんは、アルファポリスで挿絵つきで連載しています。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る