黒真珠の君
カゲトモ
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「いらっしゃいませ」
心地いいジャズのメロディ。客様達の声。グラスを置く音。シェイク音。
バックバーから酒を取る時のガラスが擦れる音さえ、全てが穏やかで優しくて。ただその音に耳を傾けながらグラスを磨いているだけで気分が良い。
今日はクリスマスイブイブということもあり、カップルでの来店も多い。どの組もみな表情が柔らかだ。
「マティーニを」
「かしこまりました」
いや、この人を除いてだった。
「あ、マスター今失礼なことを考えていたわね」
「そんなことないですよ」
「うーそ。絶対寂しい奴だーとか思ったでしょ」
何もそこまで言ってない。
「いやいや。いつも通り、蘭子さんはお美しいなぁと思っていただけですよ」
「嘘」
間違いじゃない。蘭子さんはいつだって社長として凛としているし、綺麗にしているじゃないか。見た目だけじゃなく、所作だって上品だし。
「お待たせいたしました」
差し出すと、ショートグラスに入れた黒いオリーブがコロン、と揺れる。ピックは赤色でクリスマス仕様だ。
「あっ、え? いいの?」
「ふふ、少し早いですが、クリスマスプレゼントです」
なんてね。
通常オリーブは一つしか入れないけど、サーブしたグラスには二つ。蘭子さんはオリーブが好きなのだ。だから可哀相(は失礼か)な蘭子さんにプレゼント。
「ありがと」
「いえいえ」
「ちょっと悲しかったから、嬉しい」
「どうかされたんですか?」
「実は今日ね、浩太郎にドタキャンされたのよ」
だと思ったー。なんて言ったらさすがに怒られるよな。
「そうだったのですね」
「そうなの。浩太郎ったらどうしても今日中に終わらせないといけない仕事が出来ちゃって、とか言ってさ。大体今日祝日で会社は休みのはずなのにっ」
働きすぎよね! と蘭子さんはご立腹だ。
「それはそれは」
「予約していたレストランも結局行けなかったし。いろいろ考えていたのに全部パーよ」
「残念でしたね」
「そうよ。全く、浩太郎の奴」
指で遊んでいたグラスを一気に煽ると、先ほどまでツンとしていた蘭子さんが急に悪く微笑んだ。
「だからね、ふふ」
「だから?」
「明日、私の為に空けておいてって言ってやったの」
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