【短編】我、魔王なのに食用として召喚された件

エノコモモ

我、魔王なのに食用として召喚された件


「サタン様」

「サタン様ぁ」


魔界中に響き渡る悪魔達の声。

それを聞きながら、彼は大きなステーキ肉を口へと運ぶ。


「お。喚ばれたか」


そんな彼の真上に、光る魔方陣が出現した。

食器を置き身支度もそこそこに立ち上がる。


「食事中だが致し方ない。…ふむ。肉のみの生け贄で我を呼べるとは、余程業の深い人間らしいな」


その台詞に、まわりの悪魔達が感心したように囁いた。


「さすがサタン様。圧倒的な人気だ」

「人間にも悪魔にもおモテになる」


事実、今も彼のまわりには契約で得た人間の奴隷や、彼を慕う女悪魔で溢れている。

サタンはこの魔界を統べる魔王である。

その肩書きに見合い、最恐最悪と謳われる彼の強さは折り紙つき。

さら言えば飛び抜けた美貌の持ち主であり、まさにすべての悪魔の憧れなのだ。

そう尊敬の眼差しで見つめる彼らに、サタンは悠然と言い放った。

 

「女なぞ、散々恥辱と誹謗の限りを尽くした後、最後に口付けのひとつでもくれてやれば、生涯奴隷となるものよ」

「さすがサタン様!あなた様はどのような女がタイプなのですか?」

「そうだな…。このつまらぬ世界を喰い尽くすような、そんな女ならば惚れてやっても良い」


堂々たる振る舞いで魔方陣の中に消えていく。

あがる歓声を背景に、彼は冷たく笑った。

(全く、世の中の張り合いのないことよ)

名声も強さも、美貌さえ兼ね備えた彼が惚れるような女なぞ、どこの世界にも居はしないのだ。






「我を喚んだか人間!」


サタンがそう高らかに宣言しながら、魔方陣の中央に姿を現した。

目の前には驚いた表情を浮かべる一人の娘の姿。

(ほう、そこそこの別嬪だ)

これならば我の奴隷コレクションのひとつに加えてやっても良いだろう。


「我の名はサタン!魔王サタンなり!人間!貴様の願いが叶うことは、この我が確約してやろう!」

「……」


(我に畏怖し、言葉も出ないか)

そうほくそえむサタンを前に、彼女は真っ直ぐな瞳で言った。


「チェンジで」

「……ンッ」


思わず変な声が出る。

サタンが一度息を吸い込み、ゆっくりと吐いた。

瞬きをして、再度彼女を見る。


「チェンジで」

「ンッ」


また言われた。

どうやら聞き間違いではないらしい。

動揺しつつも腰に手を当てて、声を絞り出す。


「あ、あ~あ。よ、良いのかな?魔王ぞ?我魔王ぞ?これ以上最強の召喚物ないのにな~」

「いや…もっとこう、動物っぽいの求めてたんだけど」

「…動物?」


そう言う彼女の傍には、開かれた本。

ページには魔方陣と、その横に山羊の足やら角やら生えた異形の悪魔の絵がある。

恐らくは人間が彼の姿を好き勝手に想像したものだろう。

(なるほど)

醜悪なモンスターを喚び出したつもりが、こんな美男が出てきてしまったことに動揺しているに違いない。

そうウンウン頷く彼の顔、その横の壁に、ズダァン!と包丁が刺さった。


「えっ」

「人間ソックリだけど…でも悪魔なら良いかな?一線越えたことにならないよね?ね?」


目の前には鼻息の荒い彼女の顔。

瞳は血走り明らかに様子がおかしい。


「待て待て待て何をするつもりだ貴様は!!」

「えっ何って捌こうかと」

「さ、捌くんじゃない!初対面の人を解体しようとしたらいけないって教わらなかったのか!」

「人じゃないじゃん」

「そうだけどぉ!こんなに会話できてるのに普通捌こうとするぅ!?こっ、この…悪魔ァ!」


そう広くはない木造アパートの一室に、サタンの大声が響いた。






サタンを呼び出した人間の女は、古泉美麗こいずみみれいと名乗った。

名前の通り可憐な顔立ちの下は、痩身ではあるが部分的に柔らかな曲線美を描いた身体。

そして今現在、都内で一人暮らしをするごく普通の大学生だった。


「仕送りが入ったから…久々に奮発してお肉を買ったんだよね…」


久方ぶりに肉にありつけることを喜んだ彼女だったが、同時に悲しい事実にも気が付いてしまった。


「これ、食べたら無くなるんだなって…」

「お、おう…」


魔方陣の真ん中には、サタンを喚び出す為に使った肉が置かれている。

召喚の代償で真っ黒な炭になってしまったそれを、とても切ない表情で見つめながら、美麗が続けた。


「ちょうど折よく魔術書を拾ってね…これを使って悪魔を喚び出して捌いて食えば、小さな肉が大きな肉に変わるかなって…」

「悪魔を捌いて食おうとするな」

「しかも悪魔って、心臓を魔界に封印してあるから、人間界だと不死身なんでしょ?」

「そ、そうだけど…」


嫌な予感がしつつもサタンが頷く。

魔界にある心臓を攻撃されない限り、彼らはいくら損傷しようとも肉体を再生できるのだ。


「だったら永遠に焼き肉できるじゃんって、そう思ってなけなしの豚肉を使ったのに!」

「いやこのシステムを焼き肉食べ放題に使おうとする奴初めて見たわァ!」


ごく普通の大学生、古泉美麗は大食漢だった。

ところが同時に彼女は貧乏学生だ。

腹の減る速度に反して懐は寂しく、悲しいことに万年金欠なのである。

彼女は床に伏せて、ウンウンと唸り出した。


「うう…豚肉はダメになったし、とんだゴミが出てくるし…いよいよ隣の高杉さんが飼ってるミニブタのヨシコちゃんに手を出しそう」

「ごっ、ゴミ!?小娘…どうやら、我のことを過小評価しているようだな…!」


サタンが背筋を伸ばす。

少々特異な理由で召喚されたせいで出鼻は挫かれたが、彼は魔王だ。


「我にかかれば貴様を満腹にするなど容易いことよ」

「えっ!本当!?サタン大好き!」


美麗が大喜びで両手を上げた。

その変わり身の早さに軽く恐怖を覚えながら、サタンは選択肢を提示する。


「さ、さあ何がほしい?巨万の富か?美貌か?」

「美貌はあるから要らない」

「慎み深さを覚えろぉ!ならば貴様に富をくれてやろう。これさえあれば肉なんぞ食べ放題だぞ!」

「わーい!…ん?」


美麗が変な顔になった。

首を傾げ、ぽつりと聞く。


「そのお金ってどこから取ってくるの?」

「えっ」

「だって、お金って厳重に管理されてるし、偽札なんてそうそう作れないでしょ?ならどこかから持ってくるしかないってことだよね?」

「ま、まあそうだけど」

「その出所が銀行でも資産家でも、つまり誰かに迷惑をかけるってことだよね?それ犯罪じゃん。ダメだよ」

「いきなり常識的になった」


出会い頭に悪魔を捌こうとする彼女に言われたくはない。

そう思うサタンの前で、美麗は再び床に頭をくっつけて、悔しそうに唸り始めた。


「分かってるよ…!悪いことをすればお腹一杯になれることぐらい…。私だってね…隣で飼ってるミニブタのソーセージちゃんを食べられたらどんなに幸せか…!」

「加工するな」

「でもそれはしないの!わかる?何故ならそれは器物損壊に当たるから!この人間社会で生きていく為には、この溢れる食欲を我慢して人間の皮を被るしかないの!必死で溶け込んできた私の今までの苦労を無駄にする気!?」

「貴様は社会に紛れ込む悪魔なの?」


美麗は顔を上げ、サタンに手のひらをむけた。


「だから、人から搾取したり社会に迷惑をかけない方法でお金ちょうだい」

「そ…それは無理…。我悪魔だから、物を作り出すことはできないし…」


彼がモジモジと呟く。

今までの契約者で悪魔に潔白性を求めてくる者など居なかったので不自由したことはなかったが、そう言われると不便かもしれない。

そんなことを考えていると、美麗が目を細めて冷たい視線を向けてきた。


「やっぱりゴ…」

「待て待て待て!ならば我の知恵を貸してやろう。人よりも長い時間を生きるこの我のな!」

「ほう」


彼ら悪魔は常に人間の魂を奪わんとアンテナを張っている。

人間界のことについてはそこそこ詳しいのだ。


「よくある、食べきったら無料の大盛飲食店にでも行ったらどうだ?」

「むしろ行ってないと思う?何軒潰したのかもう数もわからねえよ…」

「あっ左様でございますか」


一蹴された。

美麗は歴戦の兵士のような顔で続ける。


「小さい頃ね…近所に枇杷の木があってさ…持ち主のオッサンに聞いたら好きに食べていいよって言ってくれたから、丸裸にしたら怒りを通り越して怖がられたし…。あれで世の中の理不尽さを知ったんだ私は…。人の言う『たくさん食べな』には限界があるって…」

「葉まで喰い尽くせばそりゃあ怖いわ」

「ほら豚肉以下野郎。次」

「ぶっ、豚肉以下じゃないしィ!我の天才的な閃きを見せてやるし!えーとほら!自分で狩りをしてくるとか!」


大慌てでサタンが提案する。

この案は若い女性には少々酷な気もするが、彼女は質より量だと見た。


「都心だから森はないだろうが、蛙や蛇程度なら居るだろう。ゲテモノとは言え背に腹はかえられまい」

「私の愛しい食材達をバカにするな」

「えっねえ、済みなの?ねえ」

「美味しかったな…。狩りすぎてこのあたり一帯の生態系が崩れた」

「生態系の頂点がここに!」


思い出したのかじゅるりと涎を啜る美麗だったが、続いてサタンを死んだ瞳で見つめてきた。


「…ますますお腹がすいただけなんだけど」

「待って待ってお願い!ちゃんと案出すからそんな顔しないで!我めっちゃ使えるからマジ!」


こうなったらなりふり構っていられない。

サタンが必死で頭を回転させる。

こうなったら食べること以外でも何でも良い。


「えーとえーと、あ!我はカッコいいから、隣を歩くだけでも優越感を味わえるぞ!」

「…は?何も持ってない鶏ガラと並んで歩くなんて時間の無駄。チャーシュー小脇に抱えた全裸のオッサンの隣の方が優越感あるわ」

「それは貴様だけだし、その状態でついてこられたらむしろオッサンも怖いだろうよ…」


小さく呟くサタンに、彼女の厳しい目が向けられた。


「他は」

「ウッ…もう無いです…」

「この…役立たず野郎…!」


美麗の言葉に脳天に雷が落ちたかのような衝撃を受ける。

けれどそう言われると確かに、彼女の望みを何も叶えられない。

生まれて初めてこんなに謗られた。

(我…役立たずかもしれない…!!)

涙が出てきた。

彼が今まで積み上げてきた自負はすでにボロボロである。


「か、帰る…!」

「うん」


サタンが背を向けると、美麗があっさり手を振る。

こんなに引き留められなかったのも初めてだ。

(しばらく人間界に来るのは止めよう…)

傷心の最中、魔方陣の中央まで来る。

そんな彼を見ていた美麗が、何かに気が付いた。


「あ、ちょっと待って」

「ん」


呼ばれてそちらに顔を向けた瞬間、唇に温かい感覚と、ふわりと心地の良い香りが彼を包んだ。

サタンの頭が一瞬で真っ白になる。


「えっ」

「美味しいけど…やっぱりこんなんじゃあ足りない…」


離れた彼女が口をモゴモゴと動かしているので、彼の唇についた食べかすを舌で舐め取ったのだと悟る。

確かにこちらに来る前食事はしていたし、口元を拭くこともしなかったので、肉片が付いていても可笑しくはない。

なんて賎しい女なんだとか、手で取れとか言いたいことは山ほどあるにも関わらず、サタンは固まっていた。


「えっ」


いや確かに世界どころか宇宙を喰い尽くしそうな女ではあるけど、あれはこんな直接的な意味じゃない。

確かに、散々罵倒した上にキスすれば相手は夢中になると言ったけれど、それもこんな意味じゃ…いやそっちはこんな意味だわ。


「…えっ」


冷静な思考とは裏腹に、魔界で封印された彼の心臓がドキンと跳ねた。

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