美少女邪神がナビゲート 怒りの魔界脱出計画!
エンリケ
第1話 じゃしん注意報!
布団をひっかぶって悶々としている。
こういってはなんだがいつものことである。家にいる時は大概の時間をこうして過ごしている。
誰かに見られれば呆れられたりバカにされたりするかも知らないけれど、これでもぼくは必死こいて考えているのだ。
なんとかすることを。
そして思う。
「帰りたい」
生まれる前に帰りたいんだ。
ぼくはプール。ネズミの獣人である。
その「なんとか」ってのはぼくの人生についてだ。
なんともなってないからナントカしようとして考えている。
でもなにもできていない。なんにもナントカならない。
理由は自分でわかっている。
「なにがしたいのかわからない」のだ。
さんざん本を読んできたし、講演会だのセミナーとかにも顔を出してきた。
色んな人にも話を聞いたり、お金を出して相談したり、占いみたいなものにもいっぱい手を出してみた。
でもわからないんだよ。
なにやっていいのかわからない。
大抵の場合突き当たるのはいつも、「好きなことを好きにやったらいい」。これだ。
そんなこと、いくらぼくだって百も承知してんだよ!
それがわかんないから困ってんだよ!
ああ。もう。
意味。意味。意味。
意味が欲しい。
生きてる意味が。
好きなことを好きにやれていれば意味があるんだろう?
そりゃ好きなことなら全力でやるさ!
でもなにやっていいかわかんないヤツはなにやりゃいいんだよ?
とにかくなんでもやってみろっていうのはナシね。
当然色々試したんだから。
でも結果言えることは、「興味がないものにはやっぱり興味がない」ってこと。
ノレないんだよ。なにやっても!
こういうのを冷めてるとかっていう人もいたけどさあ。
別に冷めたくて冷めてるんじゃないの。
熱くなりたくてもなれないの!
ホント、もっとこうギラギラしたいんだよ!
なにかに努力したいんだよ。全力で向かう何かが欲しいんだよ!
でもね。とにかくね。
な~んにも楽しくないの。
どうしてもって、あえて、あえて楽しいと思えることを挙げるなら、まあそれは・・・。
呪うことかな?
布団かぶって丸くなって、ひたすら自分の事考えてると過去のあれこれがどんどん鮮明に蘇ってきてさ。
あんなバカ親が育てたんだから仕方ないよなとか。
同僚のあのクソ野郎! あの言い方はなんだ! とかさ。
あのバカの態度はなんだ! とか。
とにかくとにかく怒りがどんどん湧いてきて、ぼくの脳内は凄惨な処刑場になるんですよ。
凄まじくクリエイティブな残酷さで、よくもまあこれだけ血みどろの絶叫にまみれた映像をつくれるもんだとどこかで脳ミソに感心しながらね。
気がつきゃ何時間も自分絶対正義のお仕置きホラーに酔ったりしてる。
これが唯一楽しいことかなあ?
しかしまあ、よくもこんなに怒りが続くもんだよ。
二十年前の事でも新鮮ホヤホヤで取り出せるからね。
このエネルギーはどっから出てくるのやら?
たぶん、性欲より強い。
良くないことだとは思うけどね。
でも、自分のこの先どうしたらいいんだろうって考えてると、気がつかないうちに怒りにまみれて喘いでるんだよね。
うまくいかない原因はいくらでも見つけられるし、怒りが出てくるとその途端に燃え上がるからね。
どうすりゃいいんだろう?
あ。ちなみに怒りを抑えるだのコントロールするだのなんてこいつも散々試しましたよ。
そんで。
うまくいくわけないじゃん! って結論に至りました。
量も勢いも凄すぎるし、なにかあったときにはもう脊髄反射みたいに怒ってる。そんで溢れちゃう。
こんなもんに抵抗するくらいならさっさと溺れる方を選ぶって。
それに溜まるって性質のもんならいつかはなくなるかも知れないしね。
そんなワケないじゃんってホントは気づいてるけどね・・・。
「フン」
自嘲する。
ようするに。
大っ嫌いなんだよね。
ぼくがぼくでいるってことがさ。
この人生がさ!
その時突然、ぼくは轟音に包まれた。
「クッソ、あのドチクショーがあ!」
たぶんぼくは悲鳴やらなにやら上げていたと思うんだけど、怒声が間近に聞こえてピタッと押し黙った。
もうもうと埃の舞う部屋の中、見れば天井にも屋根に大穴開いて夜空が見える。
「ゆるさねーぞー!」
床から再びの怒号。
なんだなんだ! なんかが大の字に寝転がったまま叫んでる! こいつが落ちてきたのか?
プルプル震えながらもぞりと立ち上がったそれは、思いっきりこっちを睨みつけてきた。
「おい、お前!」
「え?・・・ぼく?」
「そうだお前だ! 頭が高い! 平伏しろ! 我を誰と心得る!」
「ええ~?」
黒い人影はぼくを指すと大上段からの命令口調。
女の子?
真っ黒のゴスロリの女の子が膨らんだスカート、ガサガサいわせながら胸を反らせてる。
目ってこんなにつり上がるもんか? ってくらいつり上げて、紫の唇をひん曲げる。
「無礼者め! 我は暗黒邪神ヴェンドミラなるぞ! 平伏せぬか!」
「はあ・・・? 平伏?」
「頭がたか~い!」
両足揃えたままビョンガビョンガと跳ねて、ドンガドンガと畳に落ちる。大変な剣幕だった。
どうしていいのかわからずオロオロと視線をさまよわせたけど、そうしてる間によっぽど業を煮やしたのか、チョチョ~っと駆け寄ってきていきなりローキックをくれた。
両ひざを裏から刈り取られてガクンと膝をつく。
抗議に顔を上げたぼくと腕を組んで見下ろす女の子の視線がぶつかり、一瞬で押し負けた。
うつむいて目を逸らしてしまう。
「いいだろう。名乗りを許す」
四つん這いのぼくのうなじ辺りに押してくるような視線の圧力を感じる。
「プ・・・プールです」
そっと顔を上げると鋭い目がギラリと光った。
ぼくは全身ゾッとしてブルリと震えた。
見た目は可愛いというかキレイな女の子だ。
ウェーブがかかった長い黒髪が膝の辺りまで伸びて、その黒と正反対の白い肌。
背はちっちゃいはずなのにその姿は異様に大きく見える。
研ぎたての刃物を思わせる冷たい笑みを浮かべるとグッとぼくを覗き込んできた。
「よしプールよ。我に仕えることを許す」
尊大に腕を組んで胸を反らせた。
「お前は今より魔王となれ」
・・・・・・・・・・・・・・
わけがわからない。
わけがわからない。
けど。
「湯浴みの支度をせよ」
「食事を用意せよ」
逆らえない。
怖いんだよ。
とにかく言われるままにお風呂沸かして、食事っても焼きそばくらいしか作れないから用意して、とにかくバタバタ走り回った。
幸い味に文句は出なかったけど気を利かせて食後のお茶を出したら今度は、「酒を持て」ときたもんだ。
といっても家には安い焼酎しかない。
いつもやってるように梅干し沈めてお湯割りして持っていく。 つまみに塩昆布を小皿に盛って。
ぼくのTシャツとトランクスを着ただけの湯上り美少女は、タオルを首にかけたまま、「うむ」と仰々しくアゴを引いて答え、そのままアゴでちゃぶ台の反対側を指した。
いっしょに飲めってこと?
自分の分を作るべくもう一度台所にいって帰ってくると、テレビのニュースキャスターが必死に動揺を隠している雰囲気丸わかりのまま夜の第一報を読み上げたところだった。
「本日、人間界のジブル国ガリエラ領において、勇者一行により暗黒邪神ヴェンドミラ様が封印された模様。詳しい内容はまだわかっていませんがこれにより今後人間による魔界進行の懸念が・・・」
「あんニャロ~・・・」
黒美少女は小ぶりな白い歯をギリリと軋らせてテレビを睨みつけていたが、持っていたグラスを梅干しごと一気に煽るとちゃぶ台に叩きつけた。
「おかわりを持て!」
それからまあ飲むは飲むは。
デカい安いだけが売りの焼酎のプスチックボトルは見る間になくなり、箱で買っといた発泡酒は次々にアルミの骸を晒し、秘蔵の日本酒もスイスイ吸われてついには味醂まで飲み始めた。
相変わらずわけがわからないまま、我が身可愛さに脳ミソ搾り上げて出した答えは、「とにかく酔いつぶしてしまえ」だった。
コンビニに走って割高の焼酎のパックを財布の限りに買いあさり、牛乳パックを開ける要領で手渡すが、スポーツドリンクでも飲むみたいに消えていく。
最後のひとパックが半分くらいになった頃、ようやくペースが落ちてきた。
「だからよお~。我はなんも悪いことしてねえ~っつんだよお」
焙ってないスルメをニッパーで切るみたいにさっくり齧り取る。
トロンとした目が焦点の合わないままこっちに巡ってくる。少なくとも酔って目が据わるタイプじゃないのは助かった。
「ヒック」と小さなシャックリに次いで、ボフンと火を噴く。
頼むからその辺燃やさないでくれよー。
「我ぁ邪神だよジャシン。なあ・・・えっとお前名前はなんだっけ?」
「あ、えーとプールです」
「ああそうそうプール・・・。プールゥ! わかってんのかお前! 魔王になったからにゃあなあ! きっちり勇者のボケどもにキッツイの一発ブチかますんだぞお、いいかあ!」
「いやその・・・別に魔王とか興味ないんで、大体今や魔王なんか存在しませんし、魔界も大統領制ですし・・・」
「んだとお・・・」
ドン! と、ちゃぶ台叩かれた。
もうだからデカい音だすなって怖いから。
「あんのな、我ぁ暗黒邪神ヴェンドミラさまだぞう。神様だっつの~。とんでもねえアタシャ神様だよってかグワハハハハ!」
う~わ~。絵にかいたような酔っ払いだ。
見た目可愛いいのに、こりゃひでえな。
「いやでもその~。ニュースでもいってましたけどヴェンドミラ様は封印されたって。だからその~あなたは一体・・・」
「だ~か~らあ。封印されちゃったのよ我の神格はさあ。でもなあ神ってのは普遍の存在なのよ。わかるぅフヘン? どこにでもいるから神なのよこれが。空気を封印できっかあ? それと同じようにだな、我っつう存在はホントの全部は封印できねえのよ。だからメインの神格が封印されたなんてのはどーでもいいんだよ。頭にくんのは何にもしてねえのになんか悪者にされたってことだよ。ねえ」
その途端とても酔っぱらってるとは思えない俊敏さで飛び上がるとぼくの真後ろに着地した。
ぎゅっと後頭部に抱きつかれる。
「わ! なにを・・・」
咄嗟に振り払おうとした時にはまた飛び上がって、元の場所にくるりと着地。
そして、ニヤアって嫌な感じで笑う。
「なあプール。お前、自分が大っ嫌いだって?」
「え?」
思わず固まる。
ニヤニヤ笑いながら焼酎を差し出してきた。
これも思わず受け取ってしまう。
「頭ぁ読ませてもらったぜ。なにをやりゃいいのかわからずに日々悶々として世界を呪ってるんだろう? まあよくある話だぜ。なあ、我が手助けしてやるよ。そのかわりお前も我の力になれ」
ギラリと光る眼で楽しそうに笑った。
その目を見た途端、いきなり納得してしまった。
今、見られてる。ぼくの腹の底を。
全部バレてる。誰にも明かさなかったことを。
生まれも育ちも、過去の傷も罪も、性格も傾向もありとあらゆるぼくの全てが知られてしまった!
目の前にいるのは本物の神様なんだって納得したんだ。
恐ろしさ? 畏怖っていうのか?
いたたまれない。逃げ出したい!
でもでも!
ぼくはヘナヘナとその場に崩れ落ちた。
ヴェンドミラ様は立ち上がってとぼくの背中に回り込むと、ヒョイと体を抱え上げて座らせてくれた。
取り落したグラスを手に持たせ、そこに焼酎を注ぐ。
「まずは魔王への道レッスン1だ。自分のことを話せ。話しながら自分で自分のことをどう認識してるか理解しろ。聞いててやる」
そういうとチンとグラスを合わせてきた。
逆らえずぼくは話した。
自分のことを。
包み隠さず正直に。
正しいとか間違ってるとか勝手な主観を混じえずにありのままを。
一番最初の記憶は母親が父親に殴られているのを泣きながら止めているところだったこと。
両親の顔色をひたすら伺いながら生きてきたこと。
弟たちをいじめたこと。
嘘をついたこと。
盗んだこと。
騙したこと。
陥れたこと。
恐れたこと。
怒り狂ったこと。
情けなくて泣いたこと。
殺意を抱いたこと。
恨んだこと。
憎んだこと。
痛かったこと。
孤独だったこと。
話してるうちに次ぎから次からどんどん気持ちが溢れ出す。
夢中になって言葉を継いだ。
人の注目を集めるために道化を演じたこと。
同情が欲しくてホラ話をでっちあげたこと。
体力と性欲を持てあまして訳も分からず旅に出たこと。
自分が凄いやつだと本気で勘違いしていたこと。
偉そうに人に説教したこと。
本当は馬鹿だったと気がついて病気になったこと。
誰も何も信用できなくなったこと。
誰も何も妄信したこと。
何も確かなことがわからなくなったこと。
あらゆる自分がわからなくなったこと。
人生を諦めたいこと。
人生を諦められないこと。
自分自身を諦められないこと。
絶望していること。
希望が欲しいこと。
苦しいこと。
常に怒っていること。
そして。
常に恐怖していること。
まるで年票を読み上げるように自分のことを話していた。
その間、ヴェンドミラさまは静かに相槌を打ちながらジッと聞いてくれた。
ぼくは知らないうちに泣いていた。
大声で泣きながらしゃべっていた。
体中いたるところが痛んだ。
でも、「ああこれはあの時の痛みだな」なんて冷静に思い出しながら、その痛みが感情が飛び跳ねるのを抑えてくれていると感じてなんだかありがたかった。
何度か同じ話もしてしまったような気もするけど、途中からなんだかヴェンドミラさまの隣に座って、話しているぼくの話を聞いているような錯覚を覚えた。
コイツはこんなに苦しかったんだなあなんて、他人事みたいに思った。
その後は。
覚えてない。
ただ、なんとなく自分はなかなか頑張ってたんだってわかったように思う。
その理解に、何年ぶりかあるいは何十年ぶりかの小さな満足を得たような気がしていた。
グッスリ、眠った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
嫌な自分から脱出できないとお考えなら、まずは今の自分を知ってください。
自分のことを自分がどう思っているのか冷静に見てみてください。
自分自身を「知ってるつもり」になってるその「つもり」こそが自分を縛っていたりします。
自分の事を書き出せればより冷静に自分が見えますが、メンドクササで生きてるとそれすら億劫ですから一歩引いて自分を見るだけで大丈夫です。
自分が「恐怖」に支配されてるとこがわかったらしめたものです。
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